26.浴室の騒乱
風呂の五カ条
・浴槽には体毛・尻尾をよく洗った後入る事。
・浴室を汚さない。壊さない。
・床が濡れていて滑るので気を付ける。
・のぼせるまで浸からない。
・熱に弱い種族は特に注意!
基本的には俺のいた世界と同じようなルールだが、
ちょくちょく尻尾とか気にしたりするのが異世界らしい。
「じゃあエル少し待っててくれな」
『できれば片時も離れたくないのですが…』
「流石に風呂の中までスマホ持ってくのはちょっとな。
そういう人もいるらしいが」
俺は服を脱いで、置いてあった籠にエルと服を入れる。
更に包帯の上からヴィエラさんに貰った謎のシートを張り付ける。
「おーすごい。ぴったりひっついてる」
風呂の前にヴィエラさんに左腕の傷を説明したところ、
彼女が近くの部屋からとってきたものだ。
少しの間だが水を弾くらしい。
「因みにどうやって作ったんですか?」
「粘液状の魔物を乾燥させて広げて、それから…」
その時の会話を少しだけ思い出す。
これ、粘液なんだってさ。
…深く考えないでおこう。
「はぁ~…疲れた……」
体と髪を無駄に泡立つ石鹸であらい浴槽に浸かる。
全身から疲れが抜けていくような感覚になり脱力する。
やっぱりこれだよこれ。
「なんか、ほんとに色々あったな…」
ずっとエルがいたので本当に一人になるのは今が初めてだ。
異世界に来てからの出来事を最近あった事から思い出していく。
最初まで掘り返すと、次は置いてきた母親の顔が思い浮かんでしまう。
「母さん…元気にしてるかな…」
父さんに続いて俺まで失った母さんの身を案じる。
どうか落ち込まず、強く生きてほしい。
「はぁ~」
そんな事を考えながら、もう一息つく。
その時、
しゅる、しゅる…
「ん、なんだ…」
何か細い物を通すような不思議な音が聞こえる。
それは湯が流れ出ているところから出ている気がする。
そちらに近づく、すると…
温水を出している口の部分。
そこから、黒い何かが這い出てくる。
『チカヅク…ナ……アノオンナ…チカヅク…ナ…』
その体は全て紙のように薄く、絵がそのまま動き出したかのように不気味だ。
俺は咄嗟に立ち上がりそこから距離を取ろうとする。
「な、なんだこいつ…!」
それはゆっくりと立ち上がり、平べったい体を広げる。
大きさは3mはあろうか。更にまだまだ出てくる。
「くそ、エル!」
ここにいると不味い。俺は急いでここを出ようとするが…
ばしゃ、ばしゃと湯に足を取られて思うように進まない。
『チカヅク…ナ……チカヅク…ナ………』
「お前が俺に近づくなってんだよ!!」
その黒い紙の巨人は俺に手を伸ばす。
明らかにあちらの方が早い。捕まると覚悟した、その時
『シュン様!』「ご主人様!」
浴室の扉が勢いよく開かれ、二つの声が響き渡る。
「エル、メイ、よかっ…」
俺は台詞をそこで中断し、その場にしゃがみ込む。
これには二つの意味がある。
1つは影が遂に俺を捉えようと手を伸ばしたので、その手を躱すため。
もう1つは…えっと…何も着ていないので……
それをメイに見られるのは流石に恥ずかしいかなって…
「ご主人様から離れろ、貴様ァ!!」
大きなタオルで胸元から下を隠したメイが風呂桶を片手に突撃する。
彼女は既にメガネをかけておらず、かつて見たちょっと狂暴なモードだ。
しかし何でタオルなんだろう。こいつ何をするつもりだったんだろう。
「エンチャント・インパクト! エンチャント・インパクト!」
素早い詠唱で風呂桶に破壊力を与える。
そのまま巨人の振り回す腕を素早く掻い潜り、一撃。
バッコォォォォォォォオオオオン!!
風呂桶が生み出したとは思えない破壊力で黒い巨人が吹き飛ぶ。
同時に耐久性に無理があったのか風呂桶がバラバラに飛び散る。
「ご主人様、お怪我は?」
「おかげで無傷だよ。ありがとう」
俺は素早く近くまでたどり着いていたタオルを腰に巻き、
手を差し伸べるメイの手を取る。
そのむき出しの胸元から肩や、綺麗な腕と素足を見るのが恥ずかしくて、
メイから目を逸らして吹っ飛んだ巨人の方を見てしまう。
『対象健在。まだ動けるようです』
「流石にあれじゃあ倒ねぇか…。次はもっと頑丈な物を買っとこう」
風呂桶に頑丈さを求めてどうするのか。
言葉遣いこそ男らしいがその容姿は少女のそれだ。
イズモやレリィならばまだ耐えられたかもしれないが、
彼女の体つきは同年代か少し上くらいなので恥ずかしさがとんでもない。
俺は今、前方の巨人と隣のタオル一枚のメイという
二つの脅威による危機に陥っている。
「流石に壁を抉り取って投げつけるのは…イワミ様に怒られるな…」
メイがとんでもないことを言っている。
やっと治ったと言っていた風呂をまた壊すのは忍びない。
「エル。ここをなるべく壊さないで倒したいんだが…いけるか?」
『勿論でございます。なんせ最新機種ですから』
画面にいくつかのアイコンが登場する。
銃、槍、剣、拳…あ、石みたいなアイコンにおすすめがついてる。
これにしよう。軽くタッチする。
『アノオンナ…アノオンナ……チカヅク、ナ…!』
巨人が態勢を立て直しこちらに襲い掛かる。
その瞬間、俺の手元になにか多面体のボールみたいなものが置かれる。
「これどうやってつかうの」
『投げつけてください』
「なるほど」
手りゅう弾みたいなものなのかな。
俺は上投げでしっかりと巨人に向かって飛ばす。
『チカヅク…ナ…! チカヅク…ナ…!』
巨人は叫びながらこちらに前進するが、
それは自分からボールに当たりに行っているようなものだ。
そして黒い巨人とボールが接触する。
『DC51アイスキャンディ。こちらの発動処理が先行します』
パッシャアアアアアアアアァァァァァン……
突如としてボールが炸裂し、そこから氷を纏った爆風が発生する。
それと同時に黒い巨人は凍結されその場に停止する。
「うわっ!」
その爆風の勢いはこちらまで来る。
俺は凍った巨人の事よりも腰につけたタオルが落ちないか心配で仕方ない。
「ご主人様、大丈夫です…」
ぱらり。
俺は大丈夫だったがメイが大丈夫じゃなかった。
しかも、メイの声に反応してそちらを向いてしまったがために…
微塵の油断もない腹とか、細くもよく引き締まった太ももとか、
その他俺の理性では描写が難しい色々が眼に入ってしまう。
「わわわ悪い、お、御見苦しいものを、あわわわわわ!!」
「ご、ごごごごめん何も見てないから大丈夫セーフセーフ!!」
俺もメイも突然の出来事にあまりに面白い慌て方をする。
当然ながらタイミングが最悪であったために色々見てしまったが
その事実はなかった事にしておいた方が懸命だろう。
しかしあれだけぐいぐい来ていたメイが
ここまで恥ずかしがるのは少し意外であった。
見るならもっと見ろと堂々と構えるものとばかり思っていたが、
彼女の羞恥心は臨界点を超えてしまったらしい。
「そ、それならよ、よかった…はは。はははは…」
「そ、そうだな…ははは、はははは」
「「あははははははは…」」
笑うしかないとはこの事だ。
エルが『あの巨人どうにかしません?』と止めに入るまで
この奇妙な空間は続くのだった。




