30.霞の少年?は笑う
フロレン博士の部屋から去った俺たちは再び魔導人形4号の案内で
研究所の1階に降りたのだった。
少し歩くと、イワミが足を止め、
「シュン、メイ。私は少し寄るところがありますので、
二人は先に向かっていて貰えますか。すぐに合流します」
と言うと出入り口とは別の方向へ歩いて行ってしまった。
彼女のイズモのものより二本多い五本の尻尾を少し見送ると
メイにじゃあいこっか、と一声かけて再び歩き出した。
外に出ると、メイも
「ご主人様、わたしはケンタウロスの人と馬車を連れてきますね」
と言い、そのままケンタウロスの二人が向かっていた方向へ行ってしまった。
また俺は歩く毎に僅かに跳ねるうさ耳を見送る。
…見ず知らずの場所に一人ぼっちである。
「まぁそもそもこの世界に送られた時点で一人ぼっちみたいなもんだけどな」
研究所への出入りは意外と少なく、
いたとしても忙しいのか世にも珍しい人間に気づく事も少ない。
俺は知らない場所で知らない人々を眺めながら
ちょっとした感傷に浸っていた。
随分と遠いところまで来てしまったものだ。
そんな俺に話しかける声がある。
「お兄さん、お兄さん」
「ん、俺か?」
すぐ真横から声がして、少しばかり驚きながらも
落ち着いた形を繕いながらそちらの方を向く。
そこには、馬車の中で見たフードの人が立っていた。
「お兄さん。えーっと…オレ、のこと見えるの?」
その人…一人称からいちおう彼としておこう。
彼は不思議な事を聞いてきた。
見えるの、とはどういう意味だろうか?
「見えるって、そりゃ俺の両目1.3の健康的眼球は正常に動いてるが」
「へぇ…。そうなんだ…くすくす」
何故か少し笑われてしまった。
もしや視力1.3は異世界では失明レベルで悪いのか?
確かにこれまでの体力差からしてもそれは十分にあり得る…
大昔にいた狩猟を生業とする民族は全員とんでもなく視力がよかったらしいし、
現在進行形で魔獣をハントしている異世界の人たちは
俺の数倍視力がいいのかもしれない。
「お兄さんって人間だよね? だからなのかな…」
「あぁ人間はみんなこんなもんだぞ。むしろよく見える部類だ」
視力の話だよな? いまいち噛みあっていないような気がするが。
しかし彼は本当に希薄だ。目を逸らすと消えてしまいそうなほどに。
「お兄さんはなんでここに来たの?
見学? 面白い物いっぱいあるからね」
「いや、ちょっと事件みたいなのに巻き込まれてな。その相談だ」
「へぇ。お兄さんも大変なんだね」
なんだろう。彼を見ていると全部話してもいいような気がする。
赤の他人なのだが、まるで心の底まで見透かされているような…
まぁ、いいか。俺はそのまま誰にも話していない事を彼に話す。
「…後は、助けたい人がいてな」
「助けたい人? お兄さんのお友達?」
「うーん、俺は友達になりたいしもうなってると思ってるけど
向こうはどうかな、ってくらいの関係」
「ふーん。じゃあお兄さんの片思いなんだね」
またくすくすと静かな笑いを零す。
片思いと言えば片思いかな。何か字面だけでは恋みたいで恥ずかしいが。
「この研究所の偉い人と顔見知りになってればその役に立つかもしれない…
そんな感じでここまで来たんだ」
「お兄さんって意外と打算的なんだね?」
「最初はそのつもりだったけどな。会った人…フロレンツィーアって人だけどな。
彼女も凄くいい人で尊敬できる相手だったから、
その…利用するとか無しに普通にいい関係になりたいかなって」
俺はそんな事を思っていたのか。彼と話していて初めて自分の意識に気づく。
彼と話していると俺の自覚していないところまで話してしまう。
まるで心の引き出しを開け放たれるかのように。
「いい関係って、彼女とか?」
「いやそれはない」
自分でも驚くくらいすらりと否定の言葉が出てきた。
しかも多分俺は今かなり真顔だ。
彼はつまらなさそうにしているがそれは仕方ない。
流石に俺の話ばかりするのも飽きたので次はこちらから聞こう。
「そういうお前…えっと、自己紹介がまだだったな。
俺はシュン。お前は?」
ここまで話し込んでお互い名前も知らないのはどうかと思うので一応名乗る。
彼は何故か困った様子で、周りをキョロキョロ見渡し、
「あっ」
何かを見つけたようだ。
「ええと…フィーア。オレの名前はフィーアだよ」
「今考えなかったか」
「それはきっと気のせいだよ」
またくすくすと笑うフィーア。
何か数字を意味する言葉だった気がするが俺の脳内辞書に記述はない。
それはそうとして、
「で、フィーアはここに何しに来たんだ?」
「お兄さん…シュンお兄さんに会いに来たんだよ」
「えっ…」
「あそこでオレを見つけた時から追いかけてきて…
出てくるの、待ってたんだ」
俺が道でフィーアを見つけたのを見てから、馬車を追いかけてきた?
それで、俺が出てくるまでずっと待っていたと。
その理由がわからない。俺が人間だからか? それとも…
「なんで、俺を…?」
「くすくす。だって、シュンお兄さんが…」
フィーアがそれを語ろうとする。
その時、
「ご主人様! お待たせしましたー!」
元気のいいメイの声が聞こえ、そちらを振り向く。
そこには二人のケンタウロスと馬車を先導するメイの姿があった。
彼女はこちらに手を振っている。
「ご主人様、一人で心細くありませんでしたか?」
「いやいやそんな子供みたいな…。それにこいつが」
と、フィーアの方を向くがそこには誰もいない。
周りを見回すが彼の影はどこにもなかった。
「さっきまで何か変な奴といろいろ話してたんだが…」
「そうですか? わたしが見た時にはご主人様一人でしたよ」
イズモやレリィ程ではないがフィーアも小柄であったし
メイからは見えなかったのかもしれない。
改めて少し周りを見てみるが、やはりどこにもいない。
いるとしたらこちらも見ずに歩く研究区間の人々と、
明後日の方向を何もせずに眺めている魔導人形の4号だけだった。




