16.狐の少女のお土産
イワミへの報告を終えた俺はとりあえず腹が減ったので夕食を取ることにした。
メイは壊れた武器の事があるとかで別の部屋に用事が
あるらしいとのことで一旦別れ、一人で食事へ向かう事にする。
「おう、シュン。帰っておったか」
そこには先客がいた。イズモだ。
昨日会えなかったので一日ぶりになる。
「噂は聞いておるぞ。魔獣を気絶させて片腕で持って帰ったらしいな」
「どこまでねじ曲がれば俺が怪力超人になるんだ…?」
俺の反応を見てイズモはふふふと笑う。
元気そうだが、どこか疲れも見える。
そういえば昨日も夜遅く帰ったと聞く、何をしていたのだろう。
「なぁイズモ、昨日は…今日もかもしれないが、何をしてたんだ?」
「ちょっと調べものをな。図書館にまで行っておったのじゃ」
図書館。この町にはそんな施設まであるのか。
いや、考えてみれば不思議ではない。
イワミのように高い教養を感じる者もいるし、
エルだってメイドとしての礼節を持って接している。
となればそういった知識を蓄える場所があってもおかしくない。
「あぁそうじゃそうじゃ。今日は興味深い本を見つけてな…
シュンに見せようと思って借りてきたのじゃ」
彼女は隣の椅子に置いていたらしい鞄から一冊の本を取り出す。
それは茶色い包装がされており、タイトルなどは書いていない。
…少し触ってみると、硬い粘土のような、ガラスのような、
不思議な感触がする。
「…これって木から作ってないのか」
「ある魔獣は薄く剥がれる結晶を持っておってな。
それを剥がして文字を書いておる」
俺の知っている本とは大分製造法が違うらしい。
しかし魔獣というのは本当に便利だな。
…便利すぎて、本来あるべき発見を見逃してしまっている気がするが。
俺はその本をゆっくりと開く。
大きなイラストの周りに所狭しと文字が書かれている。
それは何かの日記…いや、観察記のようだった。
使用している文字ははやり俺のいた世界のものと一緒だ。
異なった世界で同じ言語が使われているのはやはりおかしい。
これについて追及したいが…
「なぁ、お前らのこの文字や言葉ってどれくらい昔からあるんだ?」
「知らん。わらわの祖母の代よりずーっと昔から使われておるはずじゃ」
これだからちょっと調査のしようがない。
余裕と何かヒントが掴めれば調べてみよう。俺は課題を後回しにした。
ぺら、ぺらとゆっくりページを捲っていると、見覚えのある花があった。
「これは…チューリップか」
チューリップの花の種類や球根のスケッチなどが描かれている。
これを見る限り、やはり少し前にエルが言っていたように
こちらの世界にも俺がいた世界と同じ植物が生息しているようだ。
「やはり知っておったか。これはシュンの故郷にもある花なのじゃろう?」
俺の心を読んだかのようにイズモが話す。
というよりは予めそういう反応を得れると思ってこれを渡したのだろう。
「そしてこの先の…このページにな、ほれ」
「これ…トウモロコシじゃないか!」
そこにはトウモロコシの詳細なスケッチが描かれていた。
俺の知っているものに比べて少し細く、形も崩れて実も小さいようだが
それはまさしくトウモロコシだ。
他にもページを捲ると、様々な俺の知る植物が紹介されていた。
イズモは興味深くそれを見る俺に近づく。
「ここまでシュンの知っている植物があると、
…あれも、ありそうじゃないかの?」
「…な、なにが?」
「カカオじゃ! ちょこれーとの原料じゃ!」
彼女は大きな声でその名を叫ぶ。
俺は今更ながら、エルがこの前カカオを紹介したと同時に
飛び出した事を思い出していた。
「残念ながらそこには載っておらんかった。
しかし! ここまでシュンの故郷にあった植物があるのなら…
かならずカカオもこの広い大地のどこかにあるはず!」
野望を語るイズモの目は輝いている。
豊富な食料に恵まれた場所から来た俺にはあまり実感がないが、
この世界では魔獣が食料の大半であるため
嗜好品の類が殆ど存在しないようなのだ。
それを踏まえると、イズモのこの熱も納得がいく。
しかし、そこにだけ集中するのはあまりよくない気もする。
「別にカカオに拘らなくてもいいんじゃないか?
他にも、このコムギって奴かなり強いぞ」
「そ、そうなのか? そういえばパンになるとも言っておったの…」
「まずは作物を育てる環境を作ってから、
色々と種を探してみたらいいんじゃないか?」
イズモも少しチョコレートに魅せられすぎていただけで、
落ち着いて考える必要があると俺は考えた。
そもそも、彼女を狩猟採集の生活から栽培へと変革させようとしているのだ。
その姿勢はとても素晴らしいものであるし、俺は全力で応援したい。
「しかしこの本、凄く丁寧にかいてあるな…
単純に読み物としても面白い」
「シュンも本に興味が湧いたか?」
イズモの問いかけに短くあぁ。と答える。
それは紛れもない本音であった。
他にもこういった本があるならこの世界のことももっと知る事ができる。
それは俺がこちらの世界に受け入れて貰うだけなく、
自分からも歩み寄る事ができるのではないか、という期待も孕んでいた。
「じゃあ、早速明日行ってみるとしよう!」
「え!? いいのか?」
「勿論じゃ。どうせあそこには司書の奴しかおらん。
万が一誰かにあっても噂を聞いておれば悪いようにはせんじゃろうて」
この思い切りの速さが実にイズモらしい。
しかしこれはこの世界について知る又とないチャンスだ。
俺もその提案に乗り、明日の約束をした。
知らない場所の地理や生物、培った経験や物語…
俺はそんなあれこれを、子供のように楽しみにしていたのだった。




