7.蜘蛛の博士に頼りたい…2
これでとりあえず次にやる事が決まった。
色々と教えてくれたフロレンに何かお礼をしたいが…
と、そういえば前会った時にエルを調べさせてと言われていたっけな。
「有難う博士。お蔭で先が見えたよ」
「それはよかった。けどほんとにこれだけで…」
フロレンが何か言おうとしていたが、俺はそれより先にエルを取り出し
彼女と俺の間に置かれた小さな机の上に置く。
『どうもこんにちは。フロレンツィーア博士。
わたくしの名前はエル。シュン様の忠実なるスマホです』
「えっ、ちょっ」
エルは相手が高い区間代表だから、キリッとした顔文字になっていた。
というかキリッという文字が書いてある…
そして当のフロレンは何故か驚いている様子。
何か不味い事してしまったか?
「この前何でも教えるけど代わりにこいつ調べさせてって
言われてたから出したんだけど…」
「いやまってよ。だって小生大したことなにもしてないからね?
それにアイディア貰ったばかりだし、
その上これも調べさせろなんてそこまで恥知らずじゃあないよ」
フロレンは口ではそういうもエルに注視しており、
その研究者としての興味がとてつもなく引かれている事は間違いなさそうだ。
エルに触れようと手を伸ばすが途中でそれを止め、引っ込める。
彼女は今、自らの好奇心と自制心の中で闘争している!
「しかしこれは…凄いね。
とんでもなく複雑で膨大な魔力を持っているのに、
こうやって注視しないとそれを感じ取る事すらできない…」
『最新機種ですので』
魔法とか魔力に関しては疎いを通り越して何も知らないが、
どうもエルはその点でもかなり凄い存在らしい。
「人間たちはみんなこの子…エル君みたいな、
高度な魔導装置を持っているのかい?」
「いや、俺もこっちに来る時に持たされただけだからよく知らない。
似たような物は日常的に使ってたけど、
それは喋らないし魔法も使ってないような道具だった」
普通のスマホに魔法が使われていたら流石に驚く。
当然だがエルはそれらとは別次元の存在だし、
その正体は俺も全く分からない。
「じゃあエル君が特別なんだね」
「少なくとも、俺の知っている中では」
俺とフロレンの二人にじぃーっと見つめられたからか、
エルの顔文字は少しだけ恥ずかしがっているものに変わっていた。
「エル君…君には、感情はあると思っていいのかい?」
『えっと…感情の定義が少し難しいのですが、
わたくしはわたくし自身に感情があると思っております』
「そうか…感情を持つ魔導装置…。ゼロから精神を作り上げたのか、
それとも既にあった精神を移したか複製したのか…」
フロレンはエルを見つめたまま深い思考に入る。
彼女はどうも考え事をすると自分の世界にのめり込んでしまうらしい。
そこがとても研究者らしくて、彼女が博士をやっている事は本当に天職だと思う。
「…あぁ。結局じっくりエル君について調べてしまったね。
これはちょっとシュン君にお返しをしないといけないかな」
「お返しなんて、そんなのいいよ。俺も色々教えて貰ったし…」
「くくく…君は少しいい子過ぎる。もう少し欲張りになってもバチは当たるまい」
フロレンは長い脚で本棚から器用にファイルらしきものを取り出す。
そこには「研究区間責任者名簿」という文字が書かれていた。
どうやら、研究室を持つ者やグループの代表格の名簿及び所在地が載っているようだ。
「ダニエル君に連絡を入れて、直接会えるようにしよう」
「! いいのか!?」
確かにダニエル教授という名前だけ知っても、
会うまではかなり手間がかかるだろう。
ライラ伝いでも滅多に合わないと言うから難しいだろうし、
イワミなら恐らく断らないしやってくれるがこれ以上迷惑をかけたくない。
この反応を見てフロレンにさっきまでの余裕が戻りつつある。
俺はフロレンが持つ研究者としての顔と区間代表としての顔が
見分けられるようになってきていた。
「ちょっと小生もあそこの研究室には気になる事があってね…
その探りを入れる意味でも、君に行って貰いたい。
人間に会えるとなると断らないだろうからね」
「そういう事なら…」
何となくいい感じに乗せられている気がするが…
かなり助かる事は事実だ。ここは素直に従っておこう。
「日時が決まったらイワミのところまで連絡するよ。
何なら当日、小生が迎えにいってあげよう」
「いや流石に何もそこまで」
「単純にイワミに魔導車両を自慢したいだけなんだけどね」
「あ、はい」
なかなかに子供っぽい理由ではあるが冗談でなく本気で言ってそうなのだが。
そしてフロレンは少しだけ真剣な顔つきになり、俺に問いかける。
「最後に一つだけ…。どうして君は、ライラ君の問題に関わろうとする?
彼女と君はそこまで親密な関係なのかい」
「親密というか…俺は一方的に友達だと思ってるけど
もしかしたらライラはそう思ってないかもしれない」
「えぇ…」
フロレンが俺の暴露を受けて軽く引く。
俺もこんなこと言ってる奴いたら流石に同じリアクションを取る。
しかし本題はそこじゃないかもしれない。
自分の思っている事を素直に彼女に伝えていく。
「ただ…。すぐ近くに理不尽な目に遭っている人がいるのが許せない。
俺が嫌だから引っ張りだしたい…そう思っただけだ」
「…そうか。くくく…ちょっと、失礼するね」
フロレンは俺から顔を背けると、何故か手で顔を隠してしまう。
隠しきれなかった口元は、堪えきれない笑みを漏らしていた。
少しすると落ち着いたのか、ふーと息をついていつものフロレンが戻る。
すると彼女は俺のすぐ近くまで顔を寄せ、真っすぐに向かい合う。
「君の考えはよーく、わかった。実に尊く、尊敬に値する。
…ただ、絶対に無理はしちゃいけないよ。
君が誰かのために万が一傷ついて、
命を落としてしまったら…残された多くの人を悲しませる」
その言葉には重みがあった。
きっとそれは経験から来るものなのだろう。
彼女の知る誰かに、俺みたいないらん世話焼きがいたのかもしれない。
さて、とフロレンが顔を離し、
「ここから屋敷まで帰るのも大変だろう。馬車を遣わせるよ。
下で小生の名を言えば案内してくれるだろう」
「有難う博士。じゃあ、また今度」
「あぁ。またね」
席を立つ俺にフロレンが手を振る。
俺は彼女に見送られながら、前回来た時と同じ扉をくぐるのだった。




