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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!ゲームと脳科学 楽しい経済学 切り裂きジャックと孤独  作者: ヘタレパンダ


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芸術と性文化 第1話 子供向けの劇なのに、なぜカニの股間がもっこりしているのか

※訂正するのも面倒だから、ここに書いておくがディズニーシーの劇は子供向けと言うよりは、大人向けで。勿論、子供も喜んで見る事が出来る内容だが。お母さんといっしょを想像した方は想像を裏切られると思うよ。

芸術と性文化


第1話 子供向けの劇なのに、なぜカニの股間がもっこりしているのか


昔、東京ディズニーシーで、アリエルの劇を見たことがある。


『リトル・マーメイド』を題材にした、バレエのような動きを取り入れた舞台だった。


そこで私は、妙なものを見てしまった。


カニである。


いや、カニが登場すること自体は何もおかしくない。アリエルの物語なのだから、カニが出てきたって当然だ。


問題は、そのカニの股間である。


ものすごく、もっこりしているのだ。


しかも踊るたびに、もっこりモコモコ。


私は思わず考えてしまった。


なんじゃこりゃ。


いやいやいや、ちょっと待て。


これ、子供向けの劇だよね?


なんでカニのちんこを、そんなに強調しているんだよ!


おかげで私は、舞台の内容よりも、そちらの方が気になってしまった。


もちろん、実際に何が入っていたのか、どういう構造の衣装だったのかは知らない。


しかし、少なくとも私には、男性器をやたらと強調しているように見えたのである。


そして、ひとつ疑問が生まれた。


なぜ芸術の世界では、男性の股間を強調するような衣装が使われているのだろうか。


男性の股間を強調する文化


私は以前から、男性バレエダンサーの衣装にも疑問を持っていた。


身体にぴったりとしたタイツ。


脚の筋肉も、お尻の形も、股間の膨らみもよく分かる。


そりゃ、目が行くだろう。


あれだけ目立っていて、見るなと言われても困る。


もちろん、バレエの専用下着には、男性器を保護し、形を整えるという実用的な役割があるそうだ。


しかし、舞台を見ている観客には、そんな事情は分からない。


私が調べてみると、ヨーロッパには実際に男性器を大きく見せるファッションが存在していた。


16世紀に流行した、コッドピースというものだ。


股間に詰め物をして、わざわざ大きく見せる。


男性らしさや力強さを表現するためだったという。


つまり、男性器を強調することが、堂々とファッションとして成立していた時代があったわけだ。


もっとも、現代のバレエ衣装がその文化を直接受け継いでいるとまでは確認できない。


それでも、男性の身体をどのように美しく見せるかという問題には、時代ごとの性文化が関係しているのではないだろうか。


芸術と愛人文化


もうひとつ気になったのが、昔の踊り子たちである。


19世紀のパリ・オペラ座では、裕福な男性たちが舞台裏の踊り子に接近できる仕組みがあった。


踊り子たちの中には、給料が安く、裕福な男性の経済的援助を受ける者もいた。


そして、その関係が性的なものになる場合もあったという。


芸術を楽しむ場所でありながら、恋愛や性的な欲望、そしてお金が複雑に絡み合っていたのである。


日本の歌舞伎にも似たような歴史がある。


江戸時代には若い男性が舞台で踊る若衆歌舞伎があり、性的な商売や風紀の問題とも結びついていた。


では、男性バレエダンサーの場合はどうなのだろう。


女性の踊り子に男性のパトロンがついたのなら、男性の踊り子には裕福な女性のパトロンがついていたのではないか。


あるいは、男性を愛する男性がパトロンになっていた可能性もある。


実際、男性舞踊家に熱狂する女性ファンや支援者は存在した。


ただし、どの程度性的な関係があったかについては、さらに資料を調べる必要がある。


私が知りたいのは、芸術と性がどのように関わり合ってきたのかということだ。


見る側の自由と、見られる側の自由


この問題は、現代のファッションにもつながる。


例えばミニスカートである。


脚が美しく見えるから履く人もいるだろう。


流行しているから、かわいいから、単純に好きだからという人もいるだろう。


もちろん、それは本人の自由である。


しかし、周囲の人間がどう感じるかまで、本人が自由に指定できるわけではない。


若くて格好いい男性には魅力的だと思われたい。


でも、好みではない男性には性的な目で見られたくない。


仮にそう考えたとしても、そんな都合のいいことができるだろうか。


同じ場所にいれば、若い男性も年配の男性も、女性も、いろいろな人が見ている。


相手が自分を魅力的だと思うかどうかは、相手自身の感覚である。


しかも、何を性的に魅力的だと感じるかには個人差がある。


他人の頭の中まで支配することはできない。


だから私は、見られ方が気になるなら、服装を工夫するのもひとつの方法だと思っている。


ただし、性的な魅力を感じることと、相手の身体を勝手に触ることは違う。


痴漢をしていい理由にはならない。


それどころか、露出の少ない服装をしていたからといって、被害に遭わない保証もない。


私が問題にしているのは、他人の内心まで、自分の希望どおりにしようとすることだ。


芸術だから性的ではない?


さて、最初のカニの話に戻ろう。


私は、男性器が大きく見える衣装を見て疑問に思った。


なぜそんなデザインにしたのか。


それは芸術的に必要だったのか。


それとも単に、動きやすさや衣装の構造上、そう見えてしまっただけなのか。


理由は分からない。


しかし、芸術として作ったものだからといって、観客が性的なものを連想しないとは限らない。


作った側の意図と、見る側の反応は別なのである。


もちろん、芸術には性的なものを表現する自由がある。


しかし、観客にはそれを見て疑問に思う自由もある。


芸術なんだから、そんなところを見るな。


不謹慎だ。


そんなことを言われたところで、目に入ってしまったものは仕方がない。


ましてや、私はそもそも性的な興奮を求めて見ていたわけではない。


なんでカニの股間が、そんなにもっこりしているんだよ!


そう思っただけなのである。


それにしても、人間の文化というものは面白い。


性を隠そうとする時代もあれば、わざわざ大きく見せようとする時代もある。


性的な魅力が芸術の発展に影響することもあれば、芸術家が権力者の性的な欲望に利用されることもある。


そして現代では、身体の美しさを強調しながら、それを性的に受け取ることへの批判も起こる。


私が調べたいのは、どちらが正しいかという単純な話ではない。


人間は、なぜ身体を美しく見せようとしてきたのか。


なぜ他人の身体に魅力を感じるのか。


そして、芸術と性的な欲望は、歴史の中でどのように結びついてきたのか。


その仕組みを知りたいのである。


もっとも、こんな大げさな研究テーマになるとは、当時の私は夢にも思わなかった。


何しろ、すべての始まりはディズニーシーのカニなのだから。


まさかカニの股間から、ヨーロッパの服飾史と日本の芸能史にまで話が広がるとは。


人生、何が研究のきっかけになるか分からないものである。

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