6.蜘蛛の博士に頼りたい…1
「到着しました。フロレンツィーア博士、お客様」
魔導車両は研究所の前に到着するとその場で停止した。
俺はフロレンに手を取られ、エスコートされるように降車する。
本来なら一応は男の俺がエスコートする側だと思うんだが…
まだ興奮の覚めていない彼女はそんな俺もお構いなしに
俺の手を取りながらカチカチと歩いていく。
「実はこの研究所には小生専用の道みたいなのがあるんだけどさ…
興味、あるかい?」
自慢したさそうな彼女の顔を見ると「あります」以外の答えはなかった。
俺が素直にそう答えると、フロレンは「そうかそうか」と言い
「じゃあ君には特別にご一緒させてあげよう」
フロレンは俺を引き寄せ、抱きかかえるような姿勢になる。
下半身は蜘蛛でも上半身は女性のそれである。
年上の女性と密着するような形になり、流石に焦る。
「ちょ、ちょっとフロレンツィーアさん!?」
フロレンは俺を抱えると、後ろの腹から糸を出し壁に貼り付ける。
ちゃんと見た目だけでなく糸も出るんだ、
と一瞬だけ感心するが、それどころではない。
「しっかり捕まっているんだよ」
ばしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!!
道「みたいなもの」という表現で察しておくべきだったのかもしれない…
フロレンは糸を引きそのまま飛び上がる。
その勢いは凄まじく、彼女を止めようとした俺の口は勝手に塞がった。
ばしぃぃぃぃぃぃぃぃん!
「よいしょっと」
「ぐはぁ!」
フロレンは六本の脚で壁に綺麗に着地する。
一方の俺は衝撃でまるで攻撃されたかのような声を出す。
実際、異世界に来て受けたダメージランキングでも上位に来ると思うよこれ。
「あ、痛かったかい? ごめんね。後3回くらいで終わるから」
「さ、三回…」
一回で相当の高さまで登ったようだがまだまだ上がある。
確かフロレンの研究室はほぼ屋上だったはずだから…
うーん…早いのはわかるけど、これきつくない?
そんな事を考えていると下から俺とフロレンを見た
人たちが何か話しているのが聞こえる。
「博士、またショートカットしてるよ」
「たまには自分で作ったリフト使ってほしいよね」
「けど確かにあれの方がリフトより早い…」
「頑張って博士登りより速いリフトを作ろう!」
「よし、そうと決まれば魔導装置の開発だ!」
そして彼らはそのまま意気揚々と研究所に入って行った。
なんというか、その素直過ぎる言動に微笑ましさすら感じる。
正直なところ、俺はさっきあったライラへの態度のせいで
研究区間の人たちに少しだけ悪い印象を持っていた。
けどあの会話を聞いているととてもそうは思えない。
あの虎の青年たちが特別にライラを軽蔑しているのか。
やはりライラがこの異世界でも奇妙な存在なのか。
俺はそれを知らなくてはならない。
「じゃあ、もうちょっと飛ぶよ」
「あ、はい」
今度はしっかりと構えたがやっぱり駄目だった。
そのまま3回ほどジャンプし、窓をこじ開けてフロレンと俺は研究室に入る。
そこは俺とイワミが来た時よりも生活感のある部屋だった。
「この前言ったように…なんでも聞いてくれたまえ、頼んでくれたまえ。
…当然、あのサイクロプスの子に関する事でもいいよ」
フロレンはゆったりと椅子に腰かけ、こちらをじっと見つめる。
その目はまるで俺の全てを見透かしているかのようだ。
俺は正面に座り彼女と真っすぐ向き合って問いかける。
「じゃあまず聞きたいのはライラたちサイクロプスへの差別? 偏見?
っていうのかな…そういうのって、ずっとあるのか?」
「そうだね…。小生の周りにそんな奴はないと信じたいけど、
この区間の一部だとそういう風潮もあるみたいだね。
まったく恥ずかしい限りだよ」
フロレンはくだらない物を語るようにその現状について言う。
俺にとってライラは一方的に友人だと思ってる人であっても
フロレンにとっては同じ区間に住むだけの他人だ。
こういったただ嫌悪すべき者に嫌悪するだけ、という素振りは
区間代表という地位にある以上当然なのかもしれない。
「それはライラの両親がここに来てすぐに?」
「どうだろう…その頃は小生もまだ子供だったから…
ちょっと待ってね」
俺の質問に対し、彼女は少し目を瞑り深く思い出そうとする。
うーん…と少し経ったところで、
「…いや、違うな。スヘル家が町に来た時には
歓迎の宴が開かれたのを覚えている。
それにまだ当時は研究区間も今ほどの地位じゃなかったから
新しい研究者はとても嬉しいって父さんが…」
どうやら答えが見つかったようだ。
後どうでもいいが今の父さんって言い方少し可愛かった。
「えーと。曖昧な答えになって申し訳ないが…
初めにそんな偏見めいたものは存在しなかったが、
ある時期から発生した…という事になるかな」
「何か事件があったりしたんですか」
「研究区間黎明期で忙しかった時期ではあったけども。
彼らに関して、何か事件や事故があったなんて話は聞かなかったね」
ライラの両親がやらかしてから始まったとかならわかりやすかったんだが。
少なくともそういった理由ではないらしい。
「有難う、博士。じゃあ…もう1つ、いいかな」
「勿論さ。小生の知る事ならなんでも、ね」
「じゃあ…ダニエル教授って人と、ライラの両親…
そこに親しかったとか、同じグループにしたとか
そんな関係があったら教えてくれないか?」
「あぁ、それならね…。2号、こっちに」
部屋の上からモニターのような、大きめの板が降りてくる。
それはフロレンのすぐ前で停止し、そこに彼女が細い指で何か入力している。
こちらからは見えないが記録装置のようであった。
「ふむふむ。記録によるとライラくんの父君とダニエル氏は
魔導技術関連の共同開発チームに所属していたようだね。
そのチームは成果もあげているし…あれ?」
と、そこでフロレンの手が止まる。
何度か同じ場所を行ったり来たりしながら確認を繰り返す。
概ねの事は調べ終えたのか、板が今度は天井に吸い込まれるように昇っていく。
「…7期発表の時にスヘルの名前がない。途中で抜けたという事かな」
途中でチームを抜けたライラの父。
それと同じチームに所属していて、今ライラがいる研究室を受け持っているダニエル教授。
ここまで来ると件の教授について調べてみるしかなさそうだ。




