うつ病NHKスペシャル・エッセイ 資料集付き
テーマ
現在かなり分かっていること
まだ言い切れないこと
セロトニンとシナプス
「セロトニン不足だけ」でうつ病を説明するのは難しい。抗うつ治療では神経可塑性やシナプス再構築が重要な研究対象になっている。ケタミン、ECT、非侵襲的脳刺激など異なる治療でも、可塑性の増強が共通経路になる可能性がある。
「うつ病の正体=シナプス減少」と一本化するのはまだ早い。どの治療が、どの患者で、どのシナプスをどう修復するかは未解明部分が多い。
tDCS
2024年発表のRCTでは174人を実刺激87人・偽刺激87人に分け、2mA・30分を10週間実施。実刺激群の方が抑うつ症状が有意に改善した。家庭使用だったが研究者による遠隔管理付き。
「誰にでも効く」「家庭で自由に使ってよい」とは言えない。
rTMS
日本では、薬物療法に反応しないうつ病の急性期治療として2019年6月から保険収載。番組で「2015年」と聞こえたなら、その部分は要確認。
全うつ病患者への万能治療ではなく、適応条件がある。
心理ストレス→炎症
岩田正明博士らの2016年の動物研究では、心理ストレスによって細胞外ATPが増え、P2X7受容体・NLRP3インフラマソームという炎症経路が作動することを示した。
「人間のうつ病はすべてこの経路で発症する」と証明されたわけではない。特にミクログリア研究は動物研究の比重がまだ大きい。
炎症型うつ病
Andrew Miller博士は、CRPなどの研究からおよそ25%前後のうつ病患者に慢性低度炎症が認められるとして「炎症型」の存在を提唱している。
「うつ病患者の4人に1人は炎症が原因」と断定するのは強すぎる。あくまで炎症が重要な役割を持つサブグループという考え方。
食事・SMILES試験
2017年、67人を食事指導33人と社会的支援34人に分けた12週間RCT。食事群の改善が大きく、寛解は食事群32.3%、社会的支援群8.0%。ただし55人は薬や心理療法など既存治療をすでに受けていた。
パンダが言った通り、「食事+社会的支援」群はない。両方合わせればもっと効くかは、この試験からは分からない。また症状改善と測定したバイオマーカー変化には有意な相関が出なかった。
超加工食品
2024年の前向き研究メタ解析では、高摂取群で抑うつアウトカムが多く、低摂取群との比較でHR 1.32。
主として観察研究なので「超加工食品が直接うつ病を起こす」と因果関係まで確定したわけではない。
6つのbiotype
2024年Nature Medicine研究。801人のうつ病および関連する不安症患者のfMRIから6つのbiotypeを抽出。調べた6回路は、デフォルトモード、サリエンス、注意、ネガティブ感情、ポジティブ感情、認知制御。
厳密には「うつ病だけを6種類に分類した」研究ではない。また、これで6種類それぞれに確立治療が完成したわけでもない。
6分類と治療反応
一つのbiotypeではベンラファキシンに反応した人が64%、寛解40%。別タイプでは行動療法への反応42%、寛解25%など、タイプによる治療反応差が出た。
ここは重要。治療反応解析は人数がまだ少なく、90%の比較で各群10人未満だったため、論文自身が慎重な解釈を求めている。つまり「6分類に合う治療をすれば6~7割治る」は、今ならパンダの仮説として書くのが正確。
複数タイプが混ざる?
現在の解析では一人を一つのクラスターに割り当てる。ただし各biotypeそのものが、複数の脳回路異常の組み合わせになっている。実際、論文にも複数回路の異常を組み合わせたタイプがある。
「一人が6分類のうち2タイプに同時所属する」とはまだ示されていない。ただ、連続値や混合度で見る方がよいのでは、というパンダの疑問は次の研究課題として自然。
認知機能タイプ
2023年研究では、MDD患者のおよそ27%に認知制御の低下したbiotypeが認められ、通常の抗うつ薬で寛解率が低かった。
「認知タイプなら必ずTMS」とまではまだ言えない。
認知タイプ+TMS
2024年の43人の退役軍人研究では、認知biotype群でTMS後に認知制御回路と認知成績が改善した。
抑うつ症状そのものの反応率ではbiotype間に有意差はなく、全体の反応率25%、寛解12.5%だった。ここは番組の一症例とは分けて考える必要がある。
認知タイプ+新しい薬物選択
2025年、認知biotype17人にグアンファシンを6~8週間投与した小規模研究では76.5%が治療反応、64.7%が寛解。脳回路・認知機能も改善した。
17人、対照群なし。非常に面白いが、まだ確認試験が必要。
BHB・鳥取大学
BHB(D-β-ヒドロキシ酪酸)は体内にも存在するケトン体。2020年のマウス研究では、前頭前野への投与で炎症指標と抑うつ様行動が改善した。 現在、鳥取大学の岩田博士を統括責任者として、うつ病患者に標準治療とBHBを併用する第1~2相の二重盲検無作為化試験が行われ、2026年8月時点で募集終了。
人間で抗うつ効果が確立した薬ではまだない。まさに検証中。
ヘルストロン
家庭用電位治療器は、人体を電界に置くタイプの機器。PMDAが認める使用目的は頭痛、肩こり、不眠症、慢性便秘の緩和。
tDCSとは方式が別。うつ病、がん、不妊などへの効能は承認されていない。2013年のパンダの記事は「当時の仮説」として扱うのがいい。
ECT
現代の修正型ECTは、全身麻酔と筋弛緩薬を使い、短時間頭部に電気刺激を与える治療。
tDCSやヘルストロンとはまったく別物。「弱い電流版ECT」という関係ではない。
番組で特に注意して書き換えたいところ
番組の一番大きな長所は、「うつ病を一つの原因で説明しない方向へ研究が進んでいる」ことを一般向けに見せたところだと思う。
一方で、「うつ病の正体はシナプス減少」「犯人は脳の炎症」「身体の炎症物質が脳のバリアを破って侵入する」という説明は、テレビとして分かりやすく単純化している。最新レビューでも、末梢の炎症と脳内炎症の関係はもっと複雑で、炎症が強いのは全患者ではなくサブグループだとされている。
そして今回、パンダがテレビを見ながら出した考えで、元研究と特に相性がいいものが三つある。
一つは「ネガティブ集め」。これは科学用語ではないけど、複数のリスク経路が最終的に同じ“うつ症状”へ収束するという説明にするとかなり使いやすい。
二つ目は「6分類は進歩してる。研究者頑張ってる」。これはそのままでいい。2024年論文自身も、従来の一括診断を細分化して精密医療につなげることを目的としている。
三つ目が、
「まず6分類に合った治療をやる。それでも治らない残りを調べればいい」
という考え。これはまだ研究結果ではなくパンダの仮説だけど、かなりきれいな研究計画になる。
ただしエッセイでは、
「6分類すれば6~7割治る」
ではなく、
「私は、6分類に合わせて治療を選べるようになれば、まず相当数が改善するのではないかと予想する。仮に6~7割まで改善できたなら、次に研究すべきは残った3~4割だ」
と書けば、事実と予想をちゃんと分けられる。
そして残った患者について、
混合型なのか。炎症型が重なっているのか。睡眠や代謝など別経路なのか。単独治療ではなく複数治療が必要なのか。
というところへ持っていける。
最後に2013年12月16日のパンダの「ヘルストロン原理的には正解!」を入れれば、「当時の予想→13年後に研究がどこまで進んだか」という目録形式にもできる。
この資料を土台にすれば、次のエッセイはかなり精度高く書けるよ。今度はNHKの文字起こしを大量に引用する必要もない。
※
うつ病は「ネガティブ集め」なのか? 六つの脳タイプから考えたこと
昨日、NHKでうつ病についての特集を見た。
正直、思っていたより面白かった。
今までのうつ病の説明というと、「心理的ストレスによって脳内のセロトニンが減少して……」という話を何度も聞いてきた。
でも今回の番組は、そこからかなり先へ進んでいた。
抗うつ薬を飲めば、セロトニンそのものは比較的早く増える。しかし患者の状態が良くなるまでには何週間もかかる。
だったら、
「セロトニンが足りないから、セロトニンを増やせば治る」
だけでは説明がつかない。
そこで現在注目されているのが、神経細胞同士をつなぐシナプスや神経ネットワークの変化らしい。
薬、心理療法、磁気刺激、電気刺激。
入り口は違っても、最終的には脳のネットワークや神経可塑性の変化が治療に関係している可能性がある。
ここまでは、
「へえ、ずいぶん研究進んだな」
と思いながら見ていた。
特に私が感心したのは、うつ病患者を脳活動によって複数のタイプに分類しようとしている研究だった。
2024年に『Nature Medicine』に発表された研究では、うつ病や関連する不安症の患者801人についてfMRIで脳回路を調べ、六つのbiotype、つまり生物学的タイプに分類している。
しかもタイプによって、症状だけではなく、薬や行動療法への反応にも違いが見られたという。
これは素直にすごいと思った。
研究者、頑張ってるじゃん。
今まで「うつ病」という巨大な一個の箱の中にみんな入れて、
「とりあえずこの薬を飲んでみましょう」
「効かなかったら次の薬にしましょう」
みたいなことをやっていたわけだ。
それを脳の状態から六つに分けて、
「この人はこの回路の働きがおかしい」
「このタイプにはこの治療の方が効きやすい」
と考えようとしている。
これはかなりの進歩だと思う。
ただし私は、そこでまた一個疑問を持った。
人間って、本当に一人につき一種類なの?
六種類あるなら、二種類に当てはまる人もいるんじゃないか。
認知機能に関係する回路も弱っていて、同時に感情に関係する回路にも問題がある。
さらに報酬系まで弱っている。
そんな人も普通にいるんじゃないだろうか。
実際、この研究の六分類そのものも、単一の脳部位だけを見るのではなく、複数の脳回路の活動パターンの組み合わせから作られている。
だから今はまず六つに分類した。
その次は、その六種類がどの程度「混ざる」のかを調べたらいいんじゃないかと思う。
ただ、私はこの六分類だけでも、治療はかなり進歩するんじゃないかと思っている。
これは私の予想だけれど、患者を脳活動によって分類して、それぞれに合った治療を選べるようになれば、まず相当数の人が改善するんじゃないだろうか。
仮にそれで六割、七割が改善したとする。
だったら次に研究するものは決まっている。
治らなかった残りの三割、四割である。
なぜこの人たちは治らなかったのか。
二つのタイプが重なっていたのか。
三つ重なっていたのか。
脳の分類とは別に、身体の炎症が強かったのか。
睡眠の問題なのか。
食生活なのか。
別の病気が重なっているのか。
あるいは一種類の治療ではなく、
「薬+磁気刺激」
「心理療法+運動」
「食事改善+社会的支援」
のように、複数の治療が必要だったのか。
六分類は完成形ではなく、
次に調べる人を見つけるための地図
なんじゃないかと思う。
そして今回の番組でもう一つ面白かったのが、炎症だった。
うつ病といえば心理的ストレスばかりが注目されるが、現在は身体の炎症が強く関係している患者がいると考えられている。
エモリー大学のAndrew Miller博士らは、大うつ病患者のおよそ25~30%には炎症が重要な役割を持つサブタイプが存在すると提唱している。
そこで私はテレビを見ながら、
「ネガティブ集めなんじゃないの?」
と思った。
心理的ストレス。
身体の炎症。
睡眠不足。
肥満。
病気。
食生活。
孤立。
慢性的な不安。
こういう一個一個の「ネガティブ」が、それぞれ別の経路から脳に負荷を与える。
一個くらいなら耐えられる。
二個でも大丈夫な人もいる。
でも三個、四個、五個と重なって、本人が耐えられる限界を超えると、神経ネットワークにも変化が生じ、うつ状態に入る。
もちろん、これは私が番組を見ながら考えた仮説である。
でもこの考え方なら、同じ「うつ病」と診断された人に同じ薬を出しても、効く人と効かない人がいることは不思議ではない。
そこまでの経路が違うからだ。
だから私は、
「なぜうつ病になるのか?」
だけを調べるより、
「この人は、どういう経路を通ってうつ病になったのか?」
を調べた方がいいと思う。
そして今回、もう一つ妙なことを思い出した。
私は2013年12月16日、アメーバブログに、
「ヘルストロン原理的には正解!」
という記事を書いていた。
13年前である。
ヘルストロンは、今回番組に出てきたtDCSとは別物だ。
tDCSは頭皮から非常に弱い直流電流を流して脳活動を調節する方法で、2024年に発表された無作為化試験では、174人を実刺激群と偽刺激群に分けた10週間の治療で、実刺激群の方がうつ症状の改善が大きかった。
だから、
「昔のヘルストロンが現在のtDCSだった」
という話ではない。
そこは全く違う。
でも昔の自分の記事を読み返して笑ってしまった。
私は2013年の記事で、
「何に効いたか統計を取ればいい」
と書いていた。
13年後。
私はNHKを見ながら、
「社会的支援のグループも改善してるじゃん」
「食事と社会的支援を両方やったグループはないの?」
「データ足りないな」
と言っていた。
全然変わっていない。
結局私は昔から、
「効いたと言うなら、ちゃんと比較して数字を取れ」
と言っているらしい。
そして今回の番組を見て、一番希望を感じたのは、
薬が効かなかったら終わりではない
ということだった。
薬が効かなかった人に、別の脳刺激が効くことがある。
心理療法が効く人もいる。
身体の炎症が重要な人もいるかもしれない。
食事や生活習慣を変えることが助けになる人もいる。
そして将来は、脳の状態を調べてから治療法を選ぶ時代になるかもしれない。
今までは、
「うつ病をどう治すか」
を研究していた。
これからは、
「あなたのうつ病をどう治すか」
を研究する時代になる。
六分類まで来たのなら、研究は確実に前に進んでいる。
研究者、頑張ってるじゃん。
だったら次は、その六種類で治らなかった人たちを調べればいい。
そこから七種類目が見つかるかもしれない。
二種類の混合型が見つかるかもしれない。
まったく別の経路が見つかるかもしれない。
私はその先の方が、もっと面白いと思っている。




