35.異端の残滓
「で、これどうやって使うの」
『はい。シュン様、ハンマー投げはご存知ですか』
ワイヤーや鎖で繋いだ鉄の球…ハンマーを遠くへ飛ばす競技、だっただろうか。
昔はオリンピックという世界各国が参加するスポーツの祭典があったそうだが
異世界の侵攻により大幅に人口を減らした現在では行われていない。
そのため、授業でやったメジャーなスポーツ以外はあまり知らないのだ。
『では、その柄の部分だけを持ってください』
「こうか…?」
アンバランスな形になり、普通はとても重さを支え切れず落とすところだが
斧自体が俺に持たれようとするような働きがあるのか、
そんな不安定な状態でも問題なく起立している。
『そのまま3~4回転ほど振り回して、投げてください』
「えっ」
あー、ハンマー投げがどんなものか思い出してきた。
確かこんな姿勢で回すんだっけ…
予想外の斧の使い方に少し驚くが、
魔獣の脅威を取り除くために俺は意を決する。
『手放す瞬間はわたくしが合図します。
シュン様は全力で回転してください』
「全力つっても大した回転にならんぞ」
『ご安心ください。その辺りは装備が勝手になんとかします』
勝手になんとかする…?
その言葉の意味は回り始めてすぐにわかった。
ブオォォォォォォオオオオオオオオ!!
斧が進行方向へ加速するように青白いブースターを吹かす!
飛ばされないかと心底焦ったがどうも斧の内部で制御されているらしい。
というかこの斧が勝手に回転するように加速するので、
俺は自分が回ろうとする放棄してこの斧を手放さないようにするので手一杯だ。
例えが難しいが。これはハンマー投げではなく多分、水車だ。
『シュン様、今です!』
「おっらぁぁぁぁああああああああ!!」
そのまま力の限り進行方向へ投げ捨てるように手放す。
あまりの速さでどこに投げたのかすらわからない。
僅かに目が回りふらつくがすぐに立て直す。
『シュン様。お見事です。無事、想定された軌道に乗りました』
「そ、そうか…? ならよかった」
少し頭の中がぐるぐるしている…
俺はまだ方向感覚を取り戻していない状態でキョロキョロと周囲を見渡し
魔獣が暴れている方向を察知する。
「…さて、あの魔獣をぶっ倒しに行こうか」
『はい、シュン様』
俺は傍に置いていたさっきの銃を担ぎ、魔獣へ走り出す。
エル曰く、あの斧だけでは倒せない。その次の手が必要なのだ。
斧は猛スピードで葉や枝を吹き飛ばしながら森を進む。
しかしそれは異形の魔獣とは少しずれた方向へ飛んでいるようだ。
そのまま斧は魔獣の横を過ぎ去り、空へと飛んでいく…
「な、なんだあれは…?」
魔獣と戦っている異世界の人たちにも斧に気づく者が現れる。
しかしその多くは外れて飛んでいくそれの事などすぐに忘れ、
目の前の脅威に再び注視する。
ただ、類稀なる戦闘センスと恐るべき直感を持つ一人を除いて。
「お前らァ! 一旦魔獣から離れろ、早く!!」
所々に傷を受けたメイが大声で警告する。
大怪我こそ負っていないものも彼女は息が上がり、
かなり疲弊しているように見える。
その声を聞いた異世界の人たちは理由はわからないが
メイが言うならそうなんだろう、といった曖昧な感じで魔獣から距離を取る。
しかし、これで万が一にも倒れた魔獣に巻き込まれる心配はなくなった。
「メイには助けられてばっかだな…!」
メイはどうやってか(多分音を聞き分けて)走る俺を見つけ、
その力強さを感じる笑みを送ってくれる。
空に飛んで行った斧へと目を向けると既に方向転換し、
魔獣の後方へ向けて直進している。
あいつは気づいていない。
俺は木々の間を縫うように進みながら、命中を確信した。
『TTY-03ラビュルス制式。こちらの誘導補正が優先します』
グゥゥゥゥッシャアアアアアアアアアアアアアア!!
「ああああああ!!?? あぁぁあああああああああ!!!」
こちらからは見えないが、斧は魔獣の背中に見事突き刺さったようだ。
その破壊力で魔獣は吹き飛ばされ…
「ちょっとまて、流石に威力がでかすぎる!」
ぐるん、っと半回転以上しそうな勢いで魔獣が飛ばされる。
本来なら前のめりに倒れるくらいの衝撃を予想していた。
しかし現実はそれより遥かに強く…
その衝撃で捕まれていたロバートさんが空に放り出されてしまう。
「メイ!!」
「はい、ご主人様!!」
俺の叫びで全てを察したメイが木を駆け上り
そこからロバートさんへ飛び上がる。
「ご主人様のためなら、この程度!!」
メイは空中でロバートさんの馬の体を背負うような形で掴み、
そのまま地面へと落下する。
着地の瞬間、ドスン! とかなり大きな衝撃を受けたようで心配になるが。
「よいしょっと。ご主人様、大丈夫だ! 好きにやれ!!」
速やかにロバートさんをその場に下ろし俺を激励する。
彼女も無事らしい。ほっと安心するが同時にその底なしの体力に驚く。
本当にメイはどこまでも超人めいている。
「あぁぁぁぁああああ?? あああぁぁぁぁぁああああああ!!」
俺は最終的に一回転半して地面にぶつけられた魔獣へ駆ける。
背中に刺さったままの斧が痛いのか暴れまわるが、
斧は抜ける事はなく周囲の木々だけが破壊される。
「エル! あいつはどこを狙えばいい!」
『腹部の肥大化した部位に不自然なマナ構築が確認されます』
腹部…。あの瘤みたいになっているところか。
あそこがこいつの弱点らしい。わかりやすくていいな。
吹っ飛ばされた魔獣は俺のいる坂の下まで飛んできたようだ。
俺はその狂乱する魔獣に狙いを定めて…
ビュゥゥゥゥンッ!! ッパァァァァン!!
「あぁぁぁああああああああああああ!!!」
「くっ、外れたっ!」
腹部の瘤を狙い撃つが外れ、その周りの肉を大きく剥ぎ取る。
かなりのダメージを与えたようだが魔獣は変わらず暴れ続ける。
一体どれだけの生命力を持っているというのか。
「確か次撃てるまで少し時間がかかるんだったな」
『はい。再装填まで後12秒ほどかかります』
その間に一歩でも多くあいつに近づく。
異形の魔獣はこちらに気づいたようで、上体を無理やり起こしこちらを向く。
背骨は蛇のようになっているのかぐにゃりと変形している。
ほんとこいつ気持ち悪い…
「この距離なら、外さないだろ…!」
ド素人な俺でも命中するであろう距離まで接近した。
魔獣はまだ起き上がる途中だ。撃つなら今しかない。
ビュゥンッ! ッパァァァァアアアアアアン!!
「あぁぁぁぁあ?? ぁぁぁあああああああ!!!」
魔獣の弱点に向かって、至近距離で一撃を食らわせる。
それは確かに腹の瘤に命中し、周囲に血肉を四散させる。
そして…
「っ!? なんだ、あれ…!」
抉れた腹部の中から、白い破片のようなものが見える。
それが何か理解するのには時間を要さなかった。
ハーレティクスの、破片。
異端の怪物は、死してなお異世界の住民を襲うのだ。




