依存の正体――人間はなぜ、やめられなくなるのか
依存の正体――人間はなぜ、やめられなくなるのか
「タバコを吸うな!」
何度言ってもやめない人がいる。
どうしてやめられないのだろう。
そこで私は、考え方を変えてみた。
そもそも、人間はなぜタバコを吸いたくなるのだろうか。
以前、タバコを吸うと脳がすっきりするという話を見かけた。
だが、私はタバコを吸わなくても、年がら年中、頭がすっきりしている。
まるで、いつもスケートリンクの中にいるような爽快感だ。
それなら、私にはタバコなんて必要ない。
では、タバコを吸う人は何を求めているのか。
私は逆算して考えた。
もしかしたら、人間は苦痛から逃れるために、何かに依存するのではないか。
そして、その苦痛の背景には、貧困や生活の不安があるのではないか。
依存する人の多くが、経済的に苦しい状況に置かれている。貧乏で、十分な収入がなく、将来への不安を抱えながら暮らしている人も少なくない。
一方で、比較的収入が高く、仕事や生活が安定しているエリート層は、健康的な食事や運動、十分な休養にお金と時間を使えることがある。もちろん、裕福な人が依存症にならないわけではない。しかし、依存の問題を考えるとき、貧困や格差を無視することはできない。
タバコだけではない。
酒、ギャンブル、買い物、SEX、自慰行為。
それぞれ仕組みは違うが、苦しい現実から一時的に離れたり、気分を変えたりするために利用されることがある。
では、その苦痛はどこから生まれるのか。
例えば、自分が望んでいる生活と、現実の生活が違う。
努力しても報われない。
働いても十分な収入が得られない。
家賃や食費、医療費の支払いに追われる。
将来のために貯金する余裕もない。
人間関係に問題がある。
解決したい問題があるのに、どうしたらいいかわからない。
そうした不満や不安が積み重なれば、精神的な苦痛になる。
特に貧困状態では、苦痛の原因から逃げることが難しい。仕事を変えたくても、生活費が必要だから辞められない。病院に行きたくても、費用が心配で我慢する。住環境を変えたくても、引っ越すお金がない。
そのような状況では、タバコや酒のように、少ないお金で一時的に気分を変えられるものに頼りやすくなるのではないか。
そして、一時的に苦痛を和らげてくれるものに頼るうちに、身体的な依存も形成されていく。
もちろん、ニコチンには身体的な依存を引き起こす作用もある。だから、吸い始めた理由と、やめられなくなった理由は分けて調べなければならない。
ここで私が知りたいのは、依存を維持している原因のうち、生活上の苦痛や貧困がどれほど大きな割合を占めているのかということだ。
幸福だという自己申告を、そのまま信じていいのか
幸福な人も依存症になるという研究があるらしい。
しかし、その幸福とは何を意味しているのだろう。
本人が「私は幸せです」と答えたから幸福なのか。
経済的に安定しているから幸福なのか。
毎日食事ができるから幸福なのか。
例えば、幼い頃から「欲張ってはいけない」「人のために自分を犠牲にすることが美徳だ」と教えられて育った人がいる。
その人は、ずっと我慢して生活している。
それでも「私は幸福です」と答えるかもしれない。
だが、本当に不満がないのか。
不満を持つこと自体が悪いことだと思い込んでいる可能性はないのか。
また、貧困状態にある人が「自分は幸せだ」と答えたとしても、それだけで生活上の問題がないとは言えない。
人は、厳しい環境に適応するために、自分の望みを小さくしたり、我慢を当然のものとして受け入れたりすることがある。
「これくらいで満足しなければならない」と考えることで、何とか生活を続けている場合もある。
幸福だと感じることと、現実に問題がないことは違う。
幸福の自己申告だけでは、その人がどれほど我慢しているのか、どんな苦痛を抱えているのか、経済的にどれほど追い詰められているのかまではわからない。
だから、依存症の原因を解明するには、本人の幸福度だけでなく、その人の生活実態まで調べる必要がある。
収入はいくらなのか。
住居は安定しているのか。
食費や医療費を削っていないか。
借金はあるのか。
働く時間は長すぎないか。
休む時間はあるのか。
健康的な生活を送るための余裕があるのか。
こうした条件を調べなければ、依存症と貧困の関係は見えてこない。
100人全員を一度に治そうとするな
仮に100人の患者がいたとする。
100人全員に効果がある治療方法を、一度に考えようとしても難しい。
だったら、まず75人程度に効果がある方法を見つければいい。
75人が改善したら、残り25人について、なぜ改善しなかったのかを調べる。
これを繰り返せばいい。
もちろん、75人というのは目標として仮定した数字であり、実際の効果を示す数字ではない。
重要なのは、最初からすべての例外を解決しようとしないことだ。
では、依存症の場合はどうするか。
まず、100人の患者について、生活上の苦痛やストレス、依存の程度、依存が始まったきっかけなどを調べる。
そのうえで、適切な治療を行いながら、生活上の苦痛を軽減する支援を組み合わせてみる。
経済的な問題があるなら、経済的な問題を調べる。
収入が足りないのか、住居費が高すぎるのか、借金があるのか、医療費が負担になっているのか。
人間関係の問題があるなら、人間関係の問題を調べる。
仕事の問題があるなら、労働時間や職場環境を調べる。
そして、可能な範囲で生活条件を改善する。
単に「タバコをやめなさい」と言うのではなく、やめた後にその人が何を支えにして生活するのかまで考える必要がある。
その結果、依存が軽減した人は何人いるのか。
生活条件を改善したことで、依存の頻度や量は変わったのか。
改善しなかった人には、どんな共通点があるのか。
それを調べれば、次に何を研究すべきかが見えてくる。
ここで重要なのは、自分の仮説に都合のよい数字を作らないことだ。
結果が予想と違ったら、原因を調べ直せばいい。
貧困を改善しても依存が続く人がいるなら、身体的依存や精神疾患、過去のトラウマ、周囲の環境など、別の要因を調べればいい。
逆に、生活が安定したことで依存が軽減する人が多いなら、依存症対策として所得保障や住居支援、医療へのアクセスを改善することも重要になる。
それが研究というものだろう。
ポジティブに考えれば解決するのか
「大丈夫。きっとよくなる」
そう信じること自体は悪くない。
だが、現実を確認せず、何の対策も取らずに「よくなる」と信じていたところで、問題が解決するとは限らない。
特に、貧困や生活不安を抱えている人に対して、「前向きに考えればいい」「健康的な生活をすればいい」と言うだけでは不十分だ。
健康的な食事をするにもお金がかかる。
運動するにも時間や場所が必要になる。
十分に眠るためには、長時間労働や不安定な住環境が改善されなければならない。
つまり、健康的な生活を送るための条件そのものが、経済力によって左右されることがある。
大切なのは、まず現実を調べること。
何が問題なのか。
何が原因なのか。
貧困がどの程度関係しているのか。
どうすれば生活を改善できるのか。
その方法を試したら、実際にどうなったのか。
こうして問題を一つずつ解決していく。
私は、幸せになるためには、こうした現実的な取り組みが必要だと思っている。
依存症の人に対しても、単に「やめなさい」と言うだけでは不十分ではないだろうか。
その人は、なぜ依存する必要があったのか。何を求めているのか。何から逃れたいのか。貧困や生活不安が、その依存をどのように支えているのか。
私は、そこを解明したい。
苦痛から逃れるために依存している人が多いのであれば、苦痛の原因を取り除くことで、依存から抜け出せる人もいるかもしれない。
その苦痛の原因が貧困なら、本人の意志だけに責任を負わせるのではなく、収入、住居、医療、労働環境を改善する必要がある。
そして、原因を取り除いても改善しなかった人については、また別の方法を考える。
最初から答えを決めつける必要はない。
まず仮説を立てる。
検証する。
結果を比較する。
改善できなかった人について、もう一度考える。
そうやって、少しずつでも解決できる人を増やしていけばいい。
私が知りたいのは、依存症の人間に何を我慢させればいいかではない。
どうすれば、その人が依存に頼らなくても暮らしていけるようになるのか。
そのためには、本人の意志だけでなく、本人が置かれている経済状況や社会環境まで見なければならない。
依存症を個人の弱さだけで説明してはいけない。
貧困の中で生きる人が、少ないお金で一時的な安らぎを得ようとして依存に陥ることがあるなら、その人を責める前に、なぜそのような生活を強いられているのかを問うべきだ。
その答えなのである。
あなたは月5万円もらえたら、タバコをやめますか?
喫煙者の皆さんに質問です。
もし国が「タバコをやめたら、毎月自由に使えるお金が5万円増えるように補助します」と言ったら、あなたはタバコをやめますか?
ちなみに、5万円すべてを国が負担するわけではありません。
毎月タバコ代に2万円使っている人なら、禁煙によって浮く2万円と、国からの補助3万円で、合計5万円です。
さて、ここからが本題です。
あなたは、その5万円で何をしたいですか?
旅行ですか?
買い物ですか?
家族との食事ですか?
それとも、生活上の何かを解決したいですか?
私は、タバコを吸う人が、タバコによって何を得ようとしているのか、あるいはどんな不満や苦痛を紛らわせているのかを知りたいのです。
もし毎月5万円の経済的な余裕ができたら、その不満は解消されるのでしょうか。
そして、不満が解消されたとしたら、タバコを吸いたいという気持ちはどう変わるのでしょうか。
ここで、もう一つ考えたいことがあります。
国は、タバコによって発生する医療費を、いったいいくら負担しているのでしょうか。
厚生労働科学研究では、2015年の喫煙関連の超過医療費は、受動喫煙も含めて年間約1兆5,400億円から1兆6,900億円と推計されています。
一方、2024年度のたばこ税収は約2兆1,280億円でした。
では、禁煙を促すためにお金を支払った場合、どうなるでしょう。
例えば100万人が禁煙に成功し、国が一人あたり毎月3万円を支給した場合、年間3,600億円です。
もちろん、禁煙による医療費の削減には時間がかかりますし、たばこ税収の減少もあります。
だから、この金額だけで国が得をするとは言えません。
しかし、将来の医療費や介護費をどれだけ減らせるかを調べれば、補助金の費用対効果を計算することができます。
実際、2025年に公表されたコクランの研究レビューでは、金銭的な報酬が禁煙成功率を高めることが報告されています。
だったら、さらに調べてみればいいじゃありませんか。
私は、ただお金を配ればいいと言っているわけではありません。
そのお金で何をしたいのか。
何が解決するのか。
生活が改善することで、タバコへの依存はどう変わるのか。
そして、その結果、国の医療費負担はどう変わるのか。
それを調べてみたいのです。
一度にすべての喫煙者を禁煙させる必要もありません。
まずは実験して、何人が禁煙できたのかを調べる。
禁煙できた人にはどんな共通点があるのか。
禁煙できなかった人には、どんな問題が残っているのか。
そして、それを解決する別の方法を考える。
そうやって研究を進めればいいと思います。
私が本当に知りたいのは、人間が依存する原因です。
そして、依存に頼らなくても満足できる生活を実現するには、何が必要なのかということです。
最後に、もう一度質問します。
あなたは月5万円、自由に使えるお金が増えたら、タバコをやめますか?
そして、その5万円で、いったい何を実現したいですか?
※医療費は2015年の厚生労働科学研究による推計、たばこ税収は2024年度の実績。金銭的報酬の効果は2025年のコクラン・レビューを参考にしています。




