5.人類科学の欠片
魔導車両と呼ばれた車の中は意外と騒音が聞こえなかった。
これも自動車と同じように運転手がいたが、
その操作法は複雑なレバーやスイッチによりなされており
俺の知る自動車とはどうも何かと違うらしい。
「こいつを見て意外と驚かないんだね?
なかなか珍しいものではあるんだけど…」
フロレンは興味深そうに観察する俺に対して、少し残念そうに言った。
これで俺を驚かせたかったらしい。
いや俺は十分驚いてるつもりだったのだが…
「君たちのいた場所には、こういうものは結構あったのかい?」
「はい。その…馬車よりは、ずっと」
窓から外を見てみると、この魔導車両…と呼ばれていたものが珍しいのか、
みんながこちらに顔を向けて驚いたり感心していたりしている。
「よければだけど、人間たちの使っていた
こういう移動のために使う道具について、教えてくれないかな?」
フロレンは長い蜘蛛の脚を組み換えながらそう聞いてきた。
特に秘密にしておく理由もないので、俺は頑張って答えることにした。
「俺のいた世界にもこれと似たような自動車ってものがあって。
だともうちょっと小さくて、車輪も四つで。ハンドルっていう…
船の舵みたいなものなんですけど、それで操作したり」
上手く説明できない。慣れ親しんだものを言葉で表現しようとすると
ここまで難しいものなのか。
あるいは単に俺の言語能力が死んでいるだけかもしれないが。
「あとは…あれかな。電車とか」
「電車? 電気で動く車両ということかい?」
「それだけじゃなくて…うーん、どういったらいいのかな…」
エルを取り出して説明させようかとも考えたが、
それだと俺に聞いてくれたフロレンに悪いし
そもそもフロレンと会話する機会もあまりないだろう。
この際に少しでも話しておきたかった。
「ちょっとこれ借りますね」
「あぁどうぞ」
俺はテーブルに置いてあったペン(多分インクではなく魔法で書いている)で
乱雑に積まれていた紙の一枚にちょっとした絵を描く。
四角い箱に窓をつけて足元に車輪とレールを引く。
我ながら絶望的なまでに絵心がない。
「車輪に溝を作ってそれを進路上に作った出っ張りと噛みあわせて進むんです。
俺の世界だとさっき言った自動車とこの電車が一般的で、
こっちはこの一つの箱に最大で100人乗せたりできて
しかもこれが連続で連なってて同時に何百人も運べるんです」
俺はその箱の後ろに同じような箱を描いていく。
完全に子供の落書きで笑われないかと少し心配になったが、
フロレンの方を向くと彼女は真剣にその落書きを見ていた。
「そうなるとかなりの重量になるだろうし、
それを運ぶエネルギーも必要となるわけだが…
人間たちはこの箱の中にそれも詰め込んでいるのかい?」
「えーっと、なんだったっけな…」
自分の書いた電車(仮)を眺める。
これには何か足りない。何だったっけなと少し考える。
ふと窓の外に研究区画にありがちな煙突から、煙が出ているのが見えた。
それが切っ掛けで思い出す。
「あ、そうだ! 箱の上に取っ手みたいな装置がついてて、
これが電線と繋がっていたんだ!
えっと、電線っていうのは電気を運ぶ通路みたいなもので…」
俺は電車の上に名称不明の取っ手(パンタグラフと言うらしい)を描き、
そこから更に電線を作って電車に沿うように伸ばす。
うん、これでちゃんとした電車になった。
ちゃんと伝えられたせいかちょっと嬉しくなり、
フロレンの反応を見ようと彼女の方を向く。
一方の彼女は驚愕とも衝撃とも取れる表情をしていた。
「そ、そうか…! なるほど、確かにそうすれば大質量の物を移動できるっ!」
彼女はひったくるように俺からペンを取り上げると
電車の周りに何か複雑な図形や文字を書き始めた。
「魔導源から伝導させて稼働部に魔力を送り込むだけでいいっ!
車両には乗車用のスペースと稼働部だけでいいから容量は大きく軽減され
魔導源の管理は施設内で行えるため安定させることができる…!
す、素晴らしいっ!」
書いていることは一文字たりとも理解できないが、
とりあえず彼女がとんでもなく感動していることはわかった。
彼女はちょっと驚いていた俺に気づくと、急いで冷静な体を取り繕う。
「し、失礼したね…ちょっと、とんでもない思いつきをしてしまったものでね」
「い、いえ大丈夫ですよ」
しかし彼女は明らかに興奮が抑えきれていない。
脚はさっきからそわそわとしているし彼女自身も真顔を維持しようとしているが
その端から歓喜がにじみ出ている。
「ほ、本当にとんでもない発見なんだ…それこそ町を変えてしまいそうな。
今すぐにでも研究所に籠りたいんだが…大切な客人の前だしね」
そういうところは流石研究区間代表といったところだろう。
彼女は二呼吸ほど置き、やっと落ち着きを取り戻した。
「しかしこの発想は今までなかった…人間の文明、実に興味深い。
ただ、まぁ。なんというかあまり先人の模倣ばかりするのも
研究者として如何なものかとは思うがね」
「いや、俺のあやふやな情報から何か思いついたなら
それはもう博士の発明なんじゃないか?」
「くくく…。そう言ってもらえると助かるかな」
細い指で髪を弄りながら小さく笑うフロレンは
正に区間代表としての風格のようなものがった。
そうしている間に魔導車両は進んでいき、
間もなくフロレンツィーア研究所に到着する。




