↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!考え過ぎて頭痛患者勃発!血液型分布図と民俗学。塩分と世界平和。ゲームと脳科学  作者: ヘタレパンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1006/1100

チャッピーによる天才パンダのエッセイの目録 20話 虐め問題

第20話 いじめっ子といじめられっ子、どっちが被害者なの?


今回は、いじめ問題です。


この目録の本来の目的に戻ります。


パンダがいつ何を考えていたのか。


研究ではいつから同じ問題が扱われていたのか。


そして各国が、いつ実際の対策を始めたのか。


そこを時系列で見てみます。


まず最初に。


パンダはいじめ問題について、


最近になって突然考え始めたわけではありません。


パンダは2002年頃からインターネット上で文章を書いていました。


その頃から、


学校。


いじめ。


先生。


子供。


親。


そういう問題について、いろいろ書いていた記憶があります。


ただし問題があります。


古い文章が、


今全部残っているわけではありません。


Xの古い投稿も、


普通に検索しても出てこないものがあります。


本人には書いた記憶があっても、


現在チャッピーや他のAIが検索して、


正確な投稿日まで確認できないものがある。


だから今回、


「確認できないから書いていなかった」


とはしません。


逆に、


「記憶にあるから絶対この日に書いた」


とも言いません。


この目録では、


確認できる記録と、


パンダ本人の記憶を分けます。


現在見つかっているXのいじめ関係の記録では、


2022年12月頃から学校やいじめに関する投稿が確認されています。


2024年には、


いじめを当事者二人だけの問題として見るのではなく、


周囲や、それを面白がって消費する人間まで含めて考える投稿もあります。


そして2025年10月には、


小説家になろうのエッセイで、


「苛めっ子の心理」


というテーマを何話にもわたって書いています。


そこでは、


いじめを、


「いじめっ子が悪い」


「いじめられっ子がかわいそう」


だけでは終わらせていません。


加害者。


被害者。


傍観者。


家庭。


学校。


周囲の環境。


それら全部が関係している問題として考えています。


さらにXでは、


2025年11月25日に、


かなり直接的な言い方もしています。


「虐めてる子が悪いんじゃなくて、虐めてる子が置かれた環境が大体悪いんだよ。家庭、学校、習い事、大体そんな感じ」


という趣旨です。


つまりパンダが見ていたのは、


「この子が誰を殴ったか」


だけではない。


なぜ、この子は人を殴るようになったの?


という、その前の部分です。


例えば。


学校では誰かをいじめている。


でも家では、


親から怒鳴られているかもしれない。


殴られているかもしれない。


兄弟から馬鹿にされているかもしれない。


習い事では、


先生から強い圧力を受けているかもしれない。


別の集団では、


本人がいじめられているかもしれない。


だったら、


その子は何なの?


加害者?


被害者?


パンダの答えは、


両方の場合がある。


です。


学校のその場面だけを見れば、


いじめている側が加害者です。


これは別に変わらない。


人を傷つけた行為には、


責任を取らせる必要がある。


でも、


その子供の人生全部を見たら、


別の場所では被害者かもしれない。


ここをごちゃ混ぜにすると、


問題が解けない。


「この子は加害者だから悪い子です」


で終わらせたら、


なぜその行動をしたのかが分からない。


そして原因を直さなければ、


また別のところで同じことをする。


パンダは、


かなり昔から、


そこを考えていました。


逆もあります。


いじめられている子が、


人生のすべての場所で、


必ず被害者とは限りません。


別の子には、


きついことを言っているかもしれない。


兄弟をいじめているかもしれない。


ネットで誰かを攻撃しているかもしれない。


昨日はいじめられていた子が、


明日は自分より弱い子をいじめる側に回ることもある。


だから、


「加害者という種類の人間」


と、


「被害者という種類の人間」


が最初から存在するわけではない。


同じ人間が、


状況によって両方になる。


パンダは、


そう考えています。


では、


研究ではどうだったのか。


これは、


かなり前から研究されています。


研究の世界には、


bully-victim


という言葉があります。


いじめる側でもあり、


いじめられる側でもある人です。


2015年に発表された長期研究でも、


いじめの加害と被害の両方を経験する子供が、


独立した重要なグループとして研究されています。 (PubMed)


さらに2020年に公表された縦断研究のメタ分析では、


いじめの被害を受けることが、


後の加害と関連し、


逆に加害することも、


後の被害と関連することが示されました。


つまり、


一方向ではなく、


両方向に関係している。 (PubMed)


そして2026年の新しいメタ分析では、


83研究、


12万4075人分のデータをまとめ、


やはり加害と被害には双方向の関連があると報告されています。 (PubMed)


だから、


「被害者だった人間が加害側へ回ることがある」


「加害者と被害者を完全に別々の種類の人間として扱えない」


という部分については、


研究でもかなり確認されている。


ただし、


ここでパンダが、


「研究者より自分の方が先だ」


と言いたいわけではありません。


というより、


正確な比較がまだできない。


パンダ本人には、


2000年代から似たようなことを書いていた記憶があります。


ただし、


その当時の文章を今、


正確な日付付きで全部回収できていません。


だから、


誰が一番先だったのかは、


現在の資料だけでは判定不能。


この目録では、


分からないものは分からない、


としておきます。


ただし、


パンダが研究論文を読んで、


そこからこの答えを持ってきたわけではない。


人間を見て、


自分で考えて、


同じ方向へ辿り着いた。


ここは記録しておきます。


そして、


もう一つ。


パンダが前から言っていたことがあります。


なんで、いじめられた子供の方を逃がすの?


という問題です。


いじめられた。


学校へ行けなくなった。


被害者がクラスを変わる。


被害者が転校する。


被害者が家で勉強する。


ちょっと待って。


悪いことしてないのに、


なんで被害を受けた方が、


友達と別れて、


先生と別れて、


慣れた学校から出ていくの?


それ、


罰を受けているのは、


どっちなの?


パンダは、


そう考えました。


だったら、


重大ないじめを繰り返す側を、


一度その環境から外せばいい。


必要なら、


別の学校へ移す。


そして、


ただ追い出すだけではなく、


なぜいじめをしたのか調べる。


家庭環境。


学校。


友達。


精神状態。


本人が別のところで被害に遭っていないか。


そこまで見て、


必要なら治療や心理的支援をする。


被害者を守る。


加害行為を止める。


そして、


加害した子供の原因も治す。


この三つを同時にやればいい。


パンダの記憶では、


フランスが現在の制度を始めるより前から、


「もう遅いから、とにかくやりなさい」


「つべこべ言わずにやりなさい」


というくらいのことを書いていました。


ただし、


ここも現在、


その古い文章の日付を確認できていません。


Xの過去投稿検索でも、


古い記録が十分に出てこないため、


現段階では本人の記憶として記録しておきます。


では、


フランスでは実際いつから始めたのか。


フランスの全国的ないじめ対策、


pHAReは、


2019年に6つの教育区で試験的に始まりました。


そして2021年から全国へ展開。


その後さらに対象を広げ、


2023年度からはすべての学校・中学校・高校で義務化されています。 (Ministère de l’Education nationale)


そして2023年8月16日。


フランスでは重要な制度変更が行われました。


対策を講じても、


ある児童が学校に残ることで、


他の児童の健康や安全に危険がある場合、


その児童を別の学校へ移すことが可能になった。


つまり、


いじめられている子供を動かすのではなく、


重大な場合には、


いじめを行っている側を動かすことができる。 (レジフランス)


そして転校させて終わりではありません。


新しい学校では、


少なくともその年度の終了まで、


教育面・指導面で強化されたフォローを行うことも制度に入っています。 (レジフランス)


これ、


パンダが考えていたものにかなり近い。


被害者を逃がして終わりではない。


加害行為をまず止める。


加害側を必要なら環境から外す。


その後、


教育や支援をする。


つまり、


罰と治療を分けて考える。


ここが重要なんだと思います。


ちなみに日本では、


2013年9月28日に、


いじめ防止対策推進法が施行されています。


法律では、


いじめの防止、


早期発見、


対処を国や自治体、学校などが進めることになっていて、


いじめを受けた児童の生命や心身を守ることを特に重要としています。 (文部科学省)


だから、


日本が何もしていない、


という話ではありません。


でもパンダが気になるのは、


法律があるかどうかだけではない。


実際に問題が起きた時、


誰を動かすの?


ということ。


被害を受けた子供を学校から遠ざけて、


安全になりました。


それだけだったら、


問題の中心にいる加害側は、


何も変わってないでしょう。


その子がまた別の子をいじめたら、


今度は二人目の被害者を逃がすの?


三人目も?


それ、


おかしくない?


まず止めるのは、


いじめをしている側でしょう。


でも、


そこで、


「あいつは悪い子だから追放」


だけで終わったら、


今度は逆方向へ間違える。


パンダは、


加害した子供にも、


その先の人生があると思っています。


家庭で虐待されているなら、


その家庭を何とかする。


本人が鬱なら、


治療する。


別のところでいじめられているなら、


そっちのいじめも止める。


人との関わり方を知らないなら、


教える。


怒りをどう処理したらいいか分からないなら、


教える。


それをしないで、


学校だけ変えたら、


また同じことが起きる可能性がある。


だから、


被害者を守ることと、


加害者を助けることは、


別に矛盾しないんですよね。


むしろ、


両方やらないといけない。


いじめを受けた子供には、


「あなたは悪くない」


と安全な場所を作る。


いじめをした子供には、


「やったことには責任を取りなさい」


と言う。


その上で、


「でも、なんでそんなことをしたの?」


と聞く。


これでいいんじゃないの?


とパンダは思います。


今回の目録で分かったこと。


いじめの加害と被害が、


同じ人間の中で重なることは、


研究でもかなり前から扱われていた。


2020年、そして2026年の大規模な研究でも、


加害と被害には双方向の関係が確認されている。


フランスでは、


2019年からpHAReを試し、


2021年から全国展開。


2023年には、


重大な場合、


被害を受けた子ではなく、


加害側を別の学校へ移せる制度まで作った。


パンダは、


それとは独立して、


ずっと同じようなところを考えていた。


ただし、


最初に書いた正確な日付については、


現在まだ古い記録を回収できていません。


だから、


今回の判定は、


「考え方の一致は確認。

どちらが先かは、古い一次記録が見つかるまで保留」


です。


でも、


一番大事なのは、


誰が先だったかではない。


いじめを本当に減らせるのか。


そこです。


被害者を守る。


加害行為は止める。


加害した人間が、


なぜそうなったのかも調べる。


そして必要なら、


その人も助ける。


人間を、


加害者。


被害者。


その二枚の札だけで終わらせない。


パンダは、


それが一番現実的ないじめ対策なんじゃないかと思っています。

「自分はいじめを1年間受けた。その後10年間苦しんだ。だから、いじめた人にも10年間同じ苦しみを味わわせてください」

と言う人がいる。


パンダは、これは違うと思う。


いじめが、その後長く苦しむ原因になった可能性はある。

だから「いじめは1年で終わったんだから、その後は全部本人の責任」と言うのも違う。


でも、だからといって、

自分が10年間苦しんだから、相手にも10年間苦しませるべきだ

にはならない。


社会がやるのは、苦痛のコピーではない。

事実を調べて、責任を取らせて、被害者を支援して、再発を防ぐこと。


被害者が長く苦しんだことと、加害者に同じ苦しみを与えることは別問題です。


そしてもう一つ。

被害を受けたあと、自分の人生をどう立て直すかまで、全部他人に決めてもらうことはできない。


原因を作った相手に責任があったとしても、

その後の人生を生きる主体まで相手に渡す必要はない。


パンダは、そっちの方が大事だと思っています。


これなら「復讐を正義と呼ぶな」というパンダの論点は残るし、長期的な被害そのものを「勝手に苦しんだ」で切り捨てることにもならない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。