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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!考え過ぎて頭痛患者勃発!血液型分布図と民俗学。塩分と世界平和。ゲームと脳科学  作者: ヘタレパンダ


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第1話 地球は一つだった――世界の昔話から見えてきた人類の共通点

第1話 地球は一つだった――世界の昔話から見えてきた人類の共通点


私は短大時代、文化学と美術を学んでいた。


通っていたのは宇都宮文星短期大学である。


先生から聞いた話では、初代学長は「これからの時代は文化と美術だ」と考えて、この学校を作ったらしい。


今になって思う。


あの学長先生は、ずいぶん先見の明があったのではないだろうか。


当時、文化を専門に学ぶ学科は、今ほど一般的ではなかったと思う。


それなのに、文化学科と美術学科を二本柱にして短大を作った。


私自身、そこで学んだことが、その後の人生で大いに役立っている。


特に、世界各国の文化を比較するという考え方である。


世界の民話を読み比べてみた


私は昔から、本を読むことが好きだった。


日本の昔話、中国の昔話、西洋の昔話、神話、伝記。


『アラビアンナイト』もかなり読んだ。


そして大学の図書館には、世界各国の民話を集めた大部の資料があった。


古い本だった。


大学が購入したものだったのか、寄贈されたものだったのか、正確なことは覚えていない。


とにかく、私はその本を研究資料として読んでみることにした。


目的は、世界各国の物語には、どのような共通点や違いがあるのかを調べることだった。


最初は地域ごとの特色が見える。


舞台が違う。


登場する動物も違う。


宗教も違う。


人々の暮らし方も違う。


ところが、読み進めていくうちに、妙なことに気がついた。


どこの国の人間も、結局、同じようなことを考えているのである。


欲張りな人間がいる。


善良な人間がいる。


賢い人間がいる。


間抜けな人間がいる。


他人を騙す者もいれば、騙される者もいる。


恋をする。


嫉妬する。


怒る。


欲をかく。


失敗する。


誰かを助ける。


そして、そうした人間の行動を物語にして、次の世代に伝えている。


もちろん、国によって表現方法や結末は違う。


それでも、物語の根本にある問題は驚くほど似ている。


私は思った。


ああ、地球って一つなんだな。


地球は昔からつながっていた


ここで、もう一つ考えた。


世界中の人が、偶然、似たような物語を作ったのだろうか。


それとも、昔から人々が交流していて、物語が各地に伝わっていたのだろうか。


おそらく、両方あるのだろう。


人間には共通する感情や行動がある。


だから、別々の土地で似たような物語が生まれることは十分考えられる。


しかし、人間は昔から移動もしてきた。


商人が旅をする。


船乗りが遠い国へ行く。


戦争が起こる。


民族が移動する。


結婚によって別の土地に移り住む。


そういうとき、人間が運ぶのは品物だけではない。


物語も一緒に運ばれるのである。


『アラビアンナイト』などは、複数の文化が交わった物語集として知られている。


私は漫画の『MASTERキートン』も読んでいたので、文化や歴史がつながっているという考え方には、すでになじみがあった。


そのうえで世界の民話を読み比べて、改めて思った。


やっぱり、地球はつながっているんだな、と。


現代のような飛行機もインターネットもない時代から、人間は文化を交換していたのである。


忘れられない西アフリカの昔話


ただし、全部の物語が同じだったわけではない。


中には、何十年たっても忘れられないほど独特な物語があった。


西アフリカの昔話として収録されていた話である。


細部はうろ覚えなので、登場する動物も正確ではないかもしれない。


私の記憶では、賢い猿と、善良だけれど間抜けなうさぎが登場した。


うさぎは一生懸命畑を耕していた。


ところが、賢い猿はうさぎを殺して、畑を取り上げてしまった。


その結果、猿は金持ちになった。


そして物語は終わる。


めでたし、めでたし。


え?


めでたいのか、それは?


私は驚いた。


善良なうさぎが殺されて、他人の畑を奪った猿が成功する。


しかも、それが幸福な結末として描かれているように見える。


日本の勧善懲悪の物語に慣れていると、かなり強烈である。


しかし、私はここで別の疑問を持った。


この話は、いつから伝わっていたのだろう。


誰が語ったのだろう。


どの地域の話なのだろう。


本当に昔から、この結末だったのだろうか。


もしかしたら、権力者に都合のいいように、後から書き換えられた物語なのではないか。


逆に、権力者や強者を皮肉った話だった可能性もある。


ところが、私が読んだ資料には、成立年代や詳しい採集地が書かれていなかった。


少なくとも、私の記憶には残っていない。


だから結局、わからないのである。


民話集に書かれたことは、すべて正しいのか


民俗学者が採集した話だからといって、必ず原形のままとは限らない。


昔話は語り継がれる。


語り手が変わる。


言語が変わる。


翻訳される。


編集者が文章を整える。


そうしているうちに、意味が変わってしまう可能性もある。


だから、ある民話を読んだだけで、「この地域の人たちは、こういう価値観を持っている」と決めつけるのは危険だと思った。


そもそも、編集者が資料の扱いを間違えている可能性もある。


昔話の研究には、物語の内容だけでなく、それが誰によって、いつ、どこで記録されたのかという情報も必要なのである。


もっとも、そこまで調べていたら、一生かかっても終わらない。


私には、ほかにも読みたい本があるし、やりたいこともある。


日本もまた独特だった


世界の民話を比較していて、私は日本にも特徴があると感じた。


それは、個人よりも村という共同体を大事にするという考え方である。


村人同士で助け合う。


村全体の秩序を守る。


個人の欲望より、集団の利益を優先する。


もちろん、すべての日本人がそうだという話ではない。


しかし、日本の昔話や歴史を考えるうえで、村という単位は重要だと思った。


例えば、昔の農村では田んぼの水を分け合い、共同で作業をしなければならない。


一人勝手なことをすれば、周囲の人まで困ってしまう。


だから、協調を重んじる文化が発達したのかもしれない。


一方で、村八分のように、集団の秩序に従わない者を排除する仕組みも生まれた。


文化には、よい面も悪い面もある。


だが、私はそれを道徳的に評価するために調べていたわけではない。


なぜ、そのような文化が生まれたのか。


その理由を知りたかったのである。


途中で読むのをやめた理由


私は結局、世界の民話集を最後まで読まなかった。


途中で、自分の知りたかったことについて、ある程度の結論が出たからである。


細部は違っても、人間の行動には共通する部分が多い。


そして、世界の文化には、長い歴史の中で交流してきた痕跡がある。


もちろん、読んでいない物語には新しい発見があったかもしれない。


それでも、私はその時点で、ひとまず答えが見えたと思った。


地球は一つである。


国境があっても、言葉が違っても、人間は昔からつながっていた。


そして、人間という生き物には、地域を超えて共通する部分がある。


短大で文化を学んだことが、その後の私の人間観察や物事の分析に大いに役立ったのは、そういう理由である。


学長先生が「これからは文化と美術の時代だ」と言ったという話を、私は今でも覚えている。


あの先生は、文化を学ぶことの価値を、どこまで見通していたのだろう。


今となっては直接聞くこともできない。


しかし、少なくとも一人の卒業生は、その教育を何十年も使い続けている。


それは確かなのである。

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