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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!ゲームと脳科学 楽しい経済学 切り裂きジャックと孤独  作者: ヘタレパンダ


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全国民に月5万円。どんな未来が待っている?

全国民に月5万円。どんな未来が待っている?


もし、全国民に毎月5万円が支給されるようになったら、日本はどのように変わるのだろうか。


いわゆるベーシックインカムである。


月5万円と聞いて、あなたはどう思うだろう。


「たった5万円?」


「そんな金額じゃ生活できない!」


まあ、そうかもしれない。


しかし、私はその5万円だけで生活しろと言っているわけではない。


今までのお給料や年金などに、さらに毎月5万円が加わったら、何ができるのかという話である。


年間60万円。


夫婦なら年間120万円。


4人家族なら年間240万円。


これって、使いようによっては結構な金額じゃないだろうか。


贅沢は敵なのか?


例えば、年に一度くらい旅行に行きたいと思わないだろうか。


年に一度か二度は、好きな歌手のコンサートやライブに行きたい。


月に一度くらい映画館で映画を楽しみたい。


家族でおいしいものを食べたい。


ディズニーリゾートやUSJにも行きたい。


まあ、娯楽の好みは人それぞれだし、映画館が遠くて簡単には行けない人もいるだろう。


それでも、生活に楽しみがあるというのは大切なことだと思う。


ところが、こういう話をすると、


「贅沢だ!」


「無駄遣いだ!」


「そんなものに金を使うな!」


などと言う人がいる。


私はいつも不思議に思う。


本当に、それは無駄遣いなのだろうか?


例えば、私がUSJに遊びに行ったとする。


交通機関を利用する。


ホテルに泊まる。


レストランで食事をする。


お土産を買う。


すると、どうなるのか。


交通機関もホテルもレストランも、お土産屋さんも売上が増える。


その売上から従業員の給料が支払われ、仕入れ先にもお金が回る。


私がお金を使うことで、ほかの誰かの収入につながっているのである。


それでも無駄遣いなのだろうか。


だったら観光業も娯楽産業も、みんな無駄な仕事だということになるじゃないか。


冗談じゃない。


遊ぶことは、何も生み出さないのか?


私の場合、旅行にはもう一つの価値がある。


私は小説やエッセイを書いている。


だから、旅行に行けば新しいアイデアが浮かぶかもしれない。


実際に建物を見たり、乗り物に乗ったり、ショーを楽しんだりすることで、創作の引き出しが増える。


例えば、異世界の遊園地を描くとしよう。


一度も遊園地に行ったことがない人間が想像だけで書くより、実際にいろいろな施設を体験した方が、より具体的に描写できる部分もあるだろう。


もちろん想像力だけで素晴らしい作品を書く人もいる。


しかし、実体験が創作に役立つこともある。


そして、何よりも私は旅行がしたい。


世界中を見て回りたい。


おいしい料理を食べたい。


面白いものを見たい。


それの何が悪いのだろう。


別に、小説の役に立たなくたっていいじゃないか。


楽しかった。


面白かった。


また行きたい。


それだけでも、お金を使った価値はあると思う。


幸福には持続時間がある


例えば、半年後に旅行の予定を立てたとする。


旅行のパンフレットを見たり、ホテルを選んだり、何を食べようか考えたりする。


それだけで楽しくなる。


そして実際に旅行へ行く。


帰ってきてからも写真を見ながら、


「ああ、楽しかったな」


と思い出す。


つまり、旅行の幸福は旅行中だけのものではない。


旅行を楽しみにしている時間。


旅行そのものを楽しむ時間。


旅行を思い出して楽しむ時間。


この三つがある。


だったら、月5万円でこうした楽しみを持てるようになった人は、精神的にどのくらい変化するのだろうか。


生活への満足度が上がるかもしれない。


明日も頑張ろうという気持ちが生まれるかもしれない。


そこで私は、以前から考えている依存症の問題にもつながるのではないかと思った。


人間はなぜ何かに依存するのか?


私は、依存症の背景には精神的な苦痛や生活上の不満があるのではないかと考えている。


もちろん、これから検証する仮説である。


例えば、タバコを吸う人がいる。


イライラするとタバコを吸う。


嫌なことがあったらタバコを吸う。


仕事が終わったらタバコを吸う。


では、その人はいったい何を解消したいのだろうか。


そこで、こんな質問をしてみたい。


「もし毎月5万円、自由に使えるお金が増えたら、あなたはタバコをやめますか?」


ただし、その5万円には禁煙によって浮くタバコ代も含めて考える。


例えば月2万円をタバコに使っている人なら、国が3万円補助すれば、本人の経済的な余裕は月5万円増える。


そして、さらに聞きたい。


「あなたは、その5万円で何をしたいですか?」


旅行に行きたいのか。


おいしいものを食べたいのか。


生活費の不安を減らしたいのか。


欲しかったものを買いたいのか。


そこで本人が抱えている不満や苦痛がわかれば、解決策も見つかるかもしれない。


そして、実際に不満が解消されたとき、タバコを吸いたい気持ちはどう変化するのか。


これを調べてみたいのである。


タバコにはニコチンによる依存もあるので、お金だけで解決するとは限らない。


だが、生活上の不満を減らすことで禁煙できる人が増えるなら、それは重要な研究結果になるだろう。


ギャンブルや飲酒などについても、同じように調べてみる価値があると思う。


お金を渡せば、誰でも幸せになるのか?


もちろん、そんな簡単な話ではない。


5万円あっても、一日か二日でパチンコに使ってしまう人もいるだろう。


それでは、本人の生活が改善するとは限らない。


だから、私は単にお金を配れば、すべての問題が解決するとは考えていない。


その人は、お金を何に使いたいのか。


お金を使った結果、何が改善したのか。


そして、何が改善しなかったのか。


そこまで調べなければならない。


ギャンブル依存がある人については、金銭管理や治療の支援など、別の対策も考える必要がある。


なお、全国民に無条件で支給するベーシックインカムと、禁煙などの条件を満たした人に支給する補助金は、別の制度である。


私は、その両方について費用対効果を調べたいと思っている。


国にとって、本当に損なのか?


仮に人口を1億2千万人として計算すると、全国民に月5万円を支給するには年間約72兆円が必要になる。


とんでもない金額だ。


当然、財源をどうするかという問題がある。


新しく税金を集めれば、給付による利益が減る人もいる。


物価が上がる可能性もある。


既存の年金や福祉制度をどう扱うかも重要だ。


だから、単純に72兆円を配ればいいという話ではない。


しかし、お金を受け取った人々が旅行や買い物をすれば、企業の売上が増える可能性がある。


その結果、雇用や税収に影響が出るかもしれない。


また、生活の不安が減ることで、精神的な健康状態や働く意欲が変わる可能性もある。


もし医療費や社会保障費に変化が生じるなら、それも調べる必要がある。


ただし、給付されたお金が消費に使われたからといって、国の支出がそのまま回収されるわけではない。


そこはきちんと計算しなければならない。


私は、最初から答えを決めつけるのではなく、実際に調べて比較すればいいと思っている。


何が改善したのか。


どのくらい改善したのか。


改善しなかった人は、なぜ改善しなかったのか。


そこから次の対策を考えればいい。


我慢することが幸福なのか?


私は以前から疑問に思っている。


なぜ人間は、そんなに我慢しなければならないのだろう。


もっと豊かに暮らしたい。


旅行に行きたい。


おいしいものを食べたい。


好きな仕事をして、ちゃんと収入を得たい。


そう思うことの何が悪いのだろう。


世の中には、他人に向かって、


「贅沢するな」


「感謝しろ」


「我慢することが美徳だ」


「人に奉仕することが幸福だ」


と言う人がいる。


でも、それを言っている本人は、どのくらい我慢しているのだろう。


自分は好きなことをしてお金を使い、他人には我慢を要求する。


それはおかしくないだろうか。


私は、人の役に立つことに喜びを感じるのは悪いことだと思わない。


しかし、人の役に立ったのだから、報酬はなくても満足しなさいと言われたら、冗談じゃないと思う。


達成感と報酬は別のものだからだ。


自分が幸福になることまで諦めて、他人の幸福のために働かなければならない理由はない。


私は、自分の好きなことをして、十分な収入を得て、世界中を旅行したい。


それで得た知識や経験を作品に生かしたい。


そして、好きな研究者に投資して、その成果を見ることも楽しみたい。


自分のお金を増やすことだって考えている。


それの何がいけないのだろう。


月5万円は、人生を変えるのか?


私は、全国民に月5万円を支給することが必ず正解だと言っているわけではない。


しかし、月5万円で何が変わるのかという問題は、一度きちんと研究してみる価値があると思う。


その5万円によって、生活の不安が減った人は何人いるのか。


旅行や娯楽を楽しめるようになった人は何人いるのか。


仕事を始めたり、新しい勉強をしたり、創作活動を始めたりする人は増えるのか。


依存症や精神的な不調には変化があるのか。


そして、社会全体にどんな利益と負担が生じるのか。


こうした結果を調べてみたい。


私が一番知りたいのは、人間が自分の望む幸福に近づけるようになったとき、社会はどう変わるのかということだ。


「贅沢は敵だ!」


「無駄遣いするな!」


そう叫ぶのは簡単である。


だが、人間が楽しみを持って生きることは、本当に無駄なのだろうか。


毎日我慢ばかりして、何の楽しみもない生活を続けることが、そんなに素晴らしいのだろうか。


私はそうは思わない。


人間は、ただ生き延びるためだけに生きているわけではない。


幸せになるために生きているのだと思う。


だったら、その幸せを実現するためのお金を、もっと賢く使う方法があってもいいんじゃないだろうか。


月5万円。


たった5万円かもしれない。


でも、その5万円で誰かの人生が変わるかもしれない。


そして、その人が幸福になることで、別の誰かの仕事や収入が増え、さらに社会が変わっていくかもしれない。


私は、そういう未来も研究してみたいのである。

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