2.瞳の少女を知りたい…1
それから数日、ライラと再度会う約束した日である。
俺は朝食を済ませると支度をして待ち合わせ場所へ向かう用意をする。
「町を出歩くのでしたら、念のためこちらを」
「…これは、帽子?」
メイから手渡されたものは黒い犬耳のついた鍔のある帽子だった。
これで人間である事を悟られにくくしろという事らしい。
「採集区間ではご主人様のお話はかなり広く伝わっておりますが、
他の区間ですとまだ人間への警戒心は高いままです。
どうかお気をつけて」
「あぁ、わかった。ありがとう、メイ」
俺はメイに見送られ屋敷を出発した。
待ち合わせ場所への行き方はレリィから聞いている。
しかも最悪の場合エルに頼めば大体の事はなんとかなるしな。
小一時間ほど歩き目的地に着くと、既にライラがいた。
待たせてしまったかなと思いつつも声をかける。
「おーい。悪いな、待たせちまったか?」
「い、いえ…けど本当に来たんですね…」
彼女は先日のものとはデザインが多少異なるが、
同じように黒いスカートのドレスに大きな帽子とベールだ。
申し訳なさそうに顔を隠す姿も相変わらず。
異世界の服装事情はかなり自由で、
よほど奇抜過ぎなければ目立つ事はない。
レリィのあの露出狂寸前の服装を
普通に時折目にする事からもそれはわかっていた。
「…その帽子、変装のつもりですか?」
「これか? 一人の時に人間って騒がれると面倒だろうって持たせられたんだよ」
ライラはその大きな瞳で俺の帽子と顔をまじまじと見ると、
「ふふふ…結構似合ってますよ、それ」
愉快そうに笑いながらそう言ってくれた。
馬鹿にされてるのか褒められているのか判断に困った俺は、
だろ? と開き直る事にしたのだった。
その時、
「おう一つ目お化けじゃねぇか。こんなところで何やってんだよ」
いきなりの暴言で俺と隣のライラがびくりとする。
声の方へ振り向くと、虎のような特徴を持つ青年と同じく鼠みたいな青年の二人がいた。
それぞれ研究区間で見た制服と似たようなものを着ており、
恐らくは魔法の研究に携わっているものだろうと予想がつく。
彼らはへらへら笑いながらこちらに近づいてきた。
「研究室で見ねーと思ったらこんなところほっつき歩いてたのか。
そんな気持ちわりー面晒してみんなに申し訳ないと思わねぇのか?」
「えっと、その…すみません……」
あ、ヤバいキレそう。
ここまであからさまに不愉快な絡み方は人生で初めてだ。
既に驚きとか恐怖を通り越して俺はかなり怒っている。
「おいあんた、やめろよ」
こっちに来る二人とライラの間に立ちはだかるように俺が動く。
俺より20cm以上は背の高い虎の青年が俺に顔を寄せる。
「何だお前? まさかこいつの友達かなんかか?」
「俺はそのつもりだがな」
「ハッ! 趣味わりぃな! ぼっち同士仲良くってか?
ま、一つ目とつるむ奴なんかろくな奴じゃねぇだろうしな!」
友達は多い方じゃなかったが普通にいたよ。
異世界に送られたせいでもう会えないけどな!
この青年は俺を馬鹿にしてるつもりだろうが特に何も感じない。
それよりさっきのライラへの暴言が未だに俺を怒らせて止まらない。
しかし、俺への不敬を絶対許さない奴がここにいた。
『シュン様、こいつらぶっ飛ばしませんか?』
エルもキレた。
俺とエルをこの速さで怒らせたのは史上初である。
彼らに瞬間湯沸かし器としての称号を与えよう。
ただ、ここで荒事を起こすのはよくないだろう。
研究室という言葉から察するに恐らく魔法の研究に携わっている者で、
しかもライラに近い人物のようだ。
彼をぶっ飛ばすとライラにも迷惑がかかるに違いない。
そうやって次の行動に困っていると、
少し怒りが収まったのかエルが助けてくれる。
『シュン様、非常に遺憾ですがここは平和的解決を提案します。
わたくしの発言をあの方々に伝えてください』
「…わかった」
俺はエルの言葉をそのまま、少し俺らしく言い換えて伝えた。
「なぁ鹿のあんた。そのカバンの中に入っている論文…
それ、そのまま提出したら笑われるぞ?」
「…は? いきなり何言ってるんだお前」
「まずえーっと…第3章2節の魔術式に簡単なミスがある。
代入を間違えてるだけだから一目でわかるだろう。
そのせいで後の数値が全部間違っていて更に第5節の3式でも同じようなミスしてるから
最終的に見当違いの結論に至ってる」
「え、何いって…、えっ?」
鼠の青年はちょっと待ってと隣の青年に伝えるとおもむろに
鞄を開けて文字の敷き詰められた用紙(魔獣の皮で作られている)をぺらぺらと捲る。
そして、みるみるうちに顔が真っ青になる。
「次に虎のお前。その大事そうに持ってるの。本当に自分で作ったのか?」
「あぁ? なんだ喧嘩うってんのか」
俺は青年が左腕に持つ用紙の束を指出しながら言う。
その言葉に何か心当たりでもあるのか、彼はびくりと反応した。
「結論は合ってるが観測から理論までの考察に穴があり過ぎる。
具体的には必要な式がいくつか足りてないし
そのせいで特に…ま、魔力脆弱化曲線の項目の繋ぎが飛躍してる。
俺でもわかるんだから魔法を研究してる人なら誰でも見抜けるだろうよ」
「てめぇ…!」
虎の人が完全に切れてその拳を振りかざす。
あ、怒らせすぎた。そう思った時には既に手遅れ。
エルを取り出そうとするも間に合わず、そのまま虎パンチが…
パシィィィッ
「…暴力は、その…いけないと思うので……」
「こ、こいつっ!」
虎パンチを受け止めたのは俺ではなく、ライラだった。
彼女は体格で遥かに勝る青年の拳を片手で掴んだのだ。
俺は彼女が後ろで縮こまっているとばかり思っていたが、
青年との間に入り込む動作に迷いはなく本当に一瞬であった。
その勇気は彼女がただの臆病者ではないという証でもある。
「で、できれば…お互い怪我とかなしで、平和に終わらせませんか?
後…えっと、採集区間で聞いた話なので確証はないですけど…
この人、すっごく強いらしいので…やめておいた方が」
そこそこ本気だったであろう青年の拳を軽々と受け止めながらも
ライラの低い言葉遣いは変わらない。
逆に、それが脅威に映っているかもしれないが。
虎の青年は拳を引っ込め、俺とライラから少し距離を取る。
その状態で彼は吠える。
「さっきからお前、どうやって中身見てんだよ!
透視でもできるっていうのか!」
やってるんじゃないかな。エルの事だし。
けどエルはそこに追撃の隙を見つけたようで、
次で決めますと前置きし、後の言葉をしっかりと伝える。
『魔法に決まっているでしょう。
あなた方は何の研究をしていらっしゃるのですか?』
「魔法に決まってるだろ。お前たちは何の研究をしてるんだ?」
トドメの一撃だった。
魔法の研究者を志すものに対してかなりの破壊力…いや煽り力であろう。
しかしこのエル、ノリノリである。
「ぐ…!」
「これ今から修正しないとヤバいよ!
締め切り遅らせて貰って徹夜して間に合うかどうか…」
「ちっ、覚えてろよ!」
子悪党みたいな捨て台詞を残して二人は逃げ出す。
その背中が小さくなるのを見送ると、俺は大きなため息をつく。
「はぁ…びびった……」
緊張が解けてほっと胸をなでおろす。
ハーレティクスを相手するときとは違う性質の緊張感が
人との争いには存在すると俺は思う。
そもそもこういう喧嘩みたいな事本当は苦手なんだ。
できればこの場も逃げ出して凌ぎたかったのだが。
『やりましたねシュン様。目標を撃退しました』
「あのさぁ…」
何か言おうと思ったが、とっさに思いつかなかった。
エルは随分と機嫌がいいが俺はもうこういう事はやめてほしい…




