28.研究区間
翌日。俺はイワミ、メイと共に研究区間へと向かう事になった。
というのも、昨晩遣わせた使者が今朝返信の手紙を持ち帰ったらしいのだが、
「私達のグループにいる誰かがそちらに損害を与えたとなれば
大変残念なであり、こちらも真相解明に協力する用意はある。
ただし秘匿事項を含む内容であり、善意だけでの開示は難しく…」
そこまで読んでメイはため息と共に手紙を閉じた。
その眼にはどこか怒りが宿っているようにも見える。
「…つまりは、情報を渡す代わりにご主人様に会わせろ。ですか」
「博士はやはりシュンの事を掴んでいたようですね。
予想はしていましたが…」
イワミはこちらを見る。
俺を見るイワミはいつも申し訳なさそうにしていて心苦しい。
「これから研究区間、フロレンツィーア博士の元へ向かいます。
同伴するかどうかはシュン、あなたに任せます」
本当は連れていきたくないのだろう。
人間をまだ認識の変わっていないだろう他の区間へ連れていく事や、
大丈夫だろうと思うがもしかしたら研究区間の奴らが
俺を捕まえにくるかもしれない。
そういった事情もあってイワミの表情は暗い。
しかし、俺はそのフロレンさんに少し興味があった。
「行きますよ。俺が言った方が話が進みやすいならその方がいいし…
他の区間がどんなところか見てみたい」
「そうですか、わかりました。シュンの協力に感謝します。
メイ。シュンの付き添いは任せましたよ」
「畏まりました、イワミ様。全身全霊を持ってご主人様をお守りします」
主の命令を受け、深く礼をするメイ。
今の雇用上の主はイワミで魂の主は俺という、彼女の立場は少しややこしい。
それを理解した上で仕事を割り振るイワミは理想の上司と言えるだろう。
…そして、今に至る。
二人のケンタウロスによって運ばれる馬車はかなり大きく、
俺の横にメイ、正面にイワミ、その横にまた別の付き添いのメイドと
四人が座っていてもまだ余裕がある。
それを軽々動かすケンタウロスの二人もかなりの怪力であり、
もしかしたら俺がいた世界の馬より数段力持ちなのではないだろうか。
「煙突やパイプの突き出た施設が多いですね」
「はい。魔法の研究や開発では気体の取り扱いが重要ですから…
充満し過ぎると体に害のあるガスもありますので、
空気の排出や循環は重要なんですよ」
イワミが丁寧に説明してくれる。
魔法の研究というものはいまいちどういうものか想像できない。
もしかしたら俺がいた世界のように白衣にフラスコと試験管みたいな
そういう方法で行っているのかもしれない。
「見えてきましたよご主人様。あれが会合の場所…
フロレンツィーア研究所です」
メイが指さす先には一際大きな鉄塔のようなものが見える。
てっぺんからはモクモクと煙が上がり、いくつかある窓は時折光を放つ。
なんともまぁ見るからに怪しい施設だ。
「まぁ名前の通りですが研究区間の代表、
フロレンツィーア博士の所有している研究施設です」
「なんというか、その…すっごいよく目立つデザインだな」
「あれ博士が自分でデザインしたそうですよ」
なんだろう。あの形状に俺の知らない魔法的な意味があるのだろうか。
それより格好いいからみたいな理由の気がしないでもないが…
と、その時
「…あっ」
ふと、町中を歩く誰かに目が行ってしまう。
フードを深く被った…女性のようにも、男性のようにも見える中性的な人物。
そこにいるのに何故か消えてしまいそうで、透けるように希薄。
逆にそれが違和感となり、俺は目を引かれたのだ。
「…」
時間にしては一瞬。
しかし、その相手も俺の視線に気づいたのかこちらを見る。
見て、ほんの少しだが笑った…?
「ご主人様、どうかなさいました?
好みのタイプでもいましたか」
「い、いや…そんなんじゃないが…」
馬車は進み、あの人はすぐに見えなくなる。
何だったんだろうか、一体…
とにかく、馬車は結構な速さでその鉄塔へと向かっていく。
『どうぞ、いらっしゃいませ。いらっしゃいませ』
「お、おぉう…」
フロレン研究所に着いた俺たちを出迎えたのは何と土の人形だった。
角ばった体つきに所々つなぎ目や骨組みが露出し、
腹の辺りにはでかでかと4という字が書かれている。
「これも魔導人形…なのか」
「えぇ。どうも博士は自分の製品を自慢したくて仕方ないらしいですね…」
短いため息をつきイワミが呆れる。
ケンタウロスの二人は駐車場みたいな場所に馬車の本体を置き、
専用の控室へ向かっていったので今は四人だけだ。
『イワミ、様。にんげん、様。こちらへ、どうぞ』
ごろごろと何かを転がす音を鳴らしながら魔導人形が施設の奥へ進む。
こいつ二本の脚があるくせに足元についているローラーで動いてるぞ…
時折すれ違う人は色が異なるが形状は統一されている。
この研究所で働く職員という事なのだろう。
そして、一部は物珍しそうに俺を見ていた。
「…なんだかじろじろ見られるのは気分よくないな」
「今度からわたしと御揃いのうさ耳用意しましょうか?」
「いや、遠慮しときます…」
うさ耳をつけた俺を想像するが一瞬で却下した。
流石にそれは俺に合わんと思うぞ。
しかしなんというか、俺の知る研究施設というのはもっと固く、
整備されていてどこか不気味なほどであった…というよりは
俺を異世界に飛ばしたあの場所のせいでそういうイメージがついているのだが。
ここは扉の前に乱雑に本が重ねられていたり、
壁に「この資料を募集しています」と手書きの広告が張られていたりと
かなり自由でごちゃごちゃした空間になっている。
『のって、ください。のって、ください』
「これはもしかして…エレベーターか?」
ガタガタと小さい空間を仕切るフェンスが上がり、
そこに俺たち四人と魔導人形が乗り込む。
乗り込んだのを確認してか、
魔導人形がかなり乱暴に隅に設置されたレバーを押し倒し、
それと同時に上がったフェンスがゆっくりと下がる。
次に魔導人形は別のレバーをこれまたかなり力の入ったフックで押し上げ、
そのまま四人と一体を乗せた部屋はゆっくり上昇していく。
「リフトといって、ここにしかない設備ですよ。
これが普及すれば高い建造物も作り易くなり、
更には狭い土地であっても大きな生産性を発揮する事ができるでしょう」
「本当に凄いですね、この町は…」
俺は科学に頼らず魔法や俺の知らない法則を使って、
ここまでのものを作り出すこの異世界に強く感動していた。
元の世界にいた俺は、文字通りその世界の理しか知らなかったのだ。
がこん、という音と共に少しの衝撃があり、リフトが止まる。
魔導人形が再び力任せにレバーを押し、フェンスが上がる。
『おりて、ください。おりて、ください』
指示通りに全員が出ると魔導人形も降り、そのままフェンスは下がる。
そして再び魔導人形が先行し皆を案内する。
扉も窓もない廊下を歩き、その先には大きな白い扉があった。
『フロレンツィーア博士の部屋、つきました。つきました』
扉には「本日面会につき用事の方は3階ハイディーまで」とかかれていた。
魔導人形はその扉をまるで破壊するかのように立派なストレートパンチで開ける。
いよいよもって研究区間代表に会う緊張の場面だというのに
この魔導人形が一々面白いのでどうも調子が狂う…




