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side暗殺者 得手不得手の妙

 結婚して一向に標的を暗殺できないままもう三か月。


 さ~ん~か~げ~つ~……って我ながら嘘でしょ~って思うわ。

 こんな失態あたしの暗殺者歴じゃ前代未聞よ。


 国王陛下から依頼された時は長くても精々半月あれば任務達成できるかと踏んでいたのになぁ。


 政略結婚だし甘いスキンシップは何もないのは想定内として、旦那様は妻のあたしに対して本当に靡かない。名門貴族の令嬢は無駄にプライドが高くて少しでも優しくすると付け上がるとでも思っているのかしらねぇ。


 彼は領地に魔物が出たと報告があれば、即刻兵を率いてそちらに向かい数日家を空けることなんてザラ。

 今日だって数日の魔物討伐から帰ってきたところよ。


 彼も大公家の兵士たちも血みどろで、出迎えた使用人たちは大わらわでお湯だ水だ風呂だと忙しくしている。彼らは主君たちが魔物の血に汚れるのに慣れているとは言っても、その顔色には隠し切れない恐れや戦慄が滲んでいた。さもあらんよね。


 一方、あたしは平然としてそんな様子を眺めたわ。魔物を倒すのなんてバレンシア家じゃ珍しくも何ともないもの。

 そうは言っても、何もあたしだって最初から血生臭さに平気だったわけじゃないわよ。暗殺一家の一員として精神が壊れ血や死体が平気になるまでは、彼ら以上に怯えたわ。

 言っちゃうと、人相手よりも先に魔物を殺したわ。そうやって殺しに慣れさせられたの。ま、あたしだって好きで殺したわけじゃないけども。


 懐かしくうちの暗殺者育成方針なんかを思い返したりしながら、あたしは旦那様へと近付いて清潔な濡れたタオルを指し出した。


「討伐お疲れ様です。入浴の用意はすぐにできるでしょうけれど、まず先にお顔の血を拭いて少しでもスッキリなさっては?」

「…………」


 彼は濡れタオルを受け取ったけど何故か不思議そうにじっとあたしを見つめた。その眼差しには感心とか共感めいたものがある気がしたけど、きっと気のせいよね。

 でもいつまで見つめられればいいのかしら?


「旦那様、何か?」

「あぁいや、魔物の血を嫌がらないな、と」

「ええ触り慣れ……いえそこそこ見慣れていますから」

「……そうか」


 あっ、うっかりしてたわ。ここは平気じゃないけど旦那様のためならと平気なふりをする健気な妻を演出して点数を稼ぐ絶好の機会じゃないのっ。


「あっ、ですけど全然平気でもなくてっ、頑張って全然平気なふりをしているだけですぅ。旦那様はその血を拭う余裕もなく戦ってきて下さったのですもの。血が怖くてもわたくしもそれくらいは耐えないとぉ、と思いまして!」

「…………へー」


 ん、あれ? 急に呆れたみたいな半眼に? 健気さがまるで伝わってないみたい。まあいいわここまできたら長期戦を覚悟の上だしね。

 彼ははぁと一つ溜息をつくと、無言であたしの手からタオルを受け取って顔を拭く。


 あら、あらら? 意外、使ってくれた……っ。ああ良かった最高級タオルを用意してきて~。実はそのタオルには旦那様ラブって刺繍がしてあるんだけど、そこまでは気付かないかー。まあいいわ。

 これって一歩前進だものね?


 すると彼は急にタオルを広げた。あたしが苦労して付けた血文字が……じゃなくて指に針を刺しちゃって生地に血が付いたのを誤魔化すように刺繍した幾つもの小花と、メインの文字の刺繍が露わになる。

 一応補足しておくと、一度ちゃんと洗って血は落としてあるし清潔なタオルよ!


「…………」

「…………」


 彼はじっとタオルを見つめてから、次にあたしを見つめた。主にまだ傷テープを巻いてある指先を。まさか裁縫超下手くそなのを気付かれた!? これでも不思議と毒針の扱いだけは暗殺者の性なのか、はたまたあたしの天職だからなのか間違ったことは一度もないんだけど。


「その手を見るに、針仕事は不得意なんだろう? 慣れないことはするな」

「は、い……?」


 はあああああ~!? めちゃくちゃカッチーンよ。何よ何なのよっ、頑張って作ったのにっ。気に入らないなら受け取ったりしなきゃいいのにっ。

 だけどねえ、苦労して表情を取り繕ったわよ。

 あたしを追い出したくてこんな冷たい態度を取るのはわかってるけど、今はあなたのその目論みが上手く行ったわよ。ふんっ。

 どんなに顔が好きでも今日はもう顔を見たくない。


「旦那様、それでは湯浴みの準備の進捗の方を見て参りますので、失礼致しますわ」

「あ……」


 自分でも勢い付け過ぎたかなってくらいの速さでくるりと回れ右をして颯爽と歩き出す。

 その際髪の毛先に何かが触れた気がしたけど、振り返る気も失せていたからそのまま足を動かした。

 頭にきていたせいか、屋敷建物に入るまで一度も後ろを見なかった。


 タオルは拭いたらどうせ血で汚れたからと捨てられるんだろうし、あたしも刺繍しながらそれは見越してはいた。

 はあもう、わかっていたのにね。少し神経質だったかもしれないわ。顔も見たくないなんて思うなんて。ってなわけでもう蒸し返さない。今はもう顔だって見たいしね。


 一日でも早く親密になるためにも次の手を講じていかなくちゃ。レッツポジティブよ!


 あ、そうだわ、この後お風呂で背中を流すなんてどう? まだ見ぬ逞しい背中の筋肉さんたち~あたしをウェルカムで待ってて!

 肌に直に触れるなんてより親密になれるチャンス到来だもの。

 くふふふ、だへへへ。

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