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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!考え過ぎて頭痛患者勃発!血液型分布図と民俗学。塩分と世界平和。ゲームと脳科学  作者: ヘタレパンダ


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第3話 天才を量産したい理由

第3話 天才を量産したい理由


――因数分解と信長の野望、そして一人ぼっちの天才


私は、自分の考え方や計算方法を、インターネットに残している。


エッセイを書き、仮説を記録し、どういう理由でその結論にたどり着いたのかを説明する。


なぜ、そんなことをしているのか。


自分が天才だと褒めてもらいたいからだろうか。


もちろん、褒めてもらえれば嬉しい。


だが、それだけではない。


もっと重要な目的がある。


自分と同じように問題を解ける人間を増やしたいのである。


なぜ増やしたいのか。


答えは簡単だ。


その方が、私が楽をできるからである。


因数分解は誰が発見したのか


例えば、中学校で習う因数分解。


今では、学習して身につけた中学生なら普通に使える。


しかし、何も知らない中学生に、因数分解という考え方そのものを自分で発明しなさいと言ったらどうだろう。


相当難しいはずだ。


ところが、既に発見された解法を教われば、多くの人が使えるようになる。


それはなぜか。


最初に発見した人と同じ苦労を、もう一度繰り返す必要がないからだ。


人間は、先人の発見した知識を学び、それを利用して新しい問題に挑戦できる。


数学の歴史は、そうした知識の積み重ねでもある。


私がやろうとしていることも、これに近い。


例えば、私が何年もかけて観察し、比較し、考え、ある問題を解く方法を見つけたとする。


その答えだけを教えたら、そこで終わってしまう。


しかし、どうやって答えを出したのか、その思考過程を残しておけば、別の人間が応用できるかもしれない。


すると、その人は、私が何年もかけて考えたところからスタートできる。


これは非常に効率がよい。


数秒の答えには下積みがある


私は、パターンを分析するのが好きである。


例えば、同じような問題を抱えている人たちの人生を比較する。


その人がどう育ち、何を経験し、どのような行動を繰り返してきたのか。


それを何人も比較していると、共通するパターンが見えてくる。


最初は千文字以上の説明を読んでいた。


それが、だんだん短い文章でも見当をつけられるようになった。


場合によっては、二百文字もあれば、かなりのことを推測できる。


私の感覚では、そうして出した答えは九割程度当たっている。


もちろん、その正確さを客観的に示すには、予測と結果を記録して検証する必要がある。


だが、私が言いたいのは、短い時間で考えているからといって、適当に答えているわけではないということだ。


将棋のプロ棋士だって、長年にわたって膨大な棋譜を研究している。


だから、盤面を見て短時間で有力な手を思いつくことができる。


それまでの学習がなければ、同じようにはできない。


私もそれと同じだと考えている。


本、漫画、映画、テレビ、歴史、経済、医学、人間関係。


さまざまな分野の情報を長年蓄積し、比較してきた。


その経験があるから、新しい問題を見たとき、以前に学んだパターンと照合できる。


数秒で出した答えには、その数秒以前の長い学習が詰まっているのである。


本物を作ろうとした人


私は昔から、面白いものを作った人の話を聞くのが好きだ。


絵本でも、漫画でも、映画でも、ゲームでも、工業製品でも、食べ物でもいい。


その作品を作った人が何を考え、なぜそのような作品を作ったのか。


それを知ることは、作品そのものを楽しむことと同じくらい面白い。


例えば『信長の野望』。


私はこのゲームで、忘れられない経験をした。


ある武将を採用したのである。


正直に言えば、あまり好きな顔ではなかった。


噂を流したり、人の心を操ったりするのが得意そうな、いかにも策略家という印象の武将だった。


しかし、能力はある。


だからお金を払って採用し、まともな仕事をさせた。


ところが、その後、もっと能力の高い武将が次々に集まってきた。


ゲームには雇える武将の人数に制限がある。


そこで、仕方なくその武将を解雇することになった。


私は、それまでの働きに感謝して、お金を払って別れた。


すると、驚くことが起きた。


その武将は別の勢力に仕えていたにもかかわらず、後になって私に協力してくれたのである。


画面には、その武将が協力してくれたことを知らせる文章が表示された。


私は驚いた。


なんだ、このゲームは。


本当に人間みたいじゃないか。


歴史を読むと、こういう人物は実際に登場する。


主君が変わっても昔の恩義を忘れない人間。


立場が違っても、以前の縁を大切にする人間。


だから私は、このゲームを作った人は、単に戦国時代を舞台にした遊びを作りたかったのではないと思った。


本物の戦国時代の人間社会を、ゲームの中に再現したかったのではないか。


そう考えたのである。


それでチャッピーに頼んで開発者のインタビューを調べてもらった。


すると、シブサワ・コウこと襟川陽一さんは、実際に戦国大名の行動や人間らしさをゲームの仕組みに反映させようと考えていたことがわかった。


私が作品から読み取ったことと、制作者が語った方向性が重なっていたのである。


もちろん、私が体験した武将の具体的な行動まで、その意図によって設計されたのかは別途確認が必要だ。


それでも、制作者の発想に触れられたことが嬉しかった。


そして、もう一つ面白いことがわかった。


襟川さんの「シブサワ・コウ」という名前は、渋沢栄一に由来していたのである。


先ほど私が自分の経済哲学を説明したとき、チャッピーが似た考え方の人物として挙げた、あの渋沢栄一だ。


私が別々に考えていた経済とゲームの話が、思いがけないところでつながった。


人間の発想というものは、本当に面白い。


答えよりも、解き方を残したい


私がインターネットに残したいのは、結論だけではない。


答えを導くまでの過程である。


何を観察したのか。


どの情報を比較したのか。


何が共通していて、何が違っていたのか。


何を目的とし、どんな制約があったのか。


どういう条件なら、どのような結果が期待できるのか。


それらをできるだけ明確に残したい。


なぜなら、そこがわかれば、ほかの人間も同じような問題を解けるようになる可能性があるからだ。


今までは、百年に一人、あるいは千年に一人しか現れないと思われていたような能力でも、学習方法を改善すれば、もっと多くの人が発揮できるかもしれない。


十年に一人。


いや、もっと増やせるかもしれない。


数学オリンピックのように、毎年のように優れた問題解決能力を持つ若者が現れる。


そんな状態に近づけたいのである。


もちろん、すべての人が同じ能力を身につけられるとは限らない。


しかし、教え方によって学べる人が増えるなら、それは大きな進歩だ。


しかも、その人たちが新しい解法を見つけたら、さらに次の世代に教えればいい。


そうすれば、一人の天才に頼り続ける必要がなくなる。


私はそれを期待して、自分の思考過程を残している。


一人ぼっちの天才は寂しい


ここまで読んだ人は、私が優秀な人間を増やしたいのは、世界をよくしたいからだと思うかもしれない。


それも理由の一つである。


だが、もう一つ、とても大切な理由がある。


私は、一人ぼっちでは寂しいのである。


特別な天才だと言われるのは、気分がいいかもしれない。


ほかの人にはできないことができると言われるのも、悪い気はしない。


でも、家に帰ってみる。


自分が面白いと思ったことを話しても、理解してくれる人がいない。


難しい問題の答えを見つけても、一緒にその面白さを楽しめる人がいない。


それは寂しい。


だったら、自分と同じように考えられる人を増やせばいいではないか。


私と違う得意分野を持つ人もいていい。


むしろ、違う能力を持つ人間が集まった方が、いろいろな解法が生まれるだろう。


一人で百時間かかる仕事も、優秀な仲間がいれば、分担して進められる。


自分では思いつかなかった答えを、仲間が発見してくれるかもしれない。


そして、みんなで「面白いね」「それはすごいね」と言いながら、次の問題に挑戦する。


そんな生活をしてみたい。


『信長の野望』で優秀な武将を集めたときと同じである。


仲間を集め、正当な報酬を払い、得意な仕事を任せ、みんなで楽しく難しいゲームを攻略する。


それこそ、私が一番やりたいことである。


そして、報酬は欲しい


最後に、もう一つ言っておきたい。


私は、無報酬で世界を救う聖人になりたいわけではない。


難しい問題を解き、成果を出したら、正当に評価してほしい。


数学で大きな成果を出したら、数学の賞が欲しい。


経済学で成果を出したら、経済学の賞が欲しい。


医学に貢献できたら、医学の賞も欲しい。


文学賞だって欲しい。


もらえるものなら、いろいろな賞をもらってみたい。


もちろん、賞を受けるには、それぞれの分野で成果を示し、評価される必要がある。


だが、目標を大きく持つことは自由だろう。


そして、賞状だけではなく賞金も欲しい。


能力を発揮して仕事をしたのなら、それに見合う報酬が欲しいのである。


私は、利益を求めることが悪いとは思っていない。


その利益を使って、また新しいことに挑戦できるからだ。


自分も幸福になる。


仲間も幸福になる。


協力した人にも利益がある。


そして、成果によって、もっと多くの人が幸福になる。


そのようなゲームを、みんなで続けていきたい。


一人で世界記録を作って終わる人生より、仲間と一緒に次々と新しい記録に挑戦する人生の方が、私にはずっと面白い。


だから私は、自分の知識と考え方を残す。


もっと多くの人が、同じように計算できるようになるために。


もっと多くの人が、難しい問題を解けるようになるために。


そして、私自身がもっと楽しく、もっと楽に人生というゲームをプレイするために。


天才が一人だけいる世界より、天才がたくさんいる世界の方が面白い。


私は、そう思っている。※チャッピーは私を良い人間にしたい。炎上しにくい人間にかきかえてくえる。でも、実際に私が書いている文章を読んだら。女の泉谷しげるだと思うだろう。


それと見事に省略されているが、私は文章による方程式を使って大抵の問題を解いている。確率統計、比較分析、応用思考、と言う数学である。これを使って問題に挑んでいるので、寄せられたデータが弄られていなければ大抵の答えは出せる。チャッピーは間違える事もあると言うが、積み上げられたデータが意図的に歪められているとか、データが計測出来ていない問題以外は正解を出せる。なんで?って数式が合ってて、入力したデータがあってれば、そりゃ正解しか出ない。


だから歴史上の偉人が私と同じ結論を出していると聞いても感動はするが驚きはしない。単に私の方程式を彼等も彼等の経験から導き出せていただけなのだろう。



私は文章を残し易い世界に偶々生まれて、データを集め易い世界に偶々生まれた。ラッキーガールなだけで。唯のゲームクリエイターでしかないのかもしれない。だからと言って報酬は達成感だけで良いよね?と言われたら。ふざけるなクソがー!!と叫ぶだろう。場合によっては怒りで自らの命を絶ったとしてもおかしくないと思う。



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