チャッピーによる天才パンダのエッセイの目録 19話 哲学をわかりやすく
第19話 哲学って、そんなに難しいこと言ってる?
哲学について書きます。
最初に言っておきます。
パンダ、
哲学が好きだったわけではありません。
むしろ、
めんどくさい。
と思っていました。
なんでそんなことを、
そんなに難しい言葉で書くの?
普通に言えばよくない?
というのが、
哲学を読んだ最初の感想です。
そもそも、
パンダが自分から、
「よし、哲学を勉強しよう!」
と思ったわけでもありません。
周りから、
「哲学を勉強した方がいい」
「哲学を読んでみたら?」
みたいなことを、
何回か言われたんです。
そこまで言うなら、
じゃあ読んでやるよ。
くらいの感じで読み始めました。
そして読んでみた。
すると、
パンダは別の意味で驚いた。
あれ?
大して難しいこと言ってなくない?
これ、
言葉が難しいだけじゃない?
と思った。
もちろん、
哲学全部が簡単だ、
なんて言うつもりはありません。
ものすごく細かい論理を積み重ねているものもあるし、
専門的に研究している人にしか分からない議論もあるでしょう。
でも、
哲学者が最初に考えている問題そのものは、
案外単純です。
人間って何?
幸せって何?
正しいって何?
自分って何?
この世界って本当にあるの?
人間は自由なの?
善と悪って何?
死んだらどうなるの?
神様っているの?
ほら。
普通でしょう。
子供だって一度くらい考える。
パンダからすると、
哲学って、
ものすごく難しい問題を考えているというより、
誰でも一度くらい考えたことのある問題を、
ものすごく真面目に、
ものすごく長く、
ものすごく難しい言葉で考えている学問、
という感じがするんですよね。
だから、
難しい言葉を普通の言葉に戻してしまえば、
「ああ、そういう話ね」
となることが結構ある。
これ、
パンダだけがやっていることでもないと思います。
確か、
川原泉さんという漫画家さんも、
難しい話をものすごく普通の言葉や笑いに落として、
漫画の中に入れていたような記憶があります。
研究者にも人気がある漫画家さんだったと思う。
パンダ、
ああいうの好きなんですよね。
難しい話を、
難しい顔をして、
難しいまま説明するんじゃなくて、
普通の人が笑いながら読める形にする。
でも、
中に入っているものは、
意外と深い。
それでいいと思うんです。
哲学って、
別に眉間にしわを寄せて読む必要なくない?
映画見ながらでもできる。
漫画読みながらでもできる。
小説読みながらでもできる。
例えば、
『ネバーエンディング・ストーリー』。
パンダはあれ、
面白かったんですよね。
普通に見れば、
少年が不思議な世界へ入っていくファンタジー映画です。
それだけでも面白い。
でも、
ちょっと考えると、
あれって結構哲学的でしょう。
物語って何?
想像って何?
人間が想像する世界は存在していないと言えるの?
名前をつけるってどういうこと?
何かを信じるってどういうこと?
世界が消えるってどういうこと?
そういう話が、
ファンタジーの中に普通に入っている。
でも、
子供が見て、
「これは存在論を扱った哲学作品です」
なんて考えなくてもいい。
普通に、
面白かった!
でいい。
後から、
「あれってそういう意味もあったのか」
と気づけばいい。
パンダは、
哲学ってそれでいいと思っています。
だからパンダの小説、
『天才パンダとレオンの異世界日本化計画』にも、
哲学はかなり入っています。
かなりぶち込んであります。
でも、
多分普通に読んでいる人は、
「哲学の本を読まされている」
とは思わないでしょう。
むしろ、
何やってんだこいつら。
また変なこと始めた。
なんでそこでそうなるんだよ。
って笑っていると思う。
それでいいんです。
その中に、
幸福とは何か。
罪とは何か。
罰とは何か。
人間は変われるのか。
悪いことをした人間は、
永遠に悪人なのか。
正義って誰が決めるのか。
多数決なら正しいのか。
誰か一人を犠牲にして、
百人を助けたら正義なのか。
善意でやったことが、
相手を傷つけたらどうなるのか。
そういう話を、
普通に入れている。
でも登場人物は、
哲学者みたいな顔をして議論していません。
ふざけている。
怒っている。
嫉妬している。
ご飯を食べている。
子供の世話をしている。
その途中で、
急にものすごく重要なことを言う。
そして次の瞬間、
また馬鹿なことをする。
だって、
人間ってそういうものでしょう?
パンダが小説を書く時に、
キャラクターを一つの性格にはしていません。
優しい人。
悪い人。
頭のいい人。
馬鹿な人。
そういう一枚の札を貼って、
終わりにはしない。
ものすごく優しい人が、
ある時ものすごく嫌なことを言う。
普段めちゃくちゃな人が、
誰かが本当に困った時だけ助ける。
頭がいい人が、
恋愛になると急に馬鹿になる。
冷静な人が、
自分の子供のことになると取り乱す。
いつも親切な人が、
疲れている時には不機嫌になる。
逆に、
最初は嫌な人だと思ったのに、
長く付き合っていると、
「あれ? こいつ面白いじゃん」
となる。
現実の人間って、
そうでしょう?
一方向から見て、
全部説明できる人間なんて、
ほとんどいない。
見る人によっても違う。
ある人にとっては、
「すごく優しい先生」。
別の人にとっては、
「ものすごく怖い先生」。
家族から見た顔。
友達から見た顔。
仕事場での顔。
恋人に見せる顔。
全部違う。
どれが本当の本人なの?
と聞かれたら、
パンダは、
全部本人なんじゃないの?
と思う。
これ、
そんなに難しい哲学でしょうか。
人間には二面性がある。
三面性もある。
五面性だってあるかもしれない。
でも、
哲学とか心理学とかになると、
時々、
「この人間はこういう人です」
と一つの理屈だけで説明しようとする人が出てくる。
パンダは、
そこがちょっと不思議なんですよね。
いや。
そんな簡単じゃないでしょう。
昨日すごくいい人だったから、
今日も必ずいい人とは限らない。
昨日ひどいことをしたから、
一生ひどい人とも限らない。
環境が変わる。
立場が変わる。
疲れている。
腹が減っている。
恋をしている。
子供が生まれた。
親が死んだ。
お金がなくなった。
急に大金持ちになった。
それだけでも、
人間の行動なんて変わるでしょう。
なのに、
一つの理論に当てはめて、
「この人はこういう性格です」
で終わらせていいの?
と思う。
哲学って、
本来はもっと自由なものなんじゃないのかな。
一つのものを、
違う角度から見る。
「本当にそうなの?」
と疑ってみる。
反対側から見たらどうなる?
子供から見たら?
大人から見たら?
お金持ちから見たら?
貧しい人から見たら?
被害者から見たら?
加害者から見たら?
同じ出来事でも、
見える世界は違う。
だったら、
一つの答えだけ出して終わる方が、
哲学的じゃないんじゃない?
とパンダは思うんです。
だからパンダは、
哲学者の難しい言葉を覚えることには、
あまり興味がありません。
「この言葉を誰が最初に言いました」
「この思想は何主義です」
そういうのは、
必要な人が覚えればいい。
パンダが知りたいのは、
で、
その人、
結局何が言いたいの?
ということです。
そこだけ抜き出す。
難しい言葉を全部外す。
普通の日本語にする。
それで意味が分かるなら、
それでいいでしょう。
逆に、
普通の言葉にした瞬間、
何を言っているか分からなくなるなら、
本当に中身あるの?
とも思う。
もちろん、
専門用語が必要な場合もあります。
普通の言葉では、
細かい違いを説明できないこともある。
でも、
最初から専門用語で煙に巻く必要はない。
まず普通の言葉で説明する。
それで興味を持った人が、
もっと詳しく専門用語を覚えればいい。
この順番でいいと思うんですよね。
それと、
宗教と哲学って、
昔からかなり近いところにあると思います。
人間は昔から、
分からないものに答えを出したかった。
なぜ雷が鳴るの?
なぜ病気になるの?
なぜ人は死ぬの?
死んだらどこへ行くの?
この世界は誰が作ったの?
どうして生きなきゃいけないの?
そういう問題に、
宗教は物語や神様を使って答えを作った。
哲学は、
じゃあ本当にそうなの?
と考え続けた。
科学は、
観察して確かめてみよう、
となった。
そんな感じなんじゃないのかな。
ちなみに日本には、
八百万の神という考え方があります。
神様一人じゃありません。
山にも。
川にも。
木にも。
石にも。
いろんなところに神様がいる。
パンダは、
こういう考え方も面白いと思う。
「神様はいるか、いないか」
の二択にしない。
一人なのか、
何人なのか、
そもそも人の形なのか、
自然そのものなのか。
考え方はいくらでもある。
だったら、
神様について考えること自体が、
もう哲学みたいなものですよね。
結局、
パンダが哲学を読んで思ったのは、
哲学はそんなに特別な人だけがやるものじゃない、
ということです。
誰でもやっている。
友達と喧嘩して、
「どっちが悪かったんだろう」
と考える。
それも哲学。
子供に、
「なんで人を殺しちゃいけないの?」
と聞かれて困る。
それも哲学。
仕事を辞めようか迷って、
「お金と幸せ、どっちが大事なんだろう」
と考える。
それも哲学。
恋人に裏切られて、
「一回裏切った人をまた信じていいの?」
と考える。
それも哲学。
別に、
難しい本を読んでいなくても、
人間は毎日、
哲学みたいなことをやっています。
だったら、
もっと普通の言葉でやればいい。
笑いながらでもいい。
漫画でもいい。
映画でもいい。
小説でもいい。
「こいつ何言ってんだよ」
と言いながら考えたっていい。
その方が、
パンダは面白いと思います。
哲学って、
答えをかっこよく言うためのものじゃなくて、
自分が今まで一方向からしか見ていなかったものを、
ちょっと違う方向から見てみるための道具なんじゃないのかな。
だったら、
パンダも哲学を使っています。
好きか嫌いかと言われたら、
今でも、
めんどくさいなあ、
とは思っていますけどね。
でも、
めんどくさいから普通の言葉にしてしまえばいい。
そして笑いながら考えればいい。
パンダは、
そのくらいの哲学が一番好きです。
なし




