17.兎の少女は甘やかす
寝る前に包帯だけ変えようと左腕に巻いていたそれを外す。
傷は心なしか小さくなっており血は流れず、膿んでもいない。
痛みもそれほどでもないため、
大怪我の割に気にならなくなっていた。
「あのメイを治したスライムみたいな奴のせいかな」
『はい。あれには使用者の血液を採取すると同時に、
使用者が出血死しないよう一定の治癒を与えます』
なるほど、あれはメイを治療していたと同時に
俺の傷口も癒していたらしい。
一石二鳥、とんでもない性能だ。
『このまま包帯で保護しておけば完治するはずですが、
一応この町にもあると思われる治療の魔法が使える方に頼んでもよいでしょう』
「治療の魔法っていうと…俺がレリィを治した時に使ったグローブみたいに
あんな感じで一気に治したりできるのか?」
レリィを治療した際は恐ろしい程の血液を犠牲に、
見る見るうちに傷が塞がり、更にエルの話によれば
骨折や内臓の傷まで治していたという。
そんな事ができればこの左腕の傷くらい楽勝だろう。
『いえ。あれ程のものは流石に難しいと思います。
しかしそれでも魔法の力は強力ですから、
シュン様の怪我を治す手助けとなるでしょう』
流石にそこまでの物は難しいらしい。
武器だけでなく治療までエルは規格外だ。
包帯の付け直しが終わると俺は横になる。
今日もまた疲れた。ぐっすり眠れるだろう。
出来事をゆっくりと振り返りながら、深い眠りにつく…
また、夢を見ていた。
見たこともない石と水晶の大地。
そこに降り立った俺に次々と何かが襲い掛かる。
鉄の鳥、動く箱、爆発する筒…
それらは俺が見た事がないものだった。
俺はそれを一撃の元に粉砕すると、その場から逃げるように立ち去る。
それでも奴らは追ってくる。
俺が戦う相手はお前たちではないというのに。
巨大な水晶の塔を登ると、次は回転する羽を持つ箱が現れる。
更にもう一撃を浴びせようとした瞬間、
それらは全て空から降る熱線によりバラバラにされ、落ちる。
俺はその熱線の元を見上げる。
そこには……
…どうも、アラームより先に意識だけ目が覚めてしまった。
体が何かの気配を感じ取ったのだ。
誰かが、部屋の中に入ってきたみたいだ。
覚醒と睡眠の中間にあるせいか体は動かない。
少し油断すると眠りの底に連れていかれそうな中、
俺は根性だけで浅い覚醒を維持する。
『…何の用ですか。メイ』
入ってきたのはメイらしい。
よかった、と安堵するが彼女は音も立てず寝具の横までくる。
一体どんな技能を持っているというのか。
「ご主人様を起こしてあげようかなと」
『一時間前に来る必要は?』
「その間ご主人様の寝顔を眺める事ができるので」
『あー。まぁ理解はできますね』
何故そこで理解の一致が行われるのか。
どうもメイが俺と誓いをしてからエルは彼女に優しい。
というよりはメイがエルと同じような価値観を持つようになったのだろう。
『しかしシュン様は敏感ですから、起きてしまうかもしれませんよ』
「その時はその時でわたしが添い寝して二度寝させてあげます」
『わたくしにはできないサポート…』
やめろ、そんな事をすると逆に眠れなくなる。
俺はまだ高校生のガキで落ち着いた御爺ちゃんじゃないんだ。
興奮は眠りを妨げるという事を知ってくれ。
俺を起こしてはいけまいと、二人はそれ以上話さなかった。
そんな沈黙の中で俺の精神が耐えきれるはずもなく、
再び眠りに落ちていく。実質的な二度寝である。
ピピピ…ピピピ……
「ご主人様お早う御座います。朝ですよ」
「あぁ、お早うメイ、エル…」
少し眠るとエルがアラームを鳴らし、
メイが優しく揺さぶってくれたことで完全に起きた。
「あら、驚かないのですね」
「入ってきたときに少しだけ起きてたから…
まさかずっといるとは思わなかったけど」
「起こしてしまっていましたか…申し訳ありません」
そんな事で謝られてもこまる。
俺は別にいいよと一声かけると、そのままメイは元気になった。
切り替えが早いことはいいことだと思うよ。
「それでは、早速着替えましょう」
メイはいきなり俺を脱がせに来た。着替えは彼女の右腕にかけられている。
寝起きで足掻く気力のない俺は
完全に全身着替えさせられるまで何もできなかった。
…このままだとどんどんメイに甘えそうで不味いと思う。
流石に次からは自分ですると伝えよう。
朝食の席は俺が一番乗りだった。
とは言ってもイワミは自室で取り使用人たちは既に済ませているそうなので
実質後にはイズモしかこないのだが。
俺があの蟻の臓器を煮たスープ(結構おいしい)を飲んでいると、
イズモが眠そうな目をこすりながらやって来て、
「…うん? あれ……あぁ、なるほど…
そうか、メイ。お前もか…」
俺の後ろで待機しているメイを認識してそう言った。
やはりアサマさんが驚き過ぎただけなのだろうか、
イズモは状況を把握するとそのまま俺の前に座る。
「お早う、イズモ」
「おはよう、シュン。
…いやぁレリィの次はメイか…今日はわらわかもしれんな」
何を言っているのかわからんがイズモは覚悟を決めている。
彼女を眺める俺に向かって、イズモが一言。
「なぁ、流石に母上を口説くのはやめてくれんかのう?
ちょっと気まずいというか…父上に悪いというか…」
「お前は何を言っているんだ」
イワミさんとは友人というより既に部下上司みたいな感覚だ。
これ以上親密になろうとするには相当の勇気がいる。
そして当然ながら俺はそんなもの持ち合わせてはいない。
俺とイズモは朝食を終えると、早速図書館に行く準備をする。
「何か持っていくものは?」
「借りた本と知識欲と探求心、あとは掃いて捨てる程の時間じゃ」
「なら問題ないな」
時間ならいくらでもある。
悲しいことに無職だからな。
「それでは行ってくるぞ」
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。ご主人様、イズモ様」
見送りに来たメイと挨拶を交わし、二人は屋敷を出た。
図書館はかなり近くにあるらしい。
俺は何かとよくしてくれている背の小さな狐耳の隣人に心から感謝しながら、
短い道のりをゆっくりと歩いていった。




