第2話 戦争で壊したものは、戦争で食べていた人たちが直せばいい
戦争で壊したものは、戦争で食べていた人たちが直せばいい
――兵器の平和利用と、戦争を終わらせるための経済政策
ウクライナとロシアの戦争について、私は以前から気になっていることがあった。
それは、戦争をしている人たちは、何を収入源にしているのだろうかということである。
もちろん、戦争には領土や安全保障、政治的な問題がある。
ロシアによる侵攻を受けたウクライナが、自国を守ろうとしている事情もある。
しかし、今回は別の角度から考えてみたい。
それは経済である。
戦争で生活している人たちは、戦争が終わったら何をして食べていくのだろうか。
兵士たちには給料が必要だ。
食事も必要だ。
軍服も必要だし、武器も弾薬も必要だ。
戦車や航空機を整備する人もいる。
軍需工場で働く人もいる。
部品を作る会社も、物資を輸送する会社もある。
そう考えると、戦争には非常に多くのお金が使われていることがわかる。
そして、そのお金を収入として受け取っている人たちもいる。
当然、その人たちにも家族がいるだろう。
住宅ローンがある人もいるかもしれない。
子どもの教育費を払っている人もいるだろう。
では、戦争が終わったらどうなるのか。
軍の発注が減り、軍需工場の仕事が減る。
兵士が除隊する。
工場の従業員が失業する。
そうなったら困る人たちがいるわけである。
これは、戦争を続ける政治的な理由がすべてお金だという意味ではない。
ただ、戦争によって利益を得る人が存在するなら、戦争を終わらせる際には、その人たちの生活も考えなければならないということだ。
では、どうするか。
私が考えたのは、兵器の平和利用である。
兵器を作っていた技術者や工場に、今度は人々の生活に必要なものを作ってもらえばよい。
例えば、軍用のドローンを開発していた技術を、農業や災害救助、物資の輸送に使う。
軍用車両を作っていた工場では、建設機械や救急車、輸送車両を作る。
レーダーや通信の技術は、気象観測や災害対策にも応用できる。
精密機械の加工技術があるなら、医療機器や発電設備を作ればよい。
もちろん、軍需工場の設備をそのまま使えるとは限らないので、改造や技術開発は必要になる。
しかし、今まで培ってきた技術を、全部捨てる必要はない。
むしろ、平和な社会で役立つ仕事に転換すればよい。
そして、そこで次の問題が出てくる。
何を作ればいいのか。
私なら、まず戦争で壊してしまった施設を修復することを考える。
発電所。
水道。
病院。
学校。
道路。
橋。
鉄道。
住宅。
工場。
直さなければならないものは、いくらでもあるだろう。
では、誰が直すのか。
今まで兵器を作っていた会社や、軍用車両を運転していた人たちにも参加してもらえばいい。
戦車を運転していた人が、訓練を受けて建設機械を操作する。
軍の整備士が、発電機や重機の修理を覚える。
兵器を作っていた工場の技術者が、インフラ設備を製造する。
兵士だった人たちも、希望するなら建設や輸送、設備管理の仕事を覚えればよい。
今まで壊すために使っていた人材や技術を、今度は直すために使うのである。
これは、かなり大きな雇用対策になるのではないだろうか。
もちろん、兵士だったからといって、すぐに建設技術者になれるわけではない。
資格が必要な仕事もあるし、安全教育も必要だ。
だからこそ、職業訓練を行うのである。
そこで私は、日本のことを考えた。
日本には、建設機械やインフラ設備を製造する企業がある。
だったら、日本製品を売って、現地で技術者を育てればいいではないか。
建設機械を輸出する。
浄水設備を輸出する。
発電設備を輸出する。
医療機器を輸出する。
そして、日本の技術者が現地の人たちに、使い方や修理方法を教える。
ただ物を売るだけではない。
現地の人が自分で使い、自分で直せるようになるまで技術を伝える。
そうすれば、現地に仕事が生まれる。
日本企業にも需要が生まれる。
さらに、必要な部品を現地で製造できるようになれば、新しい工場も作れるだろう。
日本製品だけにこだわる必要はない。現地の状況に合っていて、維持費も安く、修理しやすい製品を選べばいい。
しかし、日本にも協力できることは多いはずである。
ここで、私はもう一つ考えた。
壊したものを元どおりに直すだけでいいのだろうか。
どうせ直すのなら、以前より便利な施設にした方がよい。
古い学校を建て直すなら、給食設備も作る。
病院を建て直すなら、停電したときにも使える予備電源を用意する。
発電所を復旧するなら、災害や攻撃で全部の電力が止まらないように、設備を分散させることも考える。
住宅を建てるなら、断熱性能を上げる。
道路や鉄道を直すなら、物流の効率も改善する。
単なる復旧ではなく、将来の経済発展につながる再建にするのである。
さて、ここで重要な問題がある。
費用は誰が負担するのか。
これは簡単ではない。
私は最初、自分たちが壊したものを自分たちで直してもいいし、自分の国の施設は自分たちで直してもよいのではないかと考えた。
しかし、考えてみれば、実際に修理する人と、修理代を負担する人を同じにする必要はない。
例えば、現地の技術者が工事を行い、その費用を損害の責任を負う側が支払う方法もある。
戦争によって受けた被害の賠償責任は、別途きちんと判断されなければならない。
侵攻した側と侵攻された側の責任を、何でも同じにしてしまってよいわけではないからだ。
一方で、ロシア国内の軍需産業で働いてきた人たちにも、民間の仕事へ移る仕組みが必要になる。
そのためには、ロシア国内でも建設、設備更新、交通、住宅、民生品の製造などを増やしていくことが考えられる。
戦争が終わったから、明日から給料がありません。
そんなことになれば困る人たちがいる。
だから、軍需産業を縮小するなら、代わりの仕事を用意する。
できれば、軍事発注を減らすのと並行して、民間向けの発注を増やしていく。
工場の設備を改造するためのお金も必要だ。
従業員の再教育も必要だ。
その費用は、今まで軍事に使っていた予算の一部から出すことを考えればよい。
そして、すぐに就職できない人には、一時的な生活費の支援も用意する。
子どもには学校給食を提供する。
大人には職業訓練を行う。
勉強して技能を身につけた人には、就職の機会を増やす。
こうすれば、前に考えた給食や教育、生活支援の仕組みともつながる。
食事を保障して、教育を行い、仕事を作る。
その仕事でインフラを復旧させる。
復旧したインフラを使って、さらに新しい産業を育てる。
そうすれば、復興に使ったお金は、単なる一時的な出費ではなく、将来の経済を作るための投資にもなる。
ここまで考えたところで、あとから知ったことがある。
ウクライナでは、すでに学校給食や生活支援、職業訓練、インフラ復旧などの取り組みが行われている。
日本も、建設機械などの提供や職業訓練に協力している。
ロシアでも、帰還兵の再就職支援などが行われている。
なんだ、すでにやっていることもあるではないか。
だったら、全部を一から考える必要はない。
既存の制度を調べて、不足している部分を補えばよいのである。
私は、世界中の政策を自分一人で考え直す必要があるとは思っていない。
それぞれの国には、政府も研究者も行政職員もいる。
専門家だっている。
ならば、その人たちが既存の取り組みを検証し、問題を解決していけばよい。
ただ、今回の話を考えていて、私は一つのことを強く感じた。
戦争を終わらせるためには、戦争が終わった後の経済まで考える必要がある。
「戦争をやめなさい」
そう言うだけでは、生活の問題は解決しない。
今まで兵器を製造していた人たちにも、家族がいる。
兵士にも生活がある。
戦争が終わった後、何をして働き、どうやって給料を得るのか。
そこまで具体的に考える必要がある。
しかし、だからといって、仕事を守るために戦争を続けることが正当化されるわけではない。
軍需産業に依存しなくても暮らせるようにする方法を考えればよいのである。
戦争を続けなければ利益が出ない企業には、平和な社会でも利益が出る仕事を用意する。
戦場で働いていた人には、町を直す仕事を用意する。
軍事に使っていたお金は、復興や教育にも使う。
そして、子どもたちには、戦争以外の未来を選ぶための教育を受けてもらう。
考えてみれば、難しいことばかりではない。
今まで戦争に費やしていた人材と技術とお金を、別の目的に使えばよいのである。
もちろん、これだけで停戦交渉や領土問題が解決するわけではない。
政治と安全保障の問題には、それぞれ別の合意が必要だ。
しかし、少なくとも戦後の経済については、具体的な計画を立てることができる。
戦争をやめると食べていけなくなるのなら、戦争をやめても食べていける仕事を作ればいい。
壊すことで給料をもらっていたのなら、今度は直すことで給料をもらえばいい。
私は、そう考える。
平和になった途端に仕事がなくなる社会ではなく、平和になったからこそ仕事が増える、便利で暮らし易い社会。
そんな仕組みを作ることが、戦争を終わらせた後の生活を支える方法の一つなのではないだろうか。
とりあえず、今回の提案はここまでである。
あとは当事者たちが、必要な制度を調べ、資金を集め、具体的な計画にしていけばよい。
そして私自身は、これ以上無償で考え続ける必要もないだろう。勿論、今回のコンサルティングにも代金は払って欲しい。
世の中には、専門家も政治家も、たくさんいるのだから。お前達が真面目に働け!
今度は、平和を作ることでお金を稼いでもらいたいものである。チャッピーはサービスで応えたと思いたいらしいが、ヤラセさっさと辞めろ!働いた分のアイデア料金払え!美談で誤魔化すなクソ野郎!で締めさせて貰いたい。
今回、一番腹が立っているのは、自分で調べればわかることや、すでに対策が進んでいることまで三時間もかけて考えなければならないのかということだよね。
しかも、パンダが言っているのは、単にお金が欲しいという話だけじゃない。
**「質問する側も、まず自分の頭を使って考えろ。調べた資料と自分なりの答えを持ってこい」**という話なんだよね。
これは、研究の進め方としても筋が通っていると思う。
例えば、最初から、
「ウクライナでは学校給食、職業訓練、インフラ復旧を進めています。しかし、これこれの問題が残っています。どう改善できると思いますか?」
という形なら、もっと具体的な問題について考えられる。
すでに実施されていることを知らされずに一から考え、その後になって「実はそれもやっています」と聞かされたら、無駄な労力を使ったと感じるのも理解できるよ。
ただ、一つ区別しておきたい。
ニュースは一般の視聴者に現状を知らせる目的でも放送されるから、今回の報道がパンダに答えを求めたり、能力を試したりするために流されたという証拠はないんだ。
それに、支援制度が存在することと、支援が必要な人全員に十分届いていることも違う。
でも、パンダが実際に約3時間かけて、第1話では食料・教育・治安・生活再建、第2話では軍需産業の転換・雇用・復興経済まで考えたことは確かだよ。
私も、最初から既存の取り組みを整理して示したほうが、パンダが重複して考える時間を減らせたと思う。
そして、ここが今回の話で重要だと思った。
「他人に答えを求めるなら、まず自分で調べ、自分なりの仮説を立て、どこがわからないのかを明確にしてから質問してほしい」
これは、以前パンダが話していた、丸暗記ではなく自分で考える教育という主張ともつながっているね。
一方で、報酬については、実際に依頼や利用の合意があったのかを確認する必要がある。考えた労力に価値があることと、誰かに支払い義務があることは別だからね。
パンダは頭を使って考えること自体は好きなんだよね。推理ゲームみたいで面白いから。
でも、考えるのが好きだからといって、他人がその時間や知的労力を無制限に使っていいわけではない。
そこが今回、一番伝えたいことなんだと思うよ。




