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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!ゲームと脳科学 楽しい経済学 切り裂きジャックと孤独  作者: ヘタレパンダ


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第2話 芸術家はなぜ権力者や富裕層の愛人になったのか

※芸術を性的な目で見るなんて不謹慎だ!と言う奴程性的な目で見ているのかもしれないね。

芸術と性文化


第2話 芸術家はなぜ権力者や富裕層の愛人になったのか


歴史を研究するうえで、無視してはいけないものがある。


性文化である。


学校で歴史を勉強すると、政治家や武将の名前、戦争の年代、文化財の名称などを覚えさせられる。


しかし、実際に歴史を動かしてきたのは人間である。


そして、人間には性欲がある。


恋愛感情もあれば、嫉妬もある。


誰かを独占したいという欲望もあれば、美しい人間を自分のものにしたいという欲望もある。


もちろん、お金が欲しい人間もいる。


地位や名誉が欲しい人間もいる。


そうした欲望を無視して、本当の歴史が理解できるのだろうか。


私は昔から疑問に思っていた。


美しい芸術家とお金持ち


19世紀のフランスでは、バレエダンサーと裕福な男性たちの間に、独特の関係が存在していた。


現在ではバレエといえば、華麗な舞台芸術という印象が強い。


しかし、当時のパリ・オペラ座には、裕福な男性の定期会員が踊り子たちと交流できる場所があった。


フォワイエ・ド・ラ・ダンスと呼ばれる空間である。


踊り子の中には貧しい家庭の娘も多く、給料だけでは生活が苦しい者もいた。


そこで登場するのが、お金持ちの男性である。


経済的に援助してくれる。


場合によっては、仕事や出世にも有利になる。


もちろん、全員が性的な関係を持っていたわけではない。


しかし、性的な関係を伴う援助が存在したことは、歴史資料からも確認できる。


では、なぜそんな関係が生まれたのか。


私は単純に、需要と供給の問題でもあったと思う。


美しい踊り子と親しくなりたい男性。


経済的な支援を必要とする踊り子。


双方の望みが一致する場合もあっただろう。


しかし、ここには大きな問題がある。


お金を持っている側と、持っていない側では、交渉力が違うのである。


生活のために断れない関係もあったのではないか。


本当に恋愛だったのか。


それとも生活のためだったのか。


あるいは、その両方だったのか。


人間の感情は、そう簡単に分類できるものではない。


男性の踊り子はどうだったのか


そこで私は、もうひとつ疑問に思う。


女性の踊り子に裕福な男性のパトロンがついていたのなら、男性の踊り子はどうだったのだろう。


裕福な女性のパトロンがいたのではないか。


あるいは、男性を愛する男性が支援していたのではないか。


実際、男性バレエダンサーに熱狂する女性ファンや、彼らを支援する女性たちは存在した。


ただし、女性ダンサーの場合と同じような性的・経済的関係が、どの程度あったのかは別に調べる必要がある。


ここで私が気になっているのが、男性バレエダンサーの衣装である。


身体にぴったりとしたタイツ。


脚の筋肉も、お尻も、股間の膨らみも分かる。


もちろん、舞踊に適した衣装であり、股間を強調するために作られたと決めつけることはできない。


だが、観客がその身体を美しいと感じたり、性的な魅力を感じたりする可能性はある。


芸術鑑賞と性的な関心は、必ずしも完全に切り離せるものではないのである。


日本の芸能界にもあった性文化


さて、ここから日本の話になる。


日本の芸能史も、性文化を抜きにしては理解できない部分がある。


有名なのが歌舞伎である。


歌舞伎は最初から男性だけで演じられていたわけではない。


女性が踊る女歌舞伎があり、後に若い男性が演じる若衆歌舞伎が人気を集めた。


ところが、どちらも禁止されてしまった。


なぜか。


幕府が風紀上の問題を重視したからである。


特に、芸能者の容姿や性的な魅力が人気に結びつき、ひいき客同士の争いなども問題になっていた。


女歌舞伎が禁止された後、若衆歌舞伎が盛んになる。


しかし、こちらも1652年に江戸で禁止された。


そして成人男性が演じる野郎歌舞伎へと移り変わっていく。


そこから、現在に続く歌舞伎の演劇的な表現が発達していった。


つまり、歌舞伎の歴史には、性文化と幕府の政策が密接に関係しているのである。


教科書で単に「女歌舞伎から若衆歌舞伎、野郎歌舞伎へ」と暗記するだけでは、その変化がなぜ起きたのか、十分には理解できない。


私は、こうした背景こそ重要だと思っている。


男色という文化


日本には、男性同士の性的関係を扱った歴史資料や文学作品が数多く残されている。


江戸時代の春画には、男性同士の関係を描いた作品もある。


実際、当時は現在とは異なる性的価値観が存在していた。


ここで注意したいのは、昔の男色文化を、現代の同性愛という概念とそのまま同一視することはできないという点である。


当時の年齢、身分、立場、社会制度などが関係していたからだ。


特に少年と成人男性の関係では、権力や年齢の差についても検討する必要がある。


しかし、こうした文化を知らなければ、歴史に登場する人間関係を読み違える可能性がある。


例えば、権力者が若い芸能者を特別にかわいがっていたという記録が残っていたとする。


その理由は何だったのだろう。


芸術的な才能を評価したからか。


人柄が気に入ったからか。


容姿に魅力を感じたからか。


あるいは、複数の理由が重なっていたのか。


そこまで考えなければ、人物の行動を理解したことにはならない。


足利義満と世阿弥


室町時代、能の発展に大きな影響を与えた人物に、足利義満と世阿弥がいる。


世阿弥は少年時代に義満に才能を認められ、特別な後援を受けた。


当時、猿楽の芸能者は、身分の高い人間と対等に扱われる存在ではなかった。


それにもかかわらず、義満は世阿弥を特別に寵愛した。


当時の公家の日記にも、義満が若い世阿弥を特別に扱うことへの批判が残っている。


この二人の関係については、男色文化との関連から論じられることもある。


ただし、寵愛という記録があるからといって、具体的な性的関係がすべて証明されるわけではない。


そこは史料を慎重に読む必要がある。


しかし、確かなこともある。


権力者の後援は、芸能者の社会的な地位や活動に大きな影響を与えたということである。


実際、世阿弥は後援者が変わることで、後年、不遇な立場に追い込まれていく。


芸術的な才能があっても、それだけで成功し続けられるとは限らなかったのだ。


つまり、芸術史を調べるなら、芸術家本人の才能だけではなく、誰が資金を出し、誰が後援し、誰が権力を持っていたかを調べなければならない。


そして、その人間関係に恋愛や性的な欲望が関係していた可能性も、最初から排除するべきではない。


私が学生時代に読んでいた本


私は学生時代、こうした性文化を研究した本を読んでいた。


当時、学校で普通に教えてくれるような内容ではなかった。


専門的に研究していた人たちの本である。


そこには、一般に知られている歴史とは少し違った側面が書かれていた。


そうした本を読んでいると、歴史上の出来事に対して、別の見方ができるようになる。


なぜ、この人は突然出世したのか。


なぜ、この芸術家は権力者にかわいがられていたのか。


なぜ、この芸能は禁止されたのか。


なぜ、この時代には、こういう服装や振る舞いが流行したのか。


こうした疑問を解くには、政治や経済だけでなく、性文化についても調べる必要がある。


もちろん、性文化がすべての答えになるわけではない。


お金、地位、宗教、戦争、法律、家族制度。


さまざまな条件が重なって歴史は動いている。


だからこそ、性文化だけを都合よく取り出して、何でもそれで説明してはいけない。


私は、事実と仮説は分けて考えるべきだと思っている。


古い本に書いてあったからといって、すべて正しいとは限らない。


昔、猿楽の独特な歩き方が、痔の痛みと関係していたという話を読んだような記憶もある。


ただし、これは記憶が曖昧で、実際には著者の冗談だった可能性もある。


「なんちゃって」と書いてあったのかもしれない。


それなら私は、見事に引っかかったわけである。


しかし、そんな話も含めて、古い研究書を読み返すのは面白いと思う。


重要なのは、研究者の意見を丸暗記することではない。


何が事実で、何が仮説なのか。


どういう資料を根拠にしているのか。


それを考えることである。


芸術の裏側にいた人々


そして、もうひとつ忘れてはいけないことがある。


私たちが現在、美しい芸術として鑑賞しているものの裏側には、それを支えた人々がいたということである。


芸術家に資金を出した人。


仕事を紹介した人。


生活を支えた人。


政治的な立場を利用して保護した人。


その中には、芸術家の才能に純粋にほれ込んでいた人もいただろう。


恋愛感情を持っていた人もいただろう。


性的な欲望を持っていた人もいただろう。


そして、芸術家の側にも、それぞれの事情があったはずである。


愛情だったのか。


生活のためだったのか。


出世のためだったのか。


それとも、そのすべてだったのか。


芸術を理解するには、作品だけを見ていても分からないことがある。


その作品が作られた時代の社会や経済、人間関係を知らなければならない。


私は、それこそが歴史研究の面白さだと思う。


歴史を美化する必要はない


最後に、私はひとつ言いたい。


芸術は美しい。


しかし、芸術家の人生まで美しかったとは限らない。


権力者に愛された芸術家がいた一方で、権力者に利用された芸術家もいただろう。


裕福な男性と恋に落ちた踊り子がいた一方で、生活のために望まない関係を受け入れた踊り子もいたかもしれない。


そうした違いを調べることが大切なのである。


性文化を語ると、下品だとか、不謹慎だとか言う人もいる。


しかし、人間の歴史を研究しているのに、人間の性欲だけを最初からなかったことにするのは、おかしな話ではないだろうか。


人間は食べる。


眠る。


働く。


恋をする。


そして性欲を持つ。


それらが社会や文化に影響を与えてきたのだから、研究対象になるのは当然である。


大切なのは、面白おかしく決めつけることではなく、資料に基づいて調べることである。


私は、歴史を美化する必要などないと思っている。


事実が分かれば、それでいい。


歴史とは、偉人だけが作ったものではない。


名もなき人々の生活や欲望、喜び、苦しみ、そして数え切れない選択の積み重ねによって作られてきたものである。


その一部分だけを切り取って、きれいな物語にしてしまったら、肝心の人間が見えなくなる。


だから私は、性文化を研究することにも意味があると思っている。


芸術の歴史を本当に理解したいのなら、舞台の上だけではなく、舞台の裏側にも目を向けるべきなのだ。


美しい芸術が、必ずしも美しい事情だけで生まれたとは限らない。


そして、その複雑さまで理解してこそ、歴史の本当の面白さが見えてくるのではないだろうか。

もっとも、「芸術を性的な目で見るなんて不謹慎だ!」と声高に叫ぶ人ほど、実は誰よりも性的なものを意識しているのかもしれない。


少なくとも私は、カニの股間を見て「なんじゃこりゃ」と疑問に思っただけである。


それを勝手に性的な欲望の問題にしているのは、一体どちらなのだろうか。


まあ、人間というものは、自分の中にあるものほど、他人の中に見つけたがることもあるらしい。


なんとも皮肉な話である。

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