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side標的 ドキドキ密着追跡劇

 入浴中何気なく水蒸気で曇った窓の外を眺めたら、突然下世話な思考が流れ込んできた。

 どうして夜の庭を、しかも浴室は二階にあるにもかかわらずその高さを眺めたら心の声が聞こえてきたのか。その理由などすぐに思い至った。


 あの助平女が俺を覗きに来ているのだと。


 肉眼では暗く距離があるので本当に木の上にいるのかは目視できないが、この視線の延長線上に必ずいる。オペラグラスか何かを使っているんだろうがそれ越しに目が合っているに違いない。そうでなければ伝わるはずがないからだ。


「……くっ、俺の裸を代償なしに見れると思うなよ!?」


 どこまでどう見られたのかはわからないが、何だか無性に不公平感が膨れ上がって怒りにも似た沸騰する感情が爆発した。


 咄嗟に手近なタオル一枚腰に巻くや窓から飛び出していた。

 ふっ、よもや俺もタオル一丁で夜の庭を駆けることになろうとは想像もしていなかったよ。最早立派な変態だ。変態妻と変態夫である意味お似合いな俺たちは何を目指しているのか……いや何も目指してなどいないっ。


 これは俺のせいではないっ、不可抗力だっ。


 ああくそっ、絶対に捕まえて泣かせてでも反省させてやる!


 追跡中誰か他の者にこの姿を見られる可能性もあったが、逃がす方が痛手だと感じていた。

 これ程衝動的に動いてしまったのは、これまで溜っていた鬱憤のせいかもしれない。

 音と気配を頼りに距離を詰め、途中勝手に野生人な妄想をされ、うっかりコケそうになったが何とか持ち直して追いかけた。

 俺はそんな節度ない男ではないと訂正もしたかったのもあり、本気で追いかけた。


 俺の方が速かったのは良かったよ。

 追い付いた彼女は全身黒い出で立ちで覆面までしていた。暗殺仕事時の服装なのか動きやすいパンツルックだ。しかし高貴な淑女がよくもまああんな体の線のわかる格好ができるなと皮肉気にすら思った。


「捕まえたぞ」


 逃がさないよう後ろから腰を抱き寄せ、もう片手では喉を押さえて下手な反撃も封じた。

 何故か彼女はビクンと体を震わせて硬直した。緊張しているのは俺に捕まったからだろう。

 ただ、この時になって俺もようやく冷静さが戻ってきて、彼女の衣服が極めて薄いのに気が付いた。まるで薄い下着一枚だなこれは。

 しかし嘘だろ、暗殺者は活動時にこんな薄布で動き回っているのか? 破れたらどうするんだ。羞恥心はないのかと今の自分自身の格好を棚に上げて愕然とした。


「おい覗き魔、正直に白状しろ、どこまで見た? 全部か?」


 大事なことは聞いておきたかったので姿勢を変えないままに問い詰める。拘束する手に少し力が入り指先が食い込んだ。ほとんど感触的には彼女の柔肌に近いのと、こちらも上は裸なので体温がもろに伝わってくる。

 何だか被害者の俺がエロいことを仕掛けているようで罪悪感のようなものが湧く。しかし臆するわけにはいかない。

 すると彼女が俯いて体を震わせる。はん、今更怖くなったのか?


「何故答えない?」


 俺だけ見られたままで悔しいと思いつつ、おとがいを掴んで上仰かせ、身長差からその角度で彼女の目を真っすぐ見下ろした。


『えっやだやだやだやだこんなの裸密着同然よーっ。ああもうこれ着てくるんじゃなかったわ。でも体温もそうだけど筋肉の張りとか骨張った所とか背中にダイレクトに感じられて至福っ! それにタオル一枚越しの下半身ってどうなのよっ。キャーッどうしようっ見えはしなかったけど、もっと凄い体験だわこれ~っ。ってあああ今はどうにか逃げないと駄目でしょあたし! 覆面で目だけだし暗いから瞳の色までは判別できないはずよ。声も上げてないからまだ正体はバレてないはず、隙を見てどうにかしないと……!』


 ふぅ……俺は対応を誤ったのか? 確かにこの密着は普段なら色々とまずいが、今は別だろう。しかも何だ、彼女は正体がバレていないと思っているのか。楽観的に過ぎる。

 本当にプロの暗殺者なのか? 俺からすると自称だし実際のところは俄かなのでは?


「おい聞いているのか?」

『ひゃあんっ、直接響く声の振動がぞくぞくする~。それにこんな裸で抱き合ってるみたいな状況嬉しいけど恥ずかしいのにっ、だけど明るくなくてよかったあぁ。昼間ならスケスケだものこれ! 全身が薄ら見えちゃうもの!』

「――っ」


 危うく手を離しそうになった。この女は何て服を着てきたんだよ! 夜だから見えないし俺に捕まるとは考えてもいなかったんだろうな。もし俺以外の男に捕まったりしたら……。


 考えたら腹の底に熱した石でもあるみたいな気分になった。


 改めて近くで見るとなるほど肌の色が半分透けているのがわかる。レースを身に纏っているも同然だなこれは。暗さに目が慣れたのもあるが俺は夜目が利く方なんだ。だからバッチリ見える。


 ――って!?

 急いで目を逸らした。


 見える、それはつまり現状下だと彼女のボディラインがまんま把握できてしまうということだ。捕まえることだけしか考えていなかったせいでかえってこの状況に狼狽してしまう。肩も胸も腰も脚も体にピッタリの服なのが目に毒だ。さすがに下着は付けているようだが、男なら一度は拝みたい理想の体型をしている。

 俺はどうするべきだ?

 無意識に腰の手が動いたからか、彼女が微かな吐息とともに体を小さく震わせた。擽ったく感じたんだろう。


『うぅっ、旦那様の熱くて大きな掌が撫でるから……っ、ドキドキし過ぎてこのまま溶けそうよ。逃げたいのに力が抜けそうなんだけどどうしよう~っ』


 ……変な気分になりそうだ。いや半分なっている。これ以上は俺もまずいかもな。


「くそっ」


 解放してやった。

 こんなタオル一枚でなかったらきっちり拘束していたところだ。運の良い女め。


「覗き魔、二度目はないと覚えておけ」

『へ? 見逃してくれるのこれ!? え? ええ?』

「何をボサッとしている? 捕まりたいなら別だが」

『――っ、ありがたく逃げます!』


 彼女は直後、颯爽と夜の闇に姿を消した。


「……全く、世界一厄介な嫁だよ」


 体温が追いかけたせいだけではない理由で上がっていた。

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