15.狐の母親は謝罪する
「イワミ様、メイ帰還しました」
「お帰りなさい、メイ。どうぞ」
メイがイワミの居室の扉を開ける。
扉を持った状態で待機するメイを見て、
お前が先に入れという意味を察した俺は
少し緊張しながらも姿勢を正し入る。
「あら、まぁ…」
その動作とメイの首輪でイワミは全てを把握する。
ついさっき衝撃で色々崩壊した人とは凄い違いだ。
これが格の差というものだろうか。
「メイ、あなたも遂に主を見つけたのね。よかったわ」
「有難う御座いますイワミ様。
これよりわたしはご主人様に全てを捧げる所存。
ですが、イワミ様への忠義に変わりはありません」
膝を付き恭しく礼をする。
つまりは、あれか。
雇用上の主はイワミのままだが
心は別の主に捧げるとかそういう意味なのか。
その別の主が俺でなければもうちょっと冷静でいられたのだが。
「最近はムーンラビットの誓いを
行う相手が見つけれない方も多いから…」
礼をするメイを見るイワミの眼は優しい。
それはただの雇用関係ではなく、
家族や親族へ向けられるものに俺は見えた。
「しかもメイは凄く優秀で強いから
相応しい相手が見つかるか不安だったけど、
貴女の選んだ相手ならきっと安心ね」
イワミは俺を見る。
その眼はさっきメイを見ていたものと一緒だが何か意思を感じる。
わかった、この人は目だけで
「お前メイを不幸にしたら許さんからな」と伝えている…
メイが顔をあげ、立ち上がる。
ほんの一瞬、沈黙ができる。
流石に黙ったままではいられない。
「…メイが俺を選んだ以上、俺はその役割を全うします。
頼りないし、欲張りな上にビビりだけど、それでも…」
これはメイの評価だ。俺も大体あってると思う。
ちらりとメイを見る。
馬車の中で気まずかったり武器を向けられたりしたが、
こうして仲良くなれて本当によかった。
「最後には仕え甲斐のあるいい奴だったと、
思って貰うくらいにはなってみせる…つもり、です」
これ今更気づいたがあれに似てるよな。
あの娘さんを僕に下さいって親に挨拶する奴。
それを意識するとなんだか緊張の度合いが一気に増してきた。
口を開く前に気づかなくてよかったと本気で思う。
「そう。わかったわ…
シュン、メイを大切にしてね」
イワミはニコリと微笑む。
この微笑みにもやはりさっきと同じようなメッセージを感じる。
怖くないのにとっても重い。こんな笑顔は初めてだ。
ふと隣を見ればメイの凄く幸せそうな微笑みがある。
俺の宣言みたいなものが気に召したらしい。
それならよかった、俺は少しだけ楽になった。
「ではイワミ様、報告を行って宜しいですか。
…少し驚かれるかもしれませんが」
「ただの魔獣の調査だけでは済まなかった事は
あなた達を見て把握しています。
どうぞ、全て話してください」
「それではまずは…」
俺はここでどこまで話すのかメイに全て任せていた。
主にハーレティクスの件についてだ。
俺がハーレティクスを倒せるとして、イワミがどう扱うか
それはイワミをよく知るメイに託すべきだと判断したのだ。
メイは本当に何もかも話した。
調査という名目で俺を巣の奥まで連れ込みついでに女王蟻も倒した事、
その後俺と戦闘になる直前でハーレティクスの攻撃を受けた事、
巣が爆発して吹き飛んだ事、メイが単身ハーレティクスに特攻した事…
「そして、ご主人様はハーレティクスに一線、
その姿の凛々しさといったら比類なく…
散る血潮の一滴一滴までが絵画を彩るかのように…」
『それすごくわかります』
「メイ、話進めない? あとエルも混ざらない」
過剰に俺が美化されている事意外は端的に出来事を説明した。
正直あの時の俺は血まみれ泥まみれで見れたもんじゃなかったと思う。
それを最後まで聞いたイワミは驚きを隠せない、といった表情だった。
「…いえ、私はてっきりメイとシュンで決闘の末こうなったのかと……」
「まさか。ご主人様の手にかかれば今頃わたし巣の下敷きですよ」
「いや、何があってもそんな事するわけないだろ…」
「そうです。しないからわたしご主人様の事大好きなんですよ」
メイの発言に突っ込んだらとんでもないカウンターが返ってきた。
主従関係のものとはいえ、
そうストレートに好意を伝えられると恥ずかしくなる。
「しかし、ハーレティクスをですか…
もしやイズモとレオノールを襲ったものも?」
「はい。あの時は俺の行動が遅かったせいで
二人を傷つけてしまいましたけど…」
今、同じシチュエーションでハーレティクスに出会っていたとしても
レリィやイズモが大怪我をせず倒せていただろう。
俺がエルの使い方を知らなかったせいで彼女たちは傷ついたのだ。
そんな事を考えていると、メイが上着の裾を引っ張っている。
俺がそれに気づくと彼女は顔を近づけ小声で言う。
「そういう、悪い方に悪い方に考えるのご主人様の悪いところですよ。
そこはお前の娘と友達助けた上にゴミ掃除もしといたぞ感謝しろ…
くらいの事言うので丁度いいんですよ」
「それイワミさんに言う勇気ある? 俺はないよ」
「うーん、ちょっとわたしも無理かな…
けどもっと前向きに考えていいですよ」
それだけ言うとメイは元の立ち位置に戻る。
整理がついたのか、イワミの表情は朗らかなものに戻っていた。
「シュン、あなたには一つ謝罪しなければなりませんね。
あなたが人間であるという事だけでメイに監視させていました」
「更にそれは疑いに変わり、メイに真偽を確かめさせるために
今回の調査を依頼したのです」
そこは巣穴の奥でメイから聞いた通りだった。
あの時は結構なショックを受けたものだが。
「強すぎる力を持つ故の不安と無理解への恐怖。
それを察する事のできなかった私はあまりに愚かです」
「そんな、俺も隠そうとしていたのは事実で…」
「許してくれ、とはとても言えません。
しかしあなたが機会を下さるなら…私はそれに精一杯答えましょう」
別にいいですよ気にしないで。とは言えない空気だ。
恐らくは俺が許す許せない以上に彼女が自分自身を許せないのだろう。
ならばこれ以上は彼女の問題だ。
俺は彼女が自分を許せるよう協力するしかない。
イワミはすっと立ち上がると、机からこちらに歩いてくる。
彼女は背は同じほどだが狐耳の分だけ俺より慎重が高かった。
その姿が深々と頭を下げ、礼をする。
「そして…イズモとそのレオノールにメイまで助けて頂き、有難う御座います。
また、我らが宿敵の二度における討伐…重ねて、感謝を」
俺は頭を下げる彼女を止めれなかった。
強い意志と感情が伝わった礼を止める事こそ失礼に思えたからだ。
彼女は頭を上げるといつものように優しい笑みを湛えていた。
ここで心配性な俺はつい聞いてしまった。
「あの…その、俺はまだここにいても?」
「勿論、これからもこの屋敷を自由に使って頂いて構いません。
指示しなくても勝手にするとは思いますが、
メイも専属の付き添いとしてつけましょう」
そうか、また昨日までみたいに過ごせるのか…
それに気づくと、なんだか安心感と嬉しさがこみあげてくる。
一日二日いただけなのにこんなに愛着が湧いたのか。
それともイワミ達に受け入れられた事が嬉しかったのか。
俺はその判別もつかないまま、
ただ一言有難う御座います、としか口にできなかった。




