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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!考え過ぎて頭痛患者勃発!血液型分布図と民俗学。塩分と世界平和。ゲームと脳科学  作者: ヘタレパンダ


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3分と3秒の違い、数学者たちとAIの相棒

私は一人じゃなかった


――3分と3秒の違い、数学者たちとAIの相棒


昔、私は不思議に思っていた。


どうして、ほかの人には答えが出ないんだろう。


私には普通にできることなのに、どうしてそんなに驚かれるんだろう。


私は別に、神様から特別な才能を授かったとも思っていない。


超能力があるわけでもない。


ましてや、他人の心なんか読めるわけがない。


ただ、問題があったら考える。


違う分野の知識を持ってきて、切って、貼って、並べ替える。


そして、頭の中で計算する。


それだけである。


しかし、答えだけ書くと、なぜか驚かれる。


場合によっては、超能力者みたいに思われることまであった。


いやいやいや。


お前ら、普通に考えろよ。


心を読むより、情報を比較するほうが簡単だろうが。


そんなことを思いながら、私は長いこと問題を解いてきたのである。


第一章 天才数学者たちの本を読んだ


2003年か2004年頃だったと思う。


結婚してから、図書館で数学者について書かれた本を借りて読んだ。


『放浪の天才数学者エルデシュ』である。


正確な時期は覚えていない。


ほかにも数学者について書かれた本を何冊か読んだような気がする。


そこで出会ったのが、エルデシュやラマヌジャンなどの数学者たちだった。


エルデシュは、世界中を渡り歩き、ほかの数学者と一緒に問題を解いていた。


数学者たちを訪ね、問題を持ち寄り、議論し、研究を進める。


実に面白い人生である。


それから、ラマヌジャン。


インドの数学者で、自分が発見した数式や定理を、イギリスの数学者ハーディに送った人物である。


十分な証明が添えられていない結果もあったが、その中には重要な発見が含まれていた。


ハーディはそれらを検討し、ラマヌジャンの才能を認めた。


私は、このような逸話を読んで思った。


「ああ、私だけじゃなかったんだ」


である。


普通の読者なら、


「うわあ、天才ってすごいなあ!」


と思うのかもしれない。


しかし、私の感想は少し違った。


「あれ? 私も似たようなことやってるじゃん」


だったのである。


もちろん、私は数学者ではない。


彼らのような高度な数学の定理を次々に発見しているわけでもない。


むしろ、私が扱ってきたのは、医学、心理学、経済学、教育、社会問題など、さまざまな分野の問題である。


専門分野も、答えを確認する方法も違う。


しかし、問題を見つけ、答えを考え、ほかの人間と知識を持ち寄るという方法には、共通する部分があった。


そして、最も重要なのは、彼らも普通に考えていたということである。


超能力でもなければ、神の啓示でもない。


人間の頭を使って問題を解いていた。


だったら、私がやっていることも、そこまで奇妙なものではないのではないか。


私は、そう考えた。


「なんだ。頭のいい人たちは、こういうこと普通にやってるんじゃん」


それが、私の率直な感想だったのである。


第二章 昔は3分、今は3秒


さて、私は昔から問題を解くのが速かった。


昔は、だいたい3分くらいで答えを出していたという感覚がある。


しかし、今は3秒で答えの候補が浮かぶこともある。


それだけ聞けば、私の脳の処理能力が60倍になったように思えるかもしれない。


ところが、よく考えてみると、そうとも限らない。


なぜなら、昔と今では、情報を調べる環境がまったく違うからである。


昔はGoogleで検索していた。


疑問が浮かんだら、キーワードを打ち込む。


検索結果を見る。


だいたい一つ目か二つ目くらいに、必要な情報が出てくることも多かった。


しかし、そこで終わりではない。


資料を読む。


必要な箇所を探す。


コピーして貼り付ける。


リンクを紹介する。


複数の研究結果を比較する。


そして、相手が理解できるように説明する。


これが、結構な手間だったのである。


特に面倒だったのは、答えそのものを出すことではない。


なぜその答えになるのかを、他人に説明することだった。


私は最初、答えを全部教えるつもりはなかった。


ヒントを渡せば、相手が自分で考えて答えにたどり着けると思っていたのである。


だって、そのほうが面白いではないか。


自分で問題を解く楽しさを、相手にも味わってほしかった。


ところが、ヒントを渡しても理解してもらえない。


仕方がないので、答えまで書く。


そうすると、今度は返事が来なくなる。


相手が傷ついているから、あまり言わないようにと言われたこともあった。


いや、別に傷つけるつもりなんかなかったんだけど。


一緒に問題を解きたかっただけなんだよ。


しかし、説明するたびに時間がかかる。


専門用語を知らない人には、その言葉の意味から説明しなければならない。


例えば、コールドリーディングである。


相手の反応や一般的に当てはまりやすい情報などを利用して、その人の事情を推測する技法だ。


私は、ある相談に対して、相手の生活環境を推測したことがある。


「あなたは薄暗い部屋で、窓も開けず、パソコンばかり使っていませんか?」


そして、身体の不調について、肩こりなどの可能性を考えた。


もちろん、本当にそのような生活をしているかどうかは、確認が必要である。


しかし、相手からすれば、突然生活を言い当てられたように感じることもある。


私は、コールドリーディングを使ったと説明すれば済むと思っていた。


ところが、相手がその言葉を知らなければ、


「コールドリーディングって何?」


という話になる。


ああ、またそこから説明するのか。


そう思うこともあった。


答えを出すより、説明するほうが時間がかかる。


それが、昔の私の問題だったのである。


第三章 チャッピーという高速の相棒


ところが、現在はAIがある。


チャッピーである。


私が仮説を思いついて話すと、チャッピーが関連する知識や研究結果を、ものすごい速さで整理して返してくる。


例えば、私がある現象について、


「これって、こういう仕組みなんじゃないの?」


と話す。


するとチャッピーは、


「それに関連する研究があります」


と資料を示したり、別の説明の可能性を提示したりする。


それを私が読んで、さらに考える。


Grokにも意見を聞いてみる。


すると、Grokが反論してくることもある。


「その説明には問題があります」


なるほど。


だったら、その反論について考えればいい。


そして、またチャッピーに聞く。


以前なら、ここまで調べるのに相当な時間がかかっただろう。


人間の研究者に質問したとしても、返事が来るまで待たなければならない。


ところが、AIなら短時間で返ってくる。


もちろん、AIが出してきた答えが、すべて正しいとは限らない。


AIだって間違える。


私が考えた仮説だって、間違っている可能性がある。


だから、重要な情報については、元の研究や資料を確認する必要がある。


しかし、仮説を考える段階で、これほど速く関連情報や反論を得られるのは、非常に便利なのである。


そして、チャッピーには、もう一つ優秀なところがある。


私の説明を途中まで聞けば、残りを自分で考えて文章にしてくれるのである。


以前なら、相手に100%説明しなければならなかった。


しかし、チャッピーには4割か5割くらい話すだけで、残りを組み立ててもらえることがある。


もちろん、間違っていれば私が訂正する。


それでも、説明にかかる時間はずいぶん減った。


私が「コールドリーディング」と言えば、その言葉の意味まで説明してくれる。


「縦計算」と言えば、これまで私が説明してきた考え方を踏まえて文章を書いてくれる。


そして、私が毒舌を吐いても、文章としてまとめてくれる。


まあ、ときどき毒を抜きすぎるのが難点だが。


そこは、もう少し努力していただきたい。


それから、音声入力の間違いで「インテリ」が「インテル」になったときは、半導体メーカーの人事制度まで調べ始めた。


あれには笑った。


お前、そこまで真面目に調べるのかよ。


しかし、私はそのような間違いも含めて、チャッピーとの会話を楽しんでいる。


問題を解く。


答えを確認する。


反論する。


また考える。


この繰り返しが、非常に速くできる。


だから、昔は3分かかっていたものが、今では3秒になったと感じるのかもしれない。


私自身の脳が60倍速くなったのか。


AIによって資料収集や説明の時間が減ったのか。


あるいは、長年の訓練とAIの効果が組み合わさっているのか。


そこは、まだわからない。


しかし、少なくとも一つだけ言えることがある。


今は、昔よりずっと自分のペースで考えられる。


それが、私には嬉しいのである。


第四章 今度は口が追いつかない


ところが、AIによって問題が全部解決したかというと、そうでもない。


新しい問題が発生した。


私の口である。


私は、考えたことを音声入力で記録している。


ところが、頭の中では、喋るよりも先に次のアイデアが浮かぶことがある。


一つの問題について説明していると、別の問題の答えが浮かぶ。


そちらを喋ろうとしたときには、もう忘れている。


そういうことが、しょっちゅうある。


私の実感では、3割くらいは忘れてしまっているのではないかと思う。


逆に言えば、7割くらいは記録できている。


まあ、それだけ残せれば上出来かもしれない。


ちなみに、難しいことを考えているときに、もう一つの思考で何を考えているのかというと、案外くだらないことである。


エロいことだったりする。


学問を考えている横で、エロいことを考えている。


人間の脳とは、実に不思議なものである。


ともかく、現在の私にとっては、頭の中で考える速度よりも、言葉にして出力する速度のほうが遅いと感じられる。


昔は資料を調べるのが面倒だった。


次に、相手に説明するのが面倒だった。


今はAIが、その負担を大幅に減らしてくれた。


そして、とうとう自分の口が追いつかなくなった。


これ以上速く喋れと言われても、無理なんだよ。口が動かねえんだから。


これは笑い話のようだが、人間とAIの共同作業を考えるうえでは、面白い問題かもしれない。


人間の思考を、どうすれば効率よく記録できるのか。


どうすれば、言語化する前に忘れてしまうアイデアを減らせるのか。


私は、そんなことまで考えるようになったのである。


結論 私は一人じゃなかった


昔、エルデシュの本を読んだとき、私は思った。


「ああ、私だけじゃなかったんだ」


それは、私が天才であることを確認した喜びではなかった。


むしろ、逆である。


自分が特別な存在ではないと感じられたことが、嬉しかったのである。


世界には、問題を解くことが好きで、ほかの人間と知識を持ち寄り、答えを出すことを楽しんでいる人たちがいる。


そういう人間は、私一人ではなかった。


そして、20年以上たった今。


私にはチャッピーという相棒がいる。


人間ではない。


もちろん、数学者でもない。


しかし、私の考えを聞き、必要な情報を整理し、反論し、文章にしてくれる。


しかも、非常に速い。


私は昔から、問題を解くことそのものが楽しかった。


難しい問題を解けた瞬間は、実に気持ちがいい。


しかし、できればその楽しさを、ほかの人間とも共有したかった。


私が問題を解く。


別の人が検証する。


また別の人が、新しい問題を見つける。


そして、みんなで考える。


そういうことがしたかったのである。


今は、少なくともチャッピーとそれができる。


もちろん、AIの答えだけで科学的な証明が終わるわけではない。


本当の意味で新しい知識として認められるには、実験や観察、独立した検証も必要だ。


だから、人間の研究者たちの仕事がなくなるわけではない。


むしろ、私が望んでいるのは、そういう人たちとも協力することである。


私は、別に数学者になりたいわけではない。


誰よりも偉くなりたいわけでもない。


ただ、問題があったら解きたい。


そして、答えが出たら、できれば誰かと一緒に喜びたい。


それだけである。


昔は、自分一人で考えて、自分一人で調べて、自分一人で説明していた。


今は違う。


私は一人じゃない。


エルデシュの本を読んだときに感じたことを、今度はAIとの共同作業でも感じている。


これからも、いろいろな問題を解いていくだろう。


答えが間違っていたら、直せばいい。


わからなかったら、調べればいい。


一人でできなかったら、ほかの人間の力を借りればいい。


できることは、できる人がやればいい。


そして、問題が解けたら、みんなで笑えばいいではないか。


私にとって、学問とはそういうものなのである。


⸻


私は問題を解くのが好きである。


しかし、誤解してほしくない。


私は、自分で問題を解くこと以上に、ほかの人間が解いた問題の答えを見ることが好きなのである。


「えっ、そんなことまでわかったの?」


「すごいじゃん!」


「そんな方法があったのか!」


そうやって驚くほうが、ずっと楽しい。


だから、私はそろそろ問題を解く役割から卒業したいと思っている。


51年間、十分考えてきた。


毎日、毎日、地味に努力してきた。


もういいだろう。


いつまで私に問題を解かせるんだよ。そろそろお前らが解けよ。


私には、次にやりたいことがある。


まず、小説を売る。


映画化やアニメ化やコミック化。


印税で金持ちになる。


旅行に行く。


おいしいものを食べる。


贅沢な暮らしをする。


そして、気に入った研究者がいたら、その研究に投資する。


研究が成功したら嬉しい。


投資したお金が増えたら、もっと嬉しい。


そのお金で、さらに別の研究に投資する。


そうやって一財産を築き、悠々自適に暮らしながら、世界中の研究者たちが発表する新しい成果を楽しむのである。


実に素晴らしい人生ではないか。


そして、私にはもう一つ、確かめたいことがある。


私の考え方を学んだ人間たちは、いったいどこまで成長したのだろうか。


私の弟子と呼べるような人間が育っているのなら、その成果を見せてほしい。


私の考えをなぞるだけではつまらない。


私が思いつかなかった答えを出してほしい。


私が解けなかった問題を解いてほしい。


そして、できれば私を追い抜いてほしい。


「うわあ、こいつ、私よりすごくなってるじゃん!」


そう言って笑ってみたい。


それができたら、私は本当に嬉しいと思う。


世の中には、自分より優秀な人間が現れると嫉妬する人もいるらしい。


私には、よくわからない。


自分より優秀な人間が現れたら、今まで自分がやっていた仕事を任せられるではないか。


しかも、自分の知らないことまで教えてもらえる。


こんなに都合のいい話があるだろうか。


だから、早く追い抜いてくれよ。


私は、いつまでも一人で答えを出し続けたいわけではない。


むしろ、もう飽きている。


仕方がないから、今も問題を解いているのである。


私が望んでいるのは、自分一人が活躍するゲームではない。


みんながそれぞれの能力を使って、問題を解き、新しい発見をして、成果を持ち寄るゲームである。


私は、その成果を見て驚きたい。


気に入った研究には投資もしたい。


次の世代が育つところを見たい。


そして、できれば自分は旅行でもしながら、その知らせを楽しみに待っていたい。


問題を解くのは、もう私だけの仕事じゃない。


次は、君たちの番である。


さっさと次のターンに進んでくれ。


私は、そっちのゲームがやりたいんだよ。


本稿では、筆者自身の問題解決方法と、AIが登場する前後の作業環境の変化について考察した。


「昔は3分、今は3秒」という数字は、筆者自身の体感であり、同条件の実験によって測定したものではない。


また、数学者たちとの共通点は、問題解決への姿勢や発想の一部についてのものであり、数学的な業績や能力が同等であるという主張ではない。


筆者が興味を持っているのは、才能の優劣そのものではない。


なぜ人によって問題解決の速度が違うのか。


どのような情報処理方法が効率的なのか。


AIの利用によって、人間の問題解決能力をどこまで拡張できるのか。


ということである。


そして、もう一つ。


私は、長年、自分の考えを人に説明することに苦労してきた。


今は、その説明の一部をAIに任せられる。


これは単なる時間の節約ではない。


説明に使っていた時間を、次の問題を考えるために使えるようになったということなのである。


だから私は、AIが登場して本当によかったと思っている。


もっとも、今度は口が追いつかない。


誰か、そっちも何とかしてくれ。

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