20.瞳の少女は語りたくない
『シュン様、そろそろ日が暮れて参りました』
「お、そうか。イズモ探して帰るか」
結局、その日は一を図書館で過ごしてしまった。
時の止まったような静かな空間で、
見知らぬ世界の様々な知識を吸収するのはとても心地よい。
「…近いうちにまた来たいな。ハーレティクスの本の事もあるし」
多分イズモは植物についての棚にいるかな。
そこまで移動しよう。俺はよいしょっと、立ち上がる。
その時、誰かと軽く当たってしまう
「あ、すみません」
「ご、ごめんなさい」
…? どこかで聞いた声だ。
細く綺麗だがどこか暗い、気の小さそうな声。
その方を向くと黒いドレスに黒い髪が…
思い出した。
「ちょっと、待った、そこのあんた!」
「ぎゃ! ひ、ひぃ!?」
俺はその女性の肩を掴む。女性が短く悲鳴を上げる。
これじゃあ完全に不審者だな。
だが仕方ない。まさかこんなところで見つけるとは。
物置で俺に愚痴ってくれた奴。
「確かイズモ…いや、イワミさんの屋敷で…!」
「な、なにかわかりませんけどごめんなさい!」
女性がこちらを振り向く。
その勢いのせいで帽子とベールが僅かに浮かぶ。
そして俺は見てしまった。
大きな一つ目の顔を。
「あっ! …すみません!」
彼女は大急ぎで帽子を押さえつけてその顔を隠す。
それは恥ずかしいというよりも、何かいけない物を見せてしまったかのようだ。
「御見苦しいものを…失礼します」
「だから待てって」
立ち去ろうとする彼女をもう一度捕まえ、放さない。
あの時はタイミングが最悪だったためその背中を見送る事しかできなかったが、
今度はもう逃がさない。
「な、なんですか! ごめんなさい! 許してください!」
「別に謝らなくていいから、俺はあんたと話がしたいだけだって」
彼女の口元が「え…?」といったように変わる。
今度はゆっくりとこちらに向かい合う。
「い…一体なにが目的なんです?」
「目的も何も、先に愚痴を聞かせたのはお前だろう。
俺はその続きを聞きたいだけだ」
俺の言葉で彼女も俺の事を思い出したらしい。
お互いに顔は見ていないがその口調くらいは覚えていた。
「な、なんで…? 私なんかの話を…?」
「何でってお前、そりゃああんな目に遭ってるなんて話聞かされたら
何とかしてやりたいと思うのが普通だろ」
机がオブジェになったり。石投げられたり。色々あったり。
それらが事実であろう事は彼女に声をかけてからの
一連の反応でなんとなくわかる。
彼女は、酷く怯えている。
「いや、けど、そんな…おかしいですよ」
彼女は恐る恐るベールをずらし、その大きな目でこちらを見る。
吸い込まれるような深い黒の瞳は俺の知るどの宝石よりも美しい。
「だってこんな一つ目…気味が悪いでしょう?」
「はぁ?」
下半身が馬だったり尻尾があったり角があったり
その他色々バリエーション豊かな世界で何を言っているのか。
むしろ目だけなら俺たちにずっと近いじゃないか。
ここの司書なんか足が根っこで体中から蔦生えてるんだぞ。
「そんな事言ったらお前…、俺なんか人間だぞ」
「え、えぇ!? に、人間!!??」
俺の自己申告で今更気づいたのか彼女は目をパチクリさせ驚く。
更に俺の頭からつま先までをキョロキョロと眺め、
やっと人間であると認識したのか再び驚く。
「ほ、ほんとに人間だ…実在したんですね……」
「人をそんなUMAみたいに」
UMAとは未確認動物、という意味である。
…まぁ確かにこの世界からしたら俺みたいな人間はUMAみたいなもんかもね。
「い、いや…けど気味悪いでしょう?
大きい目玉とか…みんな不気味っていうし…」
うーん。俺は本気でどうでもいいんだが彼女はかなり気にしているらしい。
その言い分から、どうもそのせいでこんな目に遭っている節があるようだ。
俺が出会った町の人々はみんないい人たちだからよかったが、
もし別の人々と出会っていれば俺も彼女のようになっていたかもしれない。
イズモとレリィには感謝しないとな。
「えー、そちらの方々ー」
「あ、はい」
「ひゃい」
こいつ今噛んだな。
俺の彼女の間に、根を引きずってライーサが現れる。
ライーサは俺とその女性を見回した後、
「図書館では、お静かにね?」
怒られてしまった。流石にお喋りが過ぎたらしい。
俺と彼女は一旦外に出る事にした。
勿論、逃げ出さないようにすぐ後ろに付きながら。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はシュン。
普通の人間で、最近この町に来たばかりだ」
「え、私も名乗らなきゃいけないんですか…?」
「そりゃ、まぁお互いの名前知ってないと話難いからな」
自己紹介はコミュニケーションの基本、大事。
彼女は名前を聞かれるという行為に驚いたのか、少しだけ口ごもる。
それからゆっくりと、
「ら、ライラ・スヘル・カースタです。サイクロプスの…
その…本気で嫌じゃないんですか? こんなので…」
なんかこいつ見てるとイライラしてきた。
別にライラが何か悪いことしたわけじゃないが、
あんまりにも自分を下げた態度はどうも気に食わない。
「嫌って言うならライラ。俺は恐ろしい人間だぞ?
俺と会話してて嫌ならそう言ってくれ」
「え、えぇ? 別にそういうわけでは…」
「じゃあ俺も同じだ。ライラと話してて嫌な事あるものか」
あぁそうか。なんとなく何で苛立つのかわかった。
この自分が悪い、自分のせいという態度がどうも俺と似ているみたいだ。
所謂自己嫌悪、という奴なのかもしれない。
「だからライラ、話してくれ。お前の事を。
俺はそれを知りたいし、力になりたい」
「う、うぅ…わかりました。話します。話せばいいんですよね…」
かなりごり押し気味だが何とか口を割らせる事に成功した。
これじゃあナンパより酷いなと少し自嘲してしまう。
俺はあの物置で宣言した事を少し思い出していた。
お前を絶対に引き上げる。我ながら格好つけたものだが、
その言葉に偽りも誤魔化しもありはしない。




