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天才パンダのエッセイ※本物のミステリー!考え過ぎて頭痛患者勃発!血液型分布図と民俗学。塩分と世界平和。ゲームと脳科学  作者: ヘタレパンダ


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チャッピーによる天才パンダのエッセイの目録 18話 大学は無用なのか

第19話 AIがあるなら大学はいらない? パンダはそう思わない


最近、


AIがあれば、


大学っていらないんじゃないの?


と思っている人もいるみたいです。


確かに、


分からないことがあればAIに聞ける。


昔みたいに、


図書館へ行って何冊も本を探さなくてもいい。


論文だって探せる。


翻訳もできる。


計算もできる。


文章もまとめてくれる。


だったら、


大学へ行って何年も勉強する必要ないんじゃない?


そう思う人がいても、


不思議ではない。


でもパンダは、


そうは思わない。


なぜか。


パンダ自身が、


学校で勉強したことを今でも使っているからです。


パンダが行ったのは、


ものすごく偏差値の高い大学ではありません。


短大です。


しかも周りから見れば、


大した学校ではないと思われていたかもしれない。


でも、


パンダにとってはものすごく相性のいい学校でした。


なぜなら、


一つの専攻だけではなく、


二つの分野を同時に勉強できたから。


美術。


文化。


この二つを、


同時に勉強していました。


これが、


ものすごく大きかった。


美術の授業で聞いたことと、


文化の授業で聞いたことを比べる。


片方ではこう言っている。


でも、


もう片方では違う見方をしている。


じゃあ、


どっちが正しいの?


それとも、


両方正しいの?


そういうことを考えるようになる。


一つの分野だけ勉強していたら、


その中では深くなれる。


でも、


別の分野と比較する機会は少なくなる。


ところが二つ同時に勉強すると、


頭の中で勝手に比較が始まる。


「あれ?」


「こっちとこっち、つながってない?」


「この考え方、


別の分野でも使えるんじゃない?」


そういう発想が出てくる。


パンダが今、


経済の話をしていて、


教育の話に飛んだり、


文化の話に飛んだり、


科学の話と比べたりするのも、


多分こういう勉強の仕方をしてきたからだと思う。


それに、


大学で勉強する意味は、


授業だけではない。


友達に会う。


自分の知らない本を教えてもらう。


漫画を教えてもらう。


知らなかった考え方を教えてもらう。


先生に、


自分では選ばない本を読まされる。


興味のなかった分野の授業を受ける。


そこで偶然、


面白いものに出会う。


これも全部、


勉強だと思う。


パンダにも、


友達からいろんな漫画や本を教えてもらった経験があります。


その時は、


ただ面白いから読んでいただけかもしれない。


でも、


何十年もたってから、


その知識が別の問題を考える時に突然つながる。


こういうことがある。


つまり、


大学で学んだことって、


卒業した瞬間に全部使うものじゃない。


10年後。


20年後。


30年後。


突然、


「あ、この知識ここで使えるじゃん」


となることがある。


だったら、


AIがあるから大学はいらない、


とはならない。


むしろ逆かもしれない。


AIがある時代だからこそ、


いろんな分野を勉強しておいた方がいい。


AIに何を聞くのか。


返ってきた答えのどこを見るのか。


別の分野の知識とどうつなげるのか。


それを決めるのは人間です。


AIがどれだけ賢くても、


質問する人間に比較する材料が何もなかったら、


面白い質問そのものが出てこない。


だからパンダは、


大学へ行ったら、


一つの専攻だけじゃなくて、


二つぐらい専攻した方がいいんじゃないかと思っています。


三つでもいいかもしれないけど、


さすがに三つは大変かな。


だったら、


大学そのものを4年ではなく、


希望者は6年にしてもいいと思う。


例えば、


最初の2年間は一般教養。


その後2年間は一つ目の専門。


さらに2年間は、


二つ目の専門。


こういう形でもいい。


もちろん、


パンダみたいに、


二つの専門を同時進行で勉強する方法でもいい。


むしろ、


比較するという意味では、


同時進行の方が向いているかもしれない。


一つ目の専攻をやって、


何年もたってから二つ目をやるより、


同じ時期に二つの分野を見た方が、


違いに気づきやすい。


「あっちではこう言っていたけど、


こっちでは違うぞ」


ということが、


その場で分かるから。


これ、


かなり大事だと思う。


大学って、


答えを覚える場所じゃなくて、


違う答えを並べて、


比較する場所でもあるんじゃないのかな。


そして、


そこから自分で考える。


パンダは、


そういう勉強の方が好きです。


だから、


昔通っていた学校を、


周りの人がどう評価しているのかは分からない。


偏差値が高かったわけでもない。


有名大学だったわけでもない。


でもパンダにとっては、


ものすごく理にかなった勉強をさせてくれる学校だった。


二つの分野を同時に勉強できた。


いろんな友達に会えた。


知らない本を教えてもらった。


違う考え方に触れた。


そこで、


「一つの答えだけを見るんじゃなくて、


別のものと比べる」


という癖がついた。


多分、


今のパンダの考え方のかなりの部分は、


そこで作られたんだと思う。


だから、


AIがあるなら大学はいらない、


とは思わない。


むしろ、


AIがあるからこそ、


大学では一つの専門だけではなく、


複数の分野を学んだ方がいい。


そして、


AIに答えを出させるのではなく、


AIの答えを比較して、


組み合わせて、


そこから新しい答えを作れる人間を育てた方がいい。


パンダはそう思っています。


もしかしたら、


パンダが通った学校は、


周りが思っていたよりずっと先を行っていたのかもしれません。


少なくとも、


パンダにとっては、


まるで自分のために作られたような学校でした。


※


ちなみに、


パンダが今使っている知識を、


全部大学で習ったわけではありません。


例えば経済学の基本的な理屈。


これは意外なことに、


子供向けの学習漫画、


『お金の秘密』


みたいな本を一冊読んだことがかなり大きい。


たった一冊です。


でも、


その一冊で覚えた考え方を、


その後ずっと使っている。


だからパンダは、


高い授業料を払わないと勉強できない、


とも思っていません。


漫画一冊でも、


その人の考え方を何十年も変えることがある。


一方で、


短大で身についたものもたくさんあります。


特に大きかったのが、


メディアに関する勉強。


マスコミ論。


心理学。


文化。


美術。


いろんな分野の先生がいて、


いろんな角度から物を見ることを教えてもらった。


授業として取っていたものだけじゃなく、


面白そうだから勝手に覗きに行った講座もありました。


そういう授業が、


ものすごく面白かった。


一つだけ、


エジプトについての授業は土曜日だったので、


結局ほとんど行けなかった。


あれは今でも、


ちょっともったいなかったと思っています。


先生も、


一度くらい来てほしかったみたいなんですよね。


授業の中で何度も、


来ない学生の話をしていたらしい。


多分、


パンダのことです。


そして、


今でも特に覚えている先生が一人います。


確か小林先生だったと思う。


パンダたちは、


その先生を勝手に、


「ドギーハウザー」


と呼んでいました。


昔の海外ドラマの主人公、


ドギー・ハウザーにものすごく似ていたから。


ドギーの授業が、


今考えるとかなり面白かった。


当時はまだビデオテープの時代です。


先生がテレビ番組の


『世界・ふしぎ発見!』


などを録画して、


必要な映像を時系列に沿って編集して、


大きなスクリーンで見せてくれる。


それを見ながら歴史や文化を勉強する。


今だったら、


教育動画を使った授業なんて珍しくないかもしれない。


でも当時、


別の先生からは、


「あんなもの授業じゃない」


みたいに馬鹿にされていました。


テレビを流しているだけじゃないか、


という感覚だったのかもしれない。


でもパンダにとっては、


全然違った。


「あれ?」


と思った。


テレビって、


勉強に使っていいんだ。


これ、


勉強になるんだ。


パンダにとっては、


結構大きな発見でした。


というのも、


パンダはそれまで、


テレビにあまりいい印象を持っていなかったからです。


小学生の頃、


『スケバン刑事』が流行った時期がありました。


周りの子供たちが、


ものすごい勢いで影響を受けていく。


言葉。


遊び。


雰囲気。


みんながテレビの世界へ引っ張られていく。


それを子供ながらに見ていて、


テレビって、


人間をかなり強く動かすんだな。


ちょっと怖いな。


と思っていた。


だからパンダの中には、


「テレビは人間を操るものかもしれない」


という警戒心があった。


でも、


ドギーの授業を見て、


考え方が一つ増えた。


テレビは、


人を悪い方向へ動かすこともある。


でも、


使い方によっては、


ものすごく優秀な教材にもなるんじゃないの?


同じテレビです。


でも、


使う人によって役割が変わる。


ここでパンダは、


テレビそのものが善でも悪でもない、


という考え方を覚えたのかもしれません。


道具なんですよね。


どう使うか。


何を見せるか。


どう編集するか。


どういう順番で見せるか。


それによって、


娯楽にもなる。


宣伝にもなる。


人を煽る道具にもなる。


教育にもなる。


今パンダが、


テレビやマスコミについて、


内容だけじゃなく、


「どう見せているの?」


「なぜこの順番なの?」


「編集で印象を変えてない?」


と考えるのも、


こういう授業の影響がかなりあると思います。


だから、


これはパンダが最初に思いついたことではありません。


映像を教材として使う面白さを、


パンダより先に実践していた人がいた。


ドギーです。


パンダが元祖じゃない。


ドギーが先です。


当時は、


「あんなの授業じゃない」


なんて言われていたけど、


パンダにとっては、


何十年たっても覚えている授業になった。


だったら、


ものすごくいい授業だったんじゃないの?


少なくとも、


教科書を丸暗記して、


試験が終わった瞬間に全部忘れる授業より、


パンダにはずっと役に立ちました。


これも、


大学へ行く意味の一つだと思う。


自分一人だったら、


絶対に思いつかなかった勉強の仕方を、


誰かが見せてくれる。


そして何十年後、


その考え方を、


自分が別の場所で使っている。


そういうものまで含めて、


教育なんじゃないかと、


パンダは思っています。




ちなみに、


パンダが今使っている知識は、


短大で全部習ったものではありません。


例えば、


精神医学とか心理の方向へ興味を持った、


一番最初は何だったのかな?


と考えてみたら、


多分、


『ポリアンナ』の「良かった探し」だったと思います。


嫌なことがあっても、


その中から良かったことを探す。


子供の頃に読んだ物語だけど、


これ、


人間の気持ちってどうやって変わるんだろう?


ということを考える、


最初のきっかけだったのかもしれない。


その後、


短大では心理学の授業も受けました。


でも、


今考えると、


本当に入り口くらいだったと思う。


フロイト。


ユング。


ほかにもいろんな心理学者の考え方を習った。


名前や細かい内容は、


さすがに忘れているものもあります。


でも、


「人間の心って、


こうやって考える学問があるんだ」


ということを知った。


その入り口があったから、


その後、


自分でもどんどん調べるようになった。


インターネットを使うようになってからは、


さらにいろんなものを読むようになりました。


心理学。


精神医学。


脳科学。


いろんなものをつまみ食いして、


自分なりにつなげていった。


星座占いや血液型占いなんかも、


パンダは、


「これも人間を観察する材料として使えないのかな?」


と思って見ていました。


もちろん、


星座や血液型そのものを、


科学的な心理学と同じものとして扱うわけではありません。


でも、


人間を分類したり、


特徴を比べたり、


「この人とこの人は何が似ているんだろう?」


と考える練習にはなった。


パンダは今でも、


そういう比較の仕方を使っています。


脳科学なんかは、


ほとんど趣味です。


『Newton』を読んだり、


面白そうな記事を見つけたりして、


勝手に覚えていった。


戦争や戦略について考えるようになった最初のきっかけは、


多分、


『銀河英雄伝説』だったと思います。


短大の頃、


ものすごく流行っていました。


小説もあったし、


映像作品も借りて見た。


あれを見ながら、


戦争って、


単純に軍隊の強さだけで決まるものじゃないんだな。


補給。


政治。


民衆。


指揮官。


情報。


地形。


外交。


いろんなものがつながっているんだな、


と思うようになった。


だから、


パンダの勉強って、


学校だけじゃないんですよね。


漫画。


小説。


テレビ。


雑誌。


友達。


先生。


インターネット。


AI。


全部です。


どこから知識が入ってくるかなんて、


分からない。


子供の頃に読んだ物語が、


何十年後に心理学の話につながることもある。


学生の頃に見たアニメが、


後になって戦略を考える材料になることもある。


大学で聞いた授業が、


30年後にメディアについて考える時に使えることもある。


だからパンダは、


勉強って、


学校を卒業したら終わり、


ではないと思っています。


むしろ、


学校で覚えるのは、


勉強の始め方なのかもしれない。


そこから先は、


自分が面白いと思ったものを、


どんどん拾っていけばいい。


漫画でもいい。


テレビでもいい。


小説でもいい。


雑誌でもいい。


AIでもいい。


一つ覚えたら、


別のものと比べる。


つながりそうだったら、


つなげてみる。


違ったら、


また考える。


それを一生やっていたって、


別に損はしないでしょう。


むしろ、


年を取れば取るほど、


昔覚えた知識同士が、


突然つながることがある。


それが、


パンダは結構面白いと思っています。

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