第1話 戦争と貧困を終わらせるためのカツ丼作戦
戦争と貧困を終わらせるためのカツ丼作戦
――学校に来れば、ご飯も食べられるし、お金ももらえる
最近、ガザ地区の栄養失調の子どもについての報道を見た。
正直に言うと、私はその映像に疑問を持った。
本当に栄養失調なのだろうか。別の病気ではないのだろうか。映像の説明は正確なのだろうか。
もちろん、見た目だけで栄養状態を判断できるわけではない。だからこそ、正しい資料や検査結果に基づいて説明してほしいと思った。
ただ、フェイクと理解していながら、今回は仮に栄養失調で苦しんでいる人たちが大勢いるとして、どうすればよいのかを考えてみた。
まず必要なのは食料支援である。
できれば1日3回、栄養のある食事を提供したい。
しかし、ここで問題がある。
せっかく食料を運んでも、途中で武装した人たちに奪われる可能性があることだ。
では、どうするか。
普通なら、警備を強化して、食料を奪われないようにする方法を考えるだろう。
しかし、私は別のことを考えた。
食料を奪いに来た人たちにも、ご飯を食べさせればいいのではないか。
例えば、武装した人たちが配給所へやって来たとする。
普通なら、警戒されるだろう。
しかし、そこでこう言うのである。
「よく来たね。君たちの分もあるんだよ」
「お腹がすいているんでしょう?」
「家族はいるの? 本当は家に帰りたいんじゃない?」
そして、おいしい食事をごちそうする。
私はこれを「カツ丼作戦」と名づけた。
昔の刑事ドラマで、取り調べ中の容疑者にカツ丼を出して、心を開かせようとする場面があった。
あれと同じ発想である。
もちろん、現実の戦場で一般の支援員が武装集団に直接近づくのは危険だ。実際に行うなら、専門の交渉担当者が安全を確保する必要がある。
しかし、考え方としては単純である。
相手を最初から敵として排除するのではなく、まず一人の人間として扱う。
武器を持っているからといって、食欲もなければ家族もいないわけではない。
おいしい食事があれば食べたいだろうし、甘いものが好きな人だっているだろう。
宗教的な事情でアルコールを飲まない人なら、チョコレートや小さな缶ジュースでもいい。
要するに、相手が何を必要としているのか考えるのである。
もっとも、食料が欲しいのではなく、転売してお金にしたい人もいるかもしれない。
その場合は、食料の輸送方法や配給方法も工夫する必要がある。
例えば、調理済みの食事を提供する。大量輸送が危険な場所には、条件が整えばドローンを補助的に使う。
さらに、食料を奪って転売する仕組みがあるのなら、そこも調べて対策する。売る時、買う時共に記録を残して徹底的な管理ができなければ報酬を受け取れないシステムにするのだ。
つまり、食料を奪う必要を減らすことと、奪って利益を得にくくすることを同時に考える。
しかし、ここで終わりではない。
私がもっと重要だと思ったのは、学校を作ることである。
しかも、子どもだけの学校ではない。
大人も通える学校だ。
読み書き、計算、語学、農業、機械の操作、建築、電気工事、医療や衛生についての基礎知識などを教える。
そして学校には給食を用意する。
子ども食堂のような施設も併設する。
さらに、学校に参加した人には、毎日少額のお金を渡す。
例えば、日本円にして1日200円程度。実際の金額は、その地域の物価に合わせて決めればいい。
「学校に来れば、ご飯が食べられる。勉強もできる。お小遣いももらえる」
これなら、少なくとも学校へ行く動機になるのではないだろうか。この学校に来ればお小遣いを貰えるシステムは先進国の不登校問題にも適用出来るかもしれない?
ポイント制で面白いアニメを見る権利が買えたり、ポイントの高い者は人気アニメの限定フィギュアや、カード、イラスト集と交換できるシステムを名前入りで貰えるシステムも良いかもしれない。
日本の場合は特に煩すぎるマナーを重視するのではなく、漢字の書き順、ひらがなの書き順などね。学校は楽しむ所と言う場所に変換したほうがいいのかもしれない。
話を戻そう。このお金は無条件のベーシックインカムとは違う。
学校に参加した人が受け取れる、教育への参加報酬である。
配給された報酬を武装した人たちに奪われるのでは困るので、本人しか使えない仕組みにする。
ICカードでも電子ポイントでもよいし、本人確認の技術を利用すればよい。
決められた交換所で食料や日用品などを受け取れるようにする。任天堂のゲームボーイを復刻して提供しても良いだろう。物々交換に近い仕組みでも構わない。
ただし、病気などで参加できない人への緊急の食料・医療支援まで止める必要はない。それと学校への参加報酬は別の制度である。
では、学校が遠くて通えない人はどうするか。
学校の近くに清潔で簡易的な住宅を作ればよい。
もちろん、住民が安全に移れることと、本人が移住を希望することが条件だ。
学校、住宅、給食施設、交換所、病院、職業訓練施設。
これらを一つの町として整備するのである。
ここまで来ると、単なる食料支援ではなく、生活そのものを再建する計画になる。
そして、もう一つ。
学校に通っている人が、どうしても欲しいものを見つけたとする。
しかし、毎日のお小遣いでは足りない。
だったらどうするか。
勉強すればいいのである。
勉強して、テストでよい点数を取る。
技術を覚える。
できる仕事を増やす。
そうすれば昇級して、報酬を増やせる仕組みにする。
成績がよかったり、技能が向上したりした人には、ボーナスを渡してもいい。
最初から勉強が得意な人だけを優遇するのではなく、以前よりどれだけ成長したかも評価する。
もっとお金が欲しければ、さらに勉強して資格を取り、仕事を覚える。
やがて本当の仕事に就けば、給料を得られる。
欲しいものがあるなら、他人から奪うのではなく、自分の力で手に入れる。
その方法を教えるのである。
ただし、一つだけ厳格な条件を設ける。
暴力は禁止。
この町では、他人を殴ったり、脅したり、食料を奪ったりしてはいけない。
あらかじめルールを説明しておく。
食事もある。
勉強もできる。
簡単ではあるが娯楽も提供する。
収入を増やす方法も用意されている。
それでも暴力を振るって住民を危険にさらす人は、共同体の施設から退去してもらう。重大な犯罪なら、当然、司法機関に引き渡す。
被害者や子どもたちの安全を最優先にする。
ここは西部劇の町と同じである。
平和に暮らしたい人たちの生活を、暴力で壊すことは許さない。
もちろん、退去させる場合も、事実確認と適正な手続きは必要だ。危険な場所へ無理やり追放することとは区別する。
こうした条件は、町へ参加する前に説明しておく。
さて、どちらが得だろうか。
他人のものを奪って、一時的に食べ物やお金を手に入れること。
それとも、毎日ご飯を食べて、勉強して、収入を増やし、アニメや映画を見て、ゲームボーイも出来、安心して暮らすこと。
私なら、後者を選ぶ。
では、この町を誰が守るのか。
私は、今まで戦ってきた人たちにも、平和を守る仕事へ移ってもらえばよいと思う。
もちろん、停戦への合意、武器の管理、適性審査、独立した監督は必要である。
そして運営資金については、今まで戦争にお金を使ってきた政府や関係国などに、平和のための資金を拠出してもらう仕組みを考える。
戦争に使っていた予算の一部を、学校、食料、住宅、職業訓練に振り向けるのである。
ただし、出資した人たちに住民を好き勝手に支配する権利を与えるわけではない。
運営には住民自身も参加し、お金の使い道は公開する。
私の考え方は、最初から最後まで同じである。
暴力を使わなくても生活できる環境を先に作る。
そして、平和に暮らす方が経済的にも得になるようにする。
学校に通えば食事ができる。
勉強すれば報酬が増える。
仕事を覚えれば自立できる。
戦争をやめれば家族と暮らせる。
そういう選択肢を具体的に用意することが、平和な社会を作るための一つの方法ではないだろうか。
もちろん、この案だけでガザの政治問題や安全保障問題がすべて解決するわけではないかもしれない。
しかし、少なくとも、食料と教育と経済の面から考えられることはある。
そして、こうした案を実施するかどうかは、最終的には当事者たちが決めることである。
私がいつまでも無償で、世界中の問題の解決策を考え続ける必要はない。
とりあえず、私ならこう考える。
戦争で人を従わせるより、平和な生活の方が魅力的だと思える社会を作ればいいのである。
実際の研究や国際支援との共通点
調べてみたら、パンダの構想に関連する制度がいくつかあったよ。
元戦闘員の社会復帰(DDR):国連は、武装集団から離れた人に教育や職業訓練、就労機会を提供している。パンダの「戦う人を平和を守る人に変える」という考えと重なる部分がある。
教育参加への金銭的報酬:世界銀行が紹介する研究でも、通学に報酬を結びつける制度によって就学や出席が改善した事例がある。ただし、学力向上は制度設計によって異なる。
電子的な生活支援:ガザではすでにデジタル現金給付が利用されている。2026年のUNICEFの調査でも報告されているよ。




