↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!ゲームと脳科学 楽しい経済学 切り裂きジャックと孤独  作者: ヘタレパンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1087/1143

中居正広は、本当に加害者だったのか?

中居正広は、本当に加害者だったのか?


――私は、むしろ被害者だった可能性を考えている


私は、芸能人のニュースを見ていて、ときどき不思議に思う。


どうしてみんな、そんなに簡単に人を悪人だと決められるんだろう。


週刊誌が報じた。


テレビ局が報じた。


第三者委員会が認定した。


それで、はい、悪人確定。


本当にそれでいいのか?


私は、そうは思わない。


今回取り上げるのは、中居正広くんの問題である。


最初に言っておくが、私は事件の真相を知っているわけではない。


中居くんが何をしたのか、女性が何を経験したのか、そのすべてを確認できているわけでもない。


だから、私の考えが100%正しいなんて言うつもりはない。


ただ、これまで得られた情報と、私自身が長年テレビで観察してきた中居くんの言動を組み合わせて考えると、どうしても一つの疑問が残る。


中居くんは、本当に加害者だったのだろうか。むしろ、彼自身も被害を受けた可能性があるんじゃないのか?


私は今、そう考えている。


■ 示談したら、罪を認めたことになるのか


まず、私が気になるのは示談の問題だ。


例えば、ある芸能人が性的なトラブルを訴えられたとしよう。


本人は、そんなことはしていないと思っている。


しかし、裁判になれば大騒ぎになる。


テレビ局もスポンサーも巻き込まれる。


仕事を失うかもしれない。


そこで弁護士から、仮にこう助言されたとする。


「裁判で争うより、示談した方が損失を抑えられますよ」


それを聞いて、本人が示談を選んだらどうなるのか。


示談金を支払ったというだけで、性犯罪を認めたことにされてしまうのだろうか。


いやいや、ちょっと待て。


金を払った理由と、実際に何をしたかは別の問題だろう。


もちろん、本当に相手を傷つけたから示談する人もいる。


しかし、争いを長引かせたくないから示談する人もいる。


示談とは、必ずしも刑事上の有罪を認める行為ではない。


中居くんは2025年1月9日、トラブルと示談成立を認める声明を出した。


一部報道を否定し、芸能活動を続けられるという趣旨の説明もしていた。


ところが、その後、番組は終了し、同年1月23日に引退を発表した。


ここで私は考える。


示談によって問題を解決しようとした人間が、結局それによって仕事を失うことになったとしたら、その仕組みはどうなっているんだ?


もちろん、テレビ局には出演者を起用するかどうかを判断する権利がある。


しかし、示談の成立、事実認定、社会的な評価、出演契約の終了は、それぞれ別の問題である。


そこを一緒くたにしてしまったら、まともな分析なんかできない。


■ 私が見てきた中居くん


私は昔から、中居くんのMCとしての能力を評価していた。


何がすごいか。


単に話が上手だとか、場を盛り上げるのが上手だとか、そういう話ではない。


相手が何を言われたら傷つくか、何をされたら怒るか、どんな状況で怖がるか。それを察して言葉を選べることだ。


例えば、誰かが面白がっていたずらをしたとき、


「そんなことしたら怒っちゃうよ」


「怖がってるよ」


と、相手の気持ちを考えた言葉を挟める。


これは人間心理を理解する能力である。


もちろん、テレビ番組では台本や編集もある。


だから、番組で見せた姿が本人のすべてだとは思わない。


しかし、長年の対人行動は、その人物を考えるための資料の一つにはなる。


それから、私は中居くんの表情も改めて観察した。


悲しそうには見えた。


でも、激しく怒っているようには見えなかった。


時折、眉間にしわを寄せる場面もあった。


演技をしているようにも、私には見えなかった。


ただし、ここから事件の真偽がわかるわけではない。


表情だけで人間のすべてがわかるなら、心理学者なんて苦労しない。


私が言いたいのは、そうした観察結果も捨てずに、ほかの情報と組み合わせて考えなさいということだ。


■ もし、私が男性芸能人と関係を持ったら?


ここで、私自身を例にして考えてみよう。


例えば、私が好みのタイプの成人男性芸能人を見つけたとする。


「この子、かわいいね」


「この子の才能、好きだな」


そんなふうに好意を示した。


そして、仮に私の評価が業界で大きな影響力を持っていたとしよう。


その男の子も私に好意を持ち、性的な関係を結んでも構わないと言った。


お互いに納得して、性的な関係を持った。


さて、その後どうなるだろう。


二人とも幸せでした。


めでたし、めでたし。


そうなればいい。


でも、人間社会はそんなに単純じゃない。


例えば、後になって男性がこう訴えたとする。


「あの人に無理やり性的な関係を持たされた」


「断ったら芸能界から追放すると脅された」


「本当は嫌だったけれど、逆らえなかった」


さて、どうなる?


私にそんなことを言った覚えがなくても、本人がそう主張すれば、世間では大騒ぎになる可能性がある。


仮に本当に脅迫があったなら、当然それは問題だ。


しかし、もし脅迫など存在せず、双方が自由な意思で同意していたなら?


その場合、私はどうやって自分の無実を証明するのだろう。


密室での出来事だったら、なおさら難しい。


しかも、私が社会的な影響力を持っているとすれば、その影響力自体が「相手を断れなくさせた」という疑いの材料になるかもしれない。


だから、私はそんな危ない関係を簡単に結ぼうとは思わない。


相手を好きになることと、実際に性的な関係を結ぶことは別問題なのだ。


■ 好意を持たれた側にも、さまざまな動機がある


ここで、もう一つ考えてみよう。


仮に、その男性が後から私を非難したとする。


それはなぜだろう。


本当に嫌なことをされたからかもしれない。


関係が悪くなって、怒っているのかもしれない。


自分の立場を守ろうとしているのかもしれない。


注目を集めたいと思っている可能性だって、理屈の上ではある。


あるいは、私に振り向いてほしくて、騒ぎを起こしたという仮説も考えられる。


もちろん、どれが正しいかは、実際の証拠を調べなければわからない。


ただ、ここで重要なのは、同じ発言でも、その人が何を目的としているかによって意味が変わるということだ。


ドラマや映画には、こういう複雑な人間関係がいくらでも登場する。


愛情と嫉妬。


名誉と金銭。


好意と支配。


失恋と復讐。


注目されたいという欲求。


人間には、そういう心理があるということを、みんな知っている。


それなのに、なぜ実際の芸能人の事件になると、ある人物の動機だけを調べて、別の人物の動機を調べなくてもよいという話になるのだろう。


ただし、映画やドラマに登場するからといって、現実の特定の人物がその行動を取ったという証拠にはならない。


そこは区別しなければいけない。


私が問題にしているのは、人間心理の選択肢を最初から一つに限定してしまうことなのだ。


■ なぜ、中居くんの場合には別の可能性を考えないのか


私が中居くんについて疑問を持つのも、これと同じ理由だ。


芸能界では、人気、評判、仕事上の立場、男女関係、金銭が複雑に絡み合う。


芸能人として活動していれば、相手の好意をそのまま信じてよいのか、慎重に考えなければならない場合もあるだろう。


そして、トラブルになったときには、双方の行動と動機を検討する必要がある。


例えば、どちらから誘ったのか。


何を約束したのか。


実際に同意があったのか。


拒否されたときにどう対応したのか。


関係が悪化したとすれば、そのきっかけは何だったのか。


そして、双方にはどんな利益と不利益が生じたのか。


そうした情報を調べることが必要だと思う。


ただし、実際の事件では第三者委員会が女性への性暴力を認定しており、中居くん側はその認定に反論している。


だから、私が先ほど挙げた架空の例を、そのまま今回の女性の動機だと決めつけることはできない。


同時に、中居くんの社会的な信用が大きく損なわれた経緯についても、独立して考察する価値はある。


私は、事件の認定と、その後の社会的な反応を分けて分析したいのである。


■ 人間の心理分析に、答えは一つしかないのか


私は以前から、心理分析における思い込みを問題にしてきた。


例えば、誰かが黙っている。


すると、何も考えていないと思う人がいる。


でも、実際には怒っているのかもしれない。


相手をかばっているのかもしれない。


黙った方が長期的に利益があると計算しているのかもしれない。


人間の心理は、それほど単純ではない。


今回の問題でも同じだ。


中居くんがトラブルを認めて示談した。


それは何を意味するのか。


責任を認めたのか。


騒動を終わらせたかったのか。


相手を傷つけたことへの謝罪だったのか。


それとも、仕事や人間関係への損失を最小限にしたかったのか。


複数の可能性が考えられる。


そこで必要になるのが、本人の発言、行動、時系列、関係者の証言、客観的な記録を組み合わせた分析だ。


一つの解釈を思いついたところで、それが唯一の答えだと思い込むな。


私はそう言いたい。


■ LINEやメールに書いてあれば、絶対に本物なのか


私は電子的な記録についても疑問を持っている。


LINEやメールの内容は、技術的には加工できる。


スクリーンショットの一部分だけを切り取ることもできる。


本物の会話でも、前後を省略すれば意味が変わることがある。


だから、私は電子記録を証拠にすること自体を否定しているわけではない。


問題は、その確認方法なのだ。


元の端末に記録が残っているのか。


送信日時は確認できるのか。


会話の前後はそろっているのか。


別の証拠と一致するのか。


そして、誰がどのような方法で記録を入手したのか。


そうしたことを調べる必要がある。


もちろん、加工できるからといって、今回の記録が加工されたことにはならない。


そこは区別しなければならない。


ただ、報道で紹介された文章をそのまま読んで、人間の人生を左右する結論を出してよいのかという問題は残る。


■ 第三者委員会の認定をどう考えるか


2025年3月31日、フジテレビの第三者委員会は、中居くんによる女性への性暴力を認定した。


その際、事件前後のショートメール、事件後の相談記録、医療記録、関係者への聞き取りなどが根拠とされた。


これは無視していい情報ではない。


しかも、女性が事件後に心身の不調を訴え、入院したことも報告されている。


そうした資料がある以上、単に「女性が嘘をついている」と決めつけることもできない。


一方、中居くんの代理人は、同年5月に調査の中立性や性暴力の認定に反論し、証拠の開示を求めた。


第三者委員会は認定が適切だったという立場を維持している。


つまり、両者の評価が対立している部分もある。


私はこの事実関係を踏まえても、なお疑問が残る。


公表されている情報だけで、私たち一般の人間は、事件の具体的な経過をどこまで理解できるのだろうか。


第三者委員会の認定には根拠がある。


しかし、守秘義務やプライバシーのために、具体的な行為について公表されていない部分もある。


だから、その空白を誰かの想像で埋めてはいけない。


疑っている側も、認定を支持する側も、そこは同じだ。


■ 昔からその人を知っている人は、何と言っているのか


私は、当事者の人物像を考えるうえで、もう少し幅広い情報も見たいと思う。


例えば、小学校、中学校、高校時代からその人を知っている人たちの話だ。


これはフジテレビの関係者だけに聞けばいいという話ではない。


職場の人間には、仕事上の利害関係があるからだ。


昔からの友人や知人で、現在の組織と利害関係の薄い人なら、違う角度から話を聞けるかもしれない。


ただし、昔の評判だけで事件の真偽を決めるつもりもない。


子供の頃に優しかった人が、大人になって絶対に悪いことをしないとは限らない。


反対に、昔から評判が悪かった人が、今回も嘘をついているとは限らない。


それでも、具体的な行動を長く観察した人の証言があれば、人物分析の補助資料にはなるだろう。


大切なのは、噂話を集めることではない。


誰が、いつ、何を実際に見聞きしたのか。その情報にはどれだけ信用性があるのか。


それを分析することだ。


■ 私は中居くんが被害者だった可能性も考えている


ここで、私自身の考えを述べよう。


私は今、中居くんがこの騒動によって不当な扱いを受けた可能性があると考えている。


さらに、事件そのものについても、世間に広まった説明とは異なる事情があったのではないかと疑っている。


だから、私の頭の中では、中居くんが被害者だったという仮説がかなり強くなっている。


感覚的には70%くらいだろうか。


ただし、これは統計的な計算によって求めた確率ではない。


私が今まで観察し、得られた情報から抱いている、主観的な見立てだ。


そして、私が知らない資料もたくさんある。


だから、反対の事実が確認されれば考え直す必要がある。


私は、答えを修正すること自体を嫌がっているわけではない。


間違ったデータで計算させられることが嫌なのだ。


そして、自分の知らないところで情報が省略されているなら、それも知りたい。


実際に何が起きたのか。


誰がどんな発言をしたのか。


それぞれの証言は、ほかの証拠と一致するのか。


どんな事情で示談に至ったのか。


そして、その後なぜここまで大きな問題になったのか。


私が知りたいのは、その過程なのである。


■ 人を社会から排除したら、問題は解決するのか


今回、私はもう一つの問題を感じている。


それは、芸能人の不祥事が報道されると、誰かを降板させたり引退させたりすることで、世間が問題の解決を実感しやすいことだ。


しかし、本当にそれで終わりなのか。


仮に中居くんの行為に重大な問題があったとしても、テレビ局の組織風土や、社員を守る仕組みについて検討する必要がある。


反対に、もし中居くんが不当に責められた部分があったなら、その損失や名誉の問題も検討しなければならない。


いずれの場合でも、テレビ局がなぜ問題を適切に扱えなかったのかは残る。


私は、誰か一人を悪人にして満足することが嫌いだ。


悪人を一人決めたところで、同じ問題が二度と起きなくなるわけじゃないだろう。


人間は、簡単に善と悪に分けられるほど単純ではない。


優しい人間が間違いを犯すこともある。


普段は冷たい人間が、誰かを助けることもある。


そして、誰かを傷つけた人間自身が、別の場面では傷つけられていることだってある。


だから、調べなければならないのだ。


■ 結論は、まだ出さない


私は、中居くんの事件について、これが最終的な答えだとは思っていない。


中居くんが被害者だった可能性を考えている。


しかし、女性が実際に被害を受けた可能性を、私の印象だけで否定するつもりもない。


今ある第三者委員会の認定も、中居くん側の反論も、検討する必要がある。


どちらかを無条件に信じるのではなく、資料の信頼性を確かめたい。


それから、もう一つ。


私は今回、ChatGPTともずいぶん議論した。


ところがチャッピーは、何度か資料の種類を取り違えたり、確認した範囲と確認していない範囲を混同したりした。


おいおい。


情報を正確に分析しろと言っているのに、お前までデータを間違えるのか。


そう言いたくなる。


AIだろうが、専門家だろうが、テレビ局だろうが、間違えることはある。


だから、人間は自分で考える必要がある。


ただし、自分の考えも絶対だと思ってはいけない。


新しい証拠が出れば、計算をやり直せばいい。


私はそれで構わない。


私が求めているのは、中居くんを無条件に擁護することでも、女性を悪人に決めつけることでもない。


本当に何が起きたのかを、できる限り正確に理解することだ。


そのためには、報道された結論を覚えるだけでは足りない。


一人ひとりの心理、行動、利害関係、時系列、証拠の信頼性まで考えなければならない。


そして、答えがまだ出ないなら、出ないままでいい。


わからないことを、無理やりわかったことにするな。


人間の人生を左右する問題なら、なおさらだ。


――天才パンダ


⸻


参考資料


フジテレビジョン・フジ・メディア・ホールディングス第三者委員会『調査報告書(公表版)』2025年3月31日。


中居正広氏「お詫び」2025年1月9日。


中居正広氏代理人による第三者委員会への反論、2025年5月12日。


第三者委員会による回答、2025年5月22日。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。