第2話 血液型と文化――世界の民話と遺伝子の不思議な関係
このデータを現在のデータと比較しようとしたら、とんでもないことが起きました。次のエッセイで載せようと思います。血液型ところの話じゃないよ。
第2話 血液型と文化――世界の民話と遺伝子の不思議な関係
世界各国の昔話を比較していたとき、私はもう一つ、変わったことを調べていた。
世界の血液型分布と、各地域の民話の特徴には、何か関係があるのではないか。
ということである。
文化学と遺伝学。
普通なら、あまり結びつけて考えない分野かもしれない。
しかし、私は両方を比較してみた。
血液型は遺伝する。
しかも、国や地域によって血液型の分布は違う。
それなら、血液型の分布と、その土地に伝わる物語の特徴を比べてみたら、何かわかるのではないだろうか。
そう考えたのである。
B型の多い地域の物語は、少し違った
当時、私は各国の血液型分布を調べて、昔話の内容と比較していた。
すべての国の資料を覚えているわけではない。
しかし、今でも覚えている国がある。
インドである。
インドはB型の割合が比較的高い地域として知られている。
そして、インドの物語には、独特な話が多いと感じていた。
もちろん、私は以前から『アラビアンナイト』なども読んでいたので、独特な展開そのものに驚いたわけではない。
むしろ面白かった。
ところが、いくつかの国の物語を比較していて、ある特徴が気になった。
登場人物が、カッとなって行動するのである。
血の気が多いというのだろうか。
突然怒る。
激しい行動を起こす。
争いになる。
そういう展開の物語が、B型の割合が高いと調べた地域に目立つように思えた。
当時の私は、そこで一つの仮説を立てた。
B型の割合が高いことと、人間がカッとなりやすいことには、何か関係があるのではないだろうか。
ただし、これは私が昔の資料を比較したときの観察であって、科学的に証明された結論ではない。
当時使った血液型分布のデータが正しかったのか、民話集の翻訳や編集に偏りがなかったのかも、改めて確かめる必要がある。
それに、物語の登場人物が怒りっぽいからといって、その地域の人々が実際に怒りっぽいとは限らない。
しかし、仮説として考えることには意味があると思う。
私はそれを、もう少し調べてみたくなったのである。
日本はA型が多い
一方、日本ではA型が最も多い。
一般的には、A型が約40%、O型が約30%、B型が約20%、AB型が約10%と言われている。
ここで、私は日本の文化について考えてみた。
日本は、個人よりも村を大事にする傾向があったのではないか。
周囲と協調する。
村の秩序を守る。
誰かが困っていたら、互いに助け合う。
その一方で、集団から外れた行動をする人間を嫌うこともある。
こうした特徴は、稲作を中心とした共同生活から生まれたのかもしれない。
しかし、血液型の分布にも何か関係があるのだろうか。
私は、そういうことも考えた。
ただし、A型の人間だから協調性が高いとか、B型の人間だから怒りっぽいという話を、ここで断定するつもりはない。
現在の科学では、ABO式血液型によって性格が決まるという説は支持されていない。
だからこそ、考える必要がある。
血液型そのものが関係しているのか。
それとも、血液型の地域分布と文化の特徴が、偶然重なっているだけなのか。
あるいは、もっと別の共通する原因があるのか。
遺伝子が関係しているのだろうか
血液型の分布は、集団遺伝学の研究でも扱われてきた。
人類は昔から移動してきた。
移住する。
別の集団と結婚する。
子孫を残す。
その過程で、遺伝的な特徴も各地に広がっていく。
一方、文化も人間の移動によって広がる。
つまり、血液型の分布と文化の分布に共通する部分があったとしても、それは血液型が文化を作ったという意味ではない。
人間の移動という、共通する歴史を反映している可能性もある。
私はここが面白いと思う。
血液型と昔話。
一見関係のなさそうな二つを比較することで、人類の歴史について別の角度から考えられるかもしれない。
ただし、血液型という一つの遺伝的特徴だけで、複雑な人間の行動を説明することはできない。
それなら、ほかの条件も調べてみればいいのである。
食べ物が関係している可能性はないのか
私は、もう一つの可能性も考えた。
食文化である。
例えば、辛いものを好んで食べる地域がある。
塩分の強い料理を好む地域もある。
もちろん、辛いものを食べたら怒りっぽくなると証明されているわけではない。
塩分を多く摂れば人間が攻撃的になると、単純に言えるわけでもない。
しかし、食生活が人間の身体や健康状態に影響することは知られている。
栄養状態や睡眠、ストレスなども、人の感情や行動に関係する。
それなら、食文化が感情の表れ方に影響する可能性も、調べてみる価値はあるのではないか。
例えば、同じ地域について、
血液型の分布。
食べ物の特徴。
気候。
生活環境。
昔話の内容。
これらを比較する。
そこで共通する特徴が見つかったら、さらに原因を調べてみる。
血液型の問題だと思っていたものが、実は食生活の問題だったという可能性だってある。
あるいは、どちらでもないかもしれない。
私が知りたいのは、最初に思いついた説が正しかったと証明することではない。
実際には何が関係しているのか、ということである。
現代の犯罪統計とも比較してみたい
ここまで考えると、別の研究もできそうだ。
昔話だけではなく、現代の社会統計を使うのである。
例えば、国や地域によって、犯罪の種類に違いがあるのだろうか。
傷害事件が多い地域。
強盗が多い地域。
詐欺が多い地域。
それぞれ、犯罪の傾向に違いはあるのだろうか。
そして、その違いは昔話に描かれた人間の行動と何か関係しているのだろうか。
ただし、ここでも注意が必要である。
犯罪の発生率は、貧困、教育、法律、警察制度、社会環境などに大きく左右される。
国によって犯罪の定義も違うし、届け出の割合も違う。
だから、単に血液型の分布と犯罪の件数を並べただけでは、原因はわからない。
まして、特定の血液型の人が犯罪を起こしやすいと結論づけることはできない。
調べるなら、人口当たりの犯罪率や、国ごとの社会条件まで考慮しなければならない。
でも、それをやってみるのは面白そうだと思う。
昔話に描かれた行動の特徴が、現代にも残っているのか。
それとも、社会が変われば行動の傾向も変わっているのか。
比較してみたいのである。
文化は遺伝なのか、環境なのか
ここで、一つ重要な疑問が生まれる。
人間の行動は、どこまで遺伝によって決まり、どこから環境によって変わるのだろうか。
そもそも、昔話に描かれている行動が、その土地の人々の日常的な行動を反映しているのかどうかも、まだわからない。
物語は現実そのものではない。
現実では珍しい事件だからこそ、物語になった可能性もある。
また、同じ物語でも、編集者が刺激的な場面を強調したのかもしれない。
だから、研究するなら順番が大切になる。
まず、昔話の地域ごとの特徴が本当に存在するのか調べる。
次に、血液型分布との関連があるのかを確認する。
そのうえで、食文化や歴史、社会環境と比較する。
そして、関連が見つかったとしても、原因と結果を混同しない。
こうした手順で研究を進めていけば、何かわかるかもしれない。
仮に血液型とは無関係だとわかったとしても、それはそれで一つの成果である。
もし原因がわかったら
私がこうしたことを考える理由は、単に世界の文化の違いを知りたいからだけではない。
人間の行動に影響する条件がわかれば、生活を改善する方法も考えられるのではないか、と思うからである。
例えば、食生活や睡眠など、変えられる環境が感情の安定に影響しているなら、それを改善する方法を研究すればいい。
いつもイライラしている人が、もう少し穏やかに暮らせるようになるかもしれない。
もちろん、それが血液型を変えるという話ではない。
遺伝的な特徴が人間の人格や運命を決めるという話でもない。
人間が置かれている条件を調べて、改善できる部分があれば改善する。
私はそういう研究に興味がある。
私が昔話から学んだこと
私は世界各国の民話を比較して、地球は一つなのだと思った。
人間の行動には共通する部分がある。
文化の交流も、昔から続いてきた。
その一方で、地域ごとに物語の特徴が違うことにも気がついた。
そこに血液型の分布を重ねてみたら、さらに不思議なことが見えてきた。
もちろん、昔の私が取った統計がどこまで正確だったかはわからない。
当時の資料も、今では手元にない。
だから、これは完成した研究ではなく、昔の観察から生まれた仮説である。
しかし、だからこそ、もう一度調べてみたら面白いと思う。
もしかしたら、すでに誰かが似た研究をしているかもしれない。
あるいは、私の仮説とはまったく違う結果が出るかもしれない。
それでも構わない。
私は別に、血液型による性格判断を広めたいわけではない。
知りたいのは、人間がなぜそのように考え、行動するのかということなのである。
世界の昔話。
人類の移動。
血液型の分布。
食文化。
現代社会。
一見別々の分野に見えるものも、比較してみれば、何かつながりが見えてくるかもしれない。
だから私は、文化を研究することが面白いと思う。
そして、短大で学んだ文化学という学問は、何十年たった今でも、私の中で生きているのである。




