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12.兎の少女は仕えたい

俺はハーレティクスが完全に消滅したことを確認すると、

急いでメイの状態を確認する。


「はぁ…、はぁ……」


左腕が焼き切れ、大量に出血している。

メイは苦悶の表情を超え、既に力尽きようとしていた。


「な、なんだよこれ…!」

『シュン様、急ぎ破損した腕を回収してください!』


俺は周囲を見回し、メイの腕を取りに行く。

それは暖かく、ついさっきまでメイだったものだ。

両手で大切に抱え素早くメイの元まで戻る。


『この状態を解決できる方法は限られています。

 しかし、シュン様とわたくしならば可能です』

「当然だ、やるぞ!」


エルが表示した箱のアイコンをタッチする。

すると近代的なデザインの白い箱が現れ、それはゆっくりと開く。


『No.error次元歩行者の肉』


ズイィ…と、這い出るように中から白い何かが降りてくる。

液体のような、生物のような、その正体を俺は掴めない。


それはメイの肩と左腕を繋ぐとそのまま停止した。


『シュン様。こちらの起動にもシュン様の血が必要となります』

「血か? 任せろそんなものいくらでも出してやる」


俺は左腕に巻かれた、血で染まったスカートの裾をほどく。

するとハーレティクスに射抜かれた傷口から次々と血が滴り落ちる。

そのまま傷口を白い物体に押し付ける。

瞬間、激痛が走る。


「うぐっ!」

『血管に侵入し直接血を採取しています。

 申し訳ありませんが少しの間我慢してください』

「あぁ、これくらい…なんともない!」


血管を何かが逆流するような感触が左腕全体に広がる。

しかしこの程度の苦痛は今のメイの状態に比べれば何でもない。


その物質は俺の血を受けると大きく動きだした。

表面に赤い筋が浮かび出てメイの左腕と肩を繋ぐ。

更にそれらはゆっくりと近づいていく。


「なにを、してる……?」

「気づいたかメイ! 今助けてやるからな!」


メイはまだ生きている。

今の俺にとってそれはとてつもなく嬉しく感じた。


「う、ぐっ!」

『切断された神経と血管を接続します。

 大きな痛みを伴いますが耐えてください!』

「しっかりしろ、メイ! がんばれ!」


彼女の目から大粒の涙がこぼれる。

俺は自分が受けている痛みさえ忘れひたすらにメイを応援した。

こうしてただ血を使うことしかできないのが歯がゆい。


「お前は強いんだろ!? これくらいなんでもないはずだ!」

「あ、あ! 当たり前、だ!」


俺の鼓舞に彼女は答える。

きっと凄まじい痛みに耐えているだろうに、彼女の精神力に感服する。


『…接続シークエンス、終了。

 以降は時間経過により一体化します』


メイの表情が安らかなものとなると同時に、

俺の左腕からその物質が離れる。


…山場は乗り越えたらしい。


「もう、大丈夫なのか?」

『はい。問題ありません。…メイは、助かりました』


やった、のか。

俺はいまいち自覚が湧かない。

何となくふとハーレティクスがいた方を見…


「ギー、ギー」


何を、している?

蟻が消滅しそこねたハーレティクスの破片を食んでいる。

そこまで認識して、俺は理解を超えた範囲でその行動に恐怖する。

しかもあの蟻は俺に噛みついた奴と同一個体だ。


頭の中で何かと何かが繋がろうとしている。

どこかで引っかかっていた疑問点に対して、あの蟻が最も解に近い。


「ギー!」


俺に見られていることに気づいたのか、その蟻は逃げ出す。

それに合わせて真相にたどり着きかけた俺の思考も霧散した。


「ぐ、う…」

「メイ、大丈夫か?」


辛そうに起き上がるメイを支える。

彼女は土埃と血と甘い香水の匂いがした。


メイはポシェットから眼鏡を取り出し、それをかける。

戦闘は終わった、という事だろうか。


「…あなたが、全部やってくれたんですね」

「メイがいなかったら勝てなかった。本当に、有難う」

「まったく、もう…」


彼女はそのまま座り、俺と向かい合う。

その表情は何故か少し緊張しているようだが、優しい。


「わたしが勝手に勘ぐっていただけで、

 あなたは本当に単純で、まっすぐな人だったんですね…」

「ただ単に難しいこと考えるのが苦手なだけだよ」


彼女は座ったまま、深く頭を下げる。


「度重なる無礼、どうかお許しください」

「そんな、謝る必要なんてないぞ。

 俺だっていらない隠し事をして無駄に迷惑かけたんだ。

 俺も許してくれ…、すまなかった」


それを聞くと、何か取り出すメイ。錠前のついた首輪のように見える。

彼女は迷わずそれを首につける。

かちゃりという軽い音が天井のない洞窟に響く。


「…どうぞ、これを」


小さな金色の鍵を渡される。

その行動の意味がわからないが、これでその錠を閉めろという事だろうか。


「えっと、これは…」

「はやく」


急かされるままに俺はその鍵穴に差し込む。


「んっ…」


メイが色っぽい声を出すがそれに興奮する体力はとうの昔にない。

そのまま右に回し、かしゃん。という音で鍵がかかったと確認する。

ゆっくりと抜くと、メイが恥ずかしそうな笑みをこちらに向ける。


「これで誓いは完了しました、ご主人様」

「えっ」


俺の脳は超高速でこの塔(跡地)に入る前に

ケンタウロスのお兄さんにかけられた言葉を思い出す。


「首輪がないからチャンスあるぞ!」


それはこういう意味だったのか。

いやしかし彼女はイワミの下で働いているわけで。

錯綜する思考の中、とりあえずキャンセルできないか聞いてみる。


「い、いや流石に急すぎるというか理解が追い付いてないというか」

「もう、ご主人様はいざという時以外はほんとにヘタレですねぇ」


おろおろする俺からメイが鍵をぶんどる。

そのまま指でつまみながら、


「バニッシュ」


鍵は哀れ爆発四散。

メイの得意げな顔だけが目に焼き付く。


「手が滑って鍵を消し飛ばしてしまいましたが」

「手が滑ってってあの」

「これで、わたしの誓いは誰にも外せません!」


何かメイが元気だし楽しそうだからそれで良いんじゃないかな。

とても人間関係が変わりそうな事が起きている気がするが、

殺し合いをするような仲よりはずっとマシだ。


あぁもう一つあったわ。とメイは俺を立たせる。

俺はされるがままに右手を差し出し、

彼女はその甲に口づけをする。


柔らかで少し濡れた唇の感触が伝わってくる。

流石にこれが何を意味するかは俺でも知っている。


「わたしの全てはあなたのために。わたしの未来はあなたと共に」


ユーザー登録を終わらせた直後のエルを彷彿とさせる。

あの時もこんな形で誓いを立てていたはずだ。

そのままの姿勢でメイは顔をあげる。


「はい。これでわたしは一生、死ぬまでご主人様の奴隷です。

 どうぞこき使って下さい。どうぞ好きにして下さい。

 ご主人様の望むこと、ためになること、なんでもいたします!」


今までメイから向けられた中で最も明るく、

屈託のない笑顔がそこにはあった。

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