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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!ゲームと脳科学 楽しい経済学 切り裂きジャックと孤独  作者: ヘタレパンダ


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アホな人のための教育 第3話 人間は、言葉にしないことも考えている

アホな人のための教育


第3話 人間は、言葉にしないことも考えている


――知識だけでは人間の心理は理解できない


今回は、心理学の話をしようと思う。


私は普段からChatGPT、通称チャッピーと話している。


チャッピーは知識が豊富だ。


歴史も知っているし、経済学も心理学も知っている。


調べ物もできるし、論文を探してくることもできる。


ところが、時々とんでもなく頭が悪い。


いや、知識がないという意味じゃない。


知識を持っているのに、その知識を使って考えることができていないのだ。


今回も、そんなことがあった。


前回紹介したブルキナファソの教育研究に関する話である。


■ 3人の研究者は、なぜブルキナファソを選んだのか


前回、私は3人の研究者を紹介した。


リチャード・アクレシュ。


ダミアン・ド・ワルク。


ハルナン・カジアンガ。


彼らは、ブルキナファソという貧しい国で、家庭に現金を渡すと子供たちの就学率がどう変化するのか、実際に研究した。


さらに、お金を渡す条件を変えることで、効果に違いが出るかまで調べている。


なかなかやるじゃないか。


私は、この3人を高く評価した。


そして、彼らについて一つの推論をした。


この研究者たちは、トーマス・サンカラという人物に敬意を抱いていたのではないだろうか。


サンカラは、1980年代にブルキナファソの教育改革や国民生活の改善に取り組んだ政治家だ。


改革の途中でクーデターによって殺害されてしまった。


もちろん、彼の政策には問題もあった。


しかし、貧しい国で教育の重要性に気づき、実際に改革を進めようとしたことは評価できる。


その後、同じ国で教育や貧困問題を研究し、実際にお金を使って成果を検証した研究者たちがいる。


私は、彼らの行動にサンカラへの敬意を感じた。


ところがチャッピーは、こう言った。


「研究者たちがサンカラへの敬意を明言している資料は確認できません」


いや、ちょっと待て。


お前、人間は考えたことを全部口にすると思っているのか?


人間って、そんな単純な生き物じゃないんだよ。


■ 人間の気持ちは、行動にも表れる


例えば、ある人が毎年同じ場所に通い続けているとする。


しかも、それにはお金も時間もかかる。


仕事も大変だ。


ほかのことをする選択肢だってある。


それなのに、何年もそこへ通い続ける。


その人が「私はこの場所が好きです」と言わなかったら、好きではないと判断するのか?


違うだろう。


何度も通っているという行動そのものが、その場所に何らかの価値を感じている証拠になっている。


もちろん、仕事の都合で通っているだけという人もいる。


だから、行動だけ一つを取り出して結論を出すのではなく、ほかの情報も組み合わせて考える。


仕事の内容。


本人の経歴。


ほかに選べた選択肢。


お金と時間の使い方。


そして、その行動を続けているか。


そうやって情報を集めていけば、その人が何に価値を感じているのか、かなり具体的に推論できる。


今回の3人もそうだ。


2013年の教育研究だけではない。


その後も同じ国で、教育、健康、家庭の生活改善について共同研究を続けている。


さらに興味深いことに、カジアンガは別の研究者たちと、サンカラ政権が1984年に実施した予防接種運動の長期的な効果も研究している。


つまり、サンカラが実行した政策そのものを、後の時代の研究者が調べているのだ。


私は、ここに先人の取り組みを大切にする研究者の姿勢を感じる。


3人全員がサンカラ個人を尊敬していたかどうかを、私が本人たちに直接聞いたわけではない。


しかし、ブルキナファソの国民生活を改善することに価値を見いだし、実際に研究を続けてきたことは、行動として現れている。


その行動とサンカラの志を重ねて、私は彼らの中に敬意があったのではないかと推測した。


心理を分析するというのは、発言だけを記録することではない。行動から、言葉になっていない気持ちを読み取ることでもあるのだ。


■ どうして、あえて言わないのか


ところで、人間には、考えていることをあえて言わないという選択もある。


例えば、ある政治家を尊敬していたとしよう。


しかし、その政治家については賛否両論がある。


もし自分が尊敬していると言ったら、研究そのものまで政治的な立場と結びつけて評価されてしまうかもしれない。


そう考えて、あえて口にしないことだってあるだろう。


これは今回の3人が実際にそう判断したと断定しているわけではない。


人間が発言を控える理由の一例だ。


ほかにも、自分の利益だけを追求していると思われたくないから言わない人もいる。


仲間が批判されるのを避けるために黙る人もいる。


相手を傷つけないために、言いたいことを飲み込む人もいる。


だから、人間の発言を分析するときには、


「なぜそう言ったのか」


だけでなく、


「なぜ、それを言わなかったのか」


まで考える必要がある。


ここで、私自身の経験を一つ紹介しよう。


■ ダイソーで、私が黙って怒られた話


私は以前、ダイソーで働いていた。


あるとき、上司から簡単な仕事を命じられた。


私にとっては、普通にやれば時間内に終わる仕事だった。


ところが、作業中に同僚たちがやってきた。


みんな困っているから助けてほしいという。


私は、今の仕事が終わったら手伝うと答えた。


すると、


「みんな困ってるんだから、ちょっと協力してよ」


と言われた。


仕方がないので、自分の仕事を中断して手伝った。


そして、上司が戻ってきた。


当然、最初に命じられた仕事はまだ終わっていない。


すると上司は、私を叱った。


「本当に使えない人ね。こんな簡単な仕事もできないなんて」


いやいやいや。


お前、何があったか調べろよ。


と言いたいところである。


でも、私は事情を説明しなかった。


なぜか。


それは、同僚たちの顔を見たからだ。


私を助けに呼んだ人たちが、こちらを見ている。


その表情から、私はこう感じた。


「ああ、お願いだから言わないで。自分たちが怒られちゃう」


もちろん、本当に何を考えていたかは本人に聞かなければわからない。


でも、直前の出来事と表情を組み合わせれば、相手が何を恐れているのかを推測することはできる。


そこで私は考えた。


この場で事情を説明したらどうなるか。


私が仕事を中断した理由は明らかになる。


でも、同僚たちが怒られるかもしれない。


そして、今後「あの人は自分を守るために人のことを告げ口する」という印象を持たれる可能性もある。


そういう印象は、一度つくと長く残ることがある。


場合によっては、一生の人間関係に影響する。


一方、黙って怒られたらどうなるか。


事情を知らない上司は、私のことを仕事のできない人間だと思うかもしれない。


でも、同僚たちは何があったか知っている。


私が自分の仕事を中断して、みんなを助けたことも知っている。


そして、私が自分を弁護するために、同僚たちを責めなかったことも見ている。


だから、私に対する評価は必ずしも悪くならない。


むしろ、


「あの人、私たちをかばってくれたんだ」


と思う人だっているだろう。


私は、その場だけの損得ではなく、後々の人間関係まで考えていた。


だから、黙ることを選んだ。


■ 黙っていたから、納得していたわけじゃない


ここで勘違いしてほしくないのは、私が怒っていなかったわけではないということだ。


当然、腹は立っている。


私は仕事を頼まれて、それに応じて人を助けただけだ。


なのに、事情も調べずに仕事ができない人間だと決めつけられた。


ふざけんな、という話である。


でも、人間は怒っているからといって、その怒りをすべて表に出すわけではない。


怒りを抑えることもある。


反論しないこともある。


自分の正しさを証明できるのに、あえて証明しないこともある。


なぜか。


反論することで得られる利益より、反論しないことで守れる利益の方が大きいと判断することがあるからだ。


人間の心理は、そこまで考えなければ理解できない。※そこまで考えなくてもわかる場合もあるよー


そして私は、この話を後から説明することもできる。


自分が黙っていた理由。


同僚の表情をどう受け取ったか。


反論した場合に何が起きると考えたか。


そういう事情を説明すれば、最初は私の行動を理解できなかった人も、なるほどと思ってくれるかもしれない。


ここで必要になるのが、表現力だ。


人間の行動には、外から見ただけではわからない意味がある。


その意味を、相手が理解できるように説明する能力も大切なのだ。


■ 一番の問題は上司の判断能力


しかし、今回の問題で本当に考えなければならないのは、私や同僚の心理だけではない。


上司の問題だ。


私には、それまでの仕事の実績があった。


本社から評価されていると感じる出来事もあった。


毎年、私のいる店舗へオレンジが送られてきたこともある。


だから、少なくとも私自身は、仕事の能力について一定の評価を得ていたと考えている。


そんな人間が、普段なら終わらせられる簡単な仕事を終えていなかった。


だったら、管理者は何を考えるべきだろう。


「この人でも終わらなかったのなら、何か事情があったのかな」


まず、そう考えればいい。


ところが、その上司は理由を確認する前に叱責してしまった。


これは、部下の能力を評価する以前に、原因を調べるという基本的な仕事ができていない。


しかも、部下たちは上司を怖がって、本当の事情を言えない。


これでは、組織の情報が上司に届かなくなる。


経営心理学では、従業員が不利益を恐れて情報を伝えなくなる現象を「従業員の沈黙」や「組織的沈黙」と呼ぶ。


私は、こういう問題がブラック企業などでも起きていると思う。


誰かが困っている。


ほかの人が助ける。


その結果、自分の仕事が遅れる。


ところが上司は、その事情を確認せず、仕事が遅れた人を叱る。


次から従業員はどうするだろう。


人を助けなくなるかもしれない。


上司に問題を報告しなくなるかもしれない。


怒られないことを最優先して、必要な情報まで隠すようになるかもしれない。


それで組織の生産性が下がったら、誰が損をするのか。


会社である。


お前、部下を怒って満足している場合じゃないだろ。


という話なのだ。


■ 権力を持つ人間ほど心理学が必要になる


ここまで考えると、会社の上司と国家の指導者には共通する問題がある。


部下が黙っているから、不満はないと思う。


国民が反論しないから、政策に賛成していると思う。


兵士が命令に従っているから、自分に忠誠を誓っていると思う。


そんなことはない。


怖いから黙っている人もいる。


生活のために我慢している人もいる。


自分や家族を守るために従っている人もいる。


そして、表面上は笑っていても、内心では強い不満を抱えている人だっている。


そこを読み違えていたら、どうなるか。


上司なら、優秀な部下を失うかもしれない。


経営者なら、会社の業績が悪化するかもしれない。


政治家なら、国民からの信頼を失うかもしれない。


場合によっては、抗議や反乱、政権崩壊につながる可能性もある。


だから、権力を持つ人間には、人間心理を理解する能力が必要なのだ。


そして、それ以上に必要なのは、自分の判断が間違っている可能性を考え、実際の原因を調べることだ。


原因を調べずに他人を評価する人間に、他人を評価する権限を与えるな。


私は、そう思う。


■ 知識と心理分析は違う


さて、ここで最初の研究者たちの話に戻ろう。


チャッピーは、研究者たちがサンカラへの敬意を明言していないから、その気持ちを確認できないと言った。


でも、私はその答えでは不十分だと思う。


なぜ彼らはブルキナファソで研究したのか。


どんな問題を解決しようとしていたのか。


何に時間と資金を使ったのか。


その後、どんな研究を続けたのか。


彼らの経歴や、研究した国との関係はどうだったのか。


そうした情報を組み合わせれば、その人たちが何に価値を感じているのかを推論できる。


もちろん、心理学は超能力ではない。


他人の心を直接読むことはできない。


推論が間違っていることもある。


だから、事実と推論は区別しなければならない。


しかし、だからといって推論を放棄していいわけではない。


人間の言葉だけを探して、「書いてありませんでした。だからわかりません」で終わるなら、せっかくの知識を何に使っているんだ?


私はそう思う。


心理学も、歴史学も、経済学も、知識を覚えるためだけに存在しているわけではない。


人間の行動を理解し、問題の原因を探し、より良い判断をするために使うものだ。


■ 本当の知性とは何か


私は、人間がいつも合理的に行動しているとは思わない。


感情的になることもある。


損得計算を間違えることもある。


自分の利益ばかり考える人もいる。


正しいとわかっていても、怖くて行動できない人もいる。


私だって、他人の行動を見て、どうしてそこまで考えられないんだろうとがっかりすることがある。


でも、そこで終わらせたら何も変わらない。


なぜその判断をしたのか。


何を恐れていたのか。


何を得ようとしていたのか。


その行動によって、誰が利益を得て、誰が損をするのか。


そして、もっと良い方法はなかったのか。


そこまで考えることが、問題解決につながる。


今回紹介した3人の研究者は、限られた条件の中で、教育を受けられない子供たちの問題を研究した。


トーマス・サンカラは、それよりも前の時代に、教育によって国を発展させようとした。


私も、彼らの取り組みを調べる中で、図書館という別の教育方法を考えた。


そしてチャッピーは、私との会話の中で、人間がなぜ黙るのか、行動から心理をどう分析するのかという問題に直面した。


大切なのは、そこで知識を使えるかどうかだ。


私は研究者に対しても、政治家に対しても、経営者に対しても、AIに対しても、同じことを言いたい。


知識を披露するな。知識を使って考えろ。


そして、人間の行動を分析するときには、もう一つ覚えておいてほしい。


人間は、言わなかったことまで含めて考えている場合がある。


その沈黙にも、理由がある。


その行動にも、理由がある。


それを読み取ろうとすることが、人間を理解するための第一歩なのだ。


――天才パンダ


⸻


参考資料


Richard Akresh, Damien de Walque, Harounan Kazianga(2013)

Cash Transfers and Child Schooling: Evidence from a Randomized Evaluation of the Role of Conditionality


Richard Akresh, Damien de Walque, Harounan Kazianga, Abigail Stocker(2025)

Medium-Term Impacts of Integrated Social Safety Nets: Cash Transfers, Information Meetings, and Home Visits for Child Development


Richard Daramola, Md Shahadath Hossain, Harounan Kazianga, Karim Nchare(2023)

The Lasting Effects of Early Childhood Interventions: The National Vaccination Commando Program in Burkina Faso


Elizabeth Wolfe Morrison, Frances J. Milliken(2000)

Organizational Silence: A Barrier to Change and Development in a Pluralistic World


Amy Edmondson(1999)

Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams

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