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29.蜘蛛の博士は調べたい

「やぁ、いらっしゃい」


ぶち破られた扉に反応して、座っていた女性がこちらを向く。

その女性は右目にモノクルをし、白衣を纏い俺の思い描く研究者像にかなり近い。

そしてその足は鋭いものが六本あり腕と合わせて八本…

更に後方に見える大きな腹部もあり、俺は彼女を蜘蛛と認識した。


「久しぶりだねぇ、イワミ。前の品評会以来かな?

 会えてうれしいよぉ」


かちかちと普通は鳴らないような音を立てて蜘蛛がこちらに歩く。

イワミも彼女に向かって歩み寄り、握手を交わす。


「お久しぶり、フロレンツィーア博士。私も会えて嬉しいわ」

「あぁ、よかった。ところで…そちらの方はもしかして…?」


この人が研究区画の取りまとめ役、フロレンツィーア。

イワミとはどうも印象が違う。

人をまとめる仕事よりも研究に没頭していそうなイメージだ。


そんな彼女はそのモノクルで俺をじっと観察している。


「どうも、初めまして。人間のシュンです…宜しく」

「わぁ! 本当に人間さんなんだね!

 小生はフロレンツィーア・ゴト・ラータ、

 ここの局長とか教授とかやってるよ。こちらこそ宜しく!」


小生て。本でしか見た事のない一人称に少し驚く。

フロレンは両手で俺の手と握手すると振り回すかのように上下する。

それほどまでに嬉しいのはわかるがそれ以上すると俺の肩が外れるぞ?


「いやぁ…世の中貴重な種族や文献だけの種族は多々あれど、

 人間ほど情報の乏しい種族はいないからね!

 会えただけで奇跡みたいなものだよ!」


俺の手を離し興奮を全身で表現するフロレン。

なんだかノリが独特だけど面白い人だな。


「おっと、流石にご客人を立ちっぱなしにするのはいけないね。

 席とお茶を用意しよう。少し待っていてくれ」


そう言うとフロレンは壁にある何か板のようなものを操作する。

すると、


ごうん、ごうん…


「うおっ、何だこれは」


突然部屋の一部が横にスライドする。

この光景は流石に見た事がない。

似ているのは地震で倒壊する家屋を中から見た映像だろうか。

こちらは止まっているのに反対側だけが切り取られたように動き、入れ替わる。


「この階層全部小生の部屋なんだけど無駄に広くてさ…

 そこまで行くの面倒だから、部屋の方を動かしちゃった」


が、こん!


何かが嵌る音と共に動いていた部屋が停止する。

それは綺麗に整頓された応接室のようだった。


歩くの面倒くさいから部屋を可動式にするという発想。

そういう少し頭のネジ外れてそうなところ嫌いじゃないよ。


「5号、お茶を用意して」

『カシコマリ!』


部屋の隅から四本足の円盤が現れ、そのまま奥へと消える。

俺とイワミはフロレンに勧められた椅子に腰かけ5号と呼ばれた円盤を待つ。


少しすると、5号はその円盤の上に2人分の飲み物を置いて帰ってきた。


『ソチャです、ソチャです』


5号は更に円盤から腕を伸ばし、俺とイワミの前に置く。

小さい体に不釣り合いな程に長いその腕はバランスを崩さないのか心配になる。


「…さて、じゃあそちらを襲ったという魔導人形の話…聞かせて貰えるかな」


さっきまでの軽そうな表情から一変、真剣な責任者としての顔つきになる。

これがフロレンの仕事をする時の姿勢なのだろう。

イワミはそんな彼女にいくつかの資料と共にあの黒い巨人の話を始めた…



「配水管を移動できる魔導人形、か…」


フロレンは真剣に資料を読んでいる。

しかしどうもピンとこないようで、複数の資料を何度も見比べている。


「この現物は?」

「まだ私の屋敷にいますわ」

「えっ、捕まえたの!?」


その返答が意外だったのか、フロレンが少し驚く。

捕まえたというよりは…


「氷漬けにして、形はそのまま中身は死んでる…って感じかな」

「なるほど氷漬けか…それなら形状は維持できるな…」


誰が氷漬けにしたのかと聞かれるかと思ったが彼女は再び資料に目を戻す。

それは黒い巨人の詳細なスケッチだった。


「3号。今年の魔導人形の発表と…あとはそうだね、

 同じ分野でそこそこ予算使い込んでて未発表の研究室をリストアップして」

『了解しました』


部屋の奥からすっ、とモニュメントのような不思議な物体が現れる。

これも魔導人形なのだろうか?


その魔導人形は少しの間てっぺんにある球体を光らせたと思ったら

ポストのように開いた四角い口から何か長い布のようなものを吐き出した。

…あれがさっきフロレンの頼んだものらしい。


「可変の魔導人形…軽量……該当はない、か……

 未発表の研究室にもそれが可能そうなところはないね…」


うーん、とフロレンは再び考える。

その顔は諦めというよりも別の可能性を探索しているように見える。


「既存の技術の組み合わせ…、あるいは長期間に渡って隠ぺいし続けていた?

 理由はリガ家の攻撃か? 研究区間との対立を煽って得をする…

 いや、けど何か見落としている気がする……」


ぶつぶつと思考を並べるフロレン。

恐らくは俺の考えつかないような高度な推察がなされているのだろう。


しかし、


「…申し訳ない。少しこちらとしても情報が不足しているようだ。

 後日資料を集めて再び連絡しよう」

「そう…。手間を取らせて申し訳ないわ。

 けれど重要な問題ですから。協力、お願いしますね」


残念ながら、この場で犯人特定とまではいかなかったらしい。

あ、そうそうとフロレンは俺に告げる。


「人間の…ええと、シュン。

 何か気づいた事や聞きたい事があったら、

 気軽にこの部屋に来てくれて構わないよ」


彼女は俺に近づくと、手に何かカードのようなものを握らせる。

それには『ゲストユーザー:クラスA』と書かれている。


更にフロレンは俺の耳元まで顔を寄せる。

後ろで待機しているメイが一瞬殺気を纏わせるが、俺はそれを手で制止する。


「魔法の事や研究の事、知りたくなったらなんでも教えてあげるよ…。

 代わりにと言っちゃなんだけど…」


その女性らしい細い指を俺の胸…

いや、胸ポケットにいるエルへと這わせる。


「そのお友達について…。すこーしだけ、調べさせてね」

「…必要になったら、考えます」


普通なら、この仕草に怖気が立つのだろうか。

エルの事を知っていた事には少し驚いたが、

俺はこの博士の態度にむしろ納得さえしていた。


研究者ともあろう者が謎に満ちた存在を前に見ているだけなんて事はあり得ないのだ。

未知への貪欲なまでの探求心と、新しい物を作り出す想像力。

それらに俺は尊敬すら抱いている。


「じゃあ、4号。お出口までの案内頼んだよ」

『かしかまりました、かしこまりました』


ぎゅるんと4号と呼ばれた俺たちをここまで案内した魔導人形は

その場で超信地旋回(左右のローラーを反対に動かす事でその場で方向転換する事)し、

再び扉を力任せのパンチでこじ開ける。


…この部屋でみた3号と5号に比べて、4号の仕事が乱暴すぎる!


「じゃあ、また。近いうちに」

「はい。連絡お待ちしております」


俺たちとフロレンはそれぞれ一礼し、そのまま部屋を後にする。


フロレンツィーア博士。少し変な人だったが悪い人ではなさそうだ。

そして何となくだが、俺は近いうちに彼女に会いに行くような気がしていた。

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