side暗殺者 任務成功は回り道から
ブラッドリー大公家の水面下の政敵王家からの突如としての結婚命令だったので、旦那様たる大公がこの政略結婚に否定的なのは元からわかっていた。現に予想通り初夜はなかった。
向けられる冷たい眼差しや素っ気ない言動も覚悟はしていたわ。
だけど、心構えがあったって腹の立つものは腹の立つものよね。
完全無視され、食事もお茶も寝室だって一度くらいは一緒にとお誘いしても、何事もお返事は却下。それも直接本人からじゃなくて使用人から伝えられる始末。
本当に冗談じゃなく、一月の間ろくに顔すら合わせなかったのよね。
あいつめ、今すぐ殺しに行ってやろうかしら……!
なーんて何度思ったか知れないわ。あははっ。
でも、大変厄介にも、オペラグラスで遠くから盗み見ても旦那様はとても、ううんとてつもなく素敵だった。
ご尊顔もそうだけど、背が高く脚の長いスラリとした体躯も、剣帯ベルトで余計にきゅっと締まったウエストも、体幹のしっかりとした均整の取れた筋肉さえも芸術的。
ああっ全てがハイスペック!
彼の容姿は好み以外の何物でもない。たとえ性格が超絶悪くてもいびきが怪獣の鳴き声レベルでも足がめっちゃ臭くてもほだされちゃう良さだわ。
あたしは一日一日を過ごしながら、いつどうやって暗殺しようか計画を練るに当たって、結局は練っている途中で脳内に溢れてどうしようもなくなる彼の怒涛の魅力に負けて頓挫するってのを繰り返していた。特にオペラグラスを通して半裸を見た時なんて妄想が大爆発よ。向こうは距離もあったし鍛錬に夢中で気付いてはいないけど。
それでも結婚から一月、覗き見るだけで何もしないでいるのは暗殺者として名折れだわってハッと我に返ったからこそ、問答無用と押しかけたってわけだった。事前に約束を取り付けようとしても断られるんだから、強行手段に出るしかないでしょ。
とは言え、今日はまだ暗殺するつもりはないわ。じっくり彼を観察して弱点なり隙なりを見極める第一歩ってところね。
あぁ、これまでと同じだなんて言わないで。今日からは直接対決なんだから。べっ別にその美しい肉体を視線で嘗め回したいわけじゃないんだからねっ!
故に、持参したお茶にも軽食にも毒は入れてない。勿論睡眠薬も媚薬もよ。
突撃した旦那様の書斎では、表面上彼は片眉を上げ些か迷惑そうにはしたけど、書類仕事の助手だろう男性を下がらせて、意外にもあたしの誘いを受け入れてくれた。
一時トレーにじっと視線を注いだのは毒の有無を見た目から見極めるためよねたぶん。入ってないし、入れるにしても見た目じゃわからないものを入れるに決まってるから無駄なのにね。
促され、書斎の対面式ソファーに腰掛ける。
真正面から見るとやっぱり思った以上に旦那様は素敵だった。
んもうまずは顔が好き過ぎる~~~~っっ! 全く以て殺せる気がしないっっ! むしろこっちがメロキュンハートアタックで死にそうよ。
だけど、彼を暗殺する、それがあたしの仕事だから最後には実行しないとならない。
はぁ~、どうしよう辛い辛過ぎる~。あー今ここで異次元への入口でも開かないかしらー。旦那様を縛って担いでバイバイこの世界ってするのに。後は未知の世界で二人きりのめくるめくイチャイチャサバイバルの開始よ。あたしの悩殺ポーズで彼のハートを見事射止めてみせるわ。ああ射止めるっても気持ち的にね。物理で射止めたら死んじゃう死んじゃう。
そんな葛藤やら煩悩やらにその場で頭を抱えたかったけど、何とか気を取り直して今は普通に偵察任務だわって自分に言い聞かせた。でも結局気持ちの半分はメロメロ蕩けながら。
結論を言えば、旦那様との初のお茶の時間はトラブルもなく、成果はあったと思う。
あまり変化はなかったものの彼の表情をバッチリ目に焼き付けたし、夢の中でだって愛でられるくらいに脳みそにもその姿を植え付けたわ。時間にしたら短いお茶だったけど、嫌なことを帳消しにするくらいに良い夢が見られそう。
さあ、明日からは今日以上に突撃して旦那様の趣味や好みも探らなくちゃね。何なら鍛錬の手合わせをしてもいい。たまには実戦の感覚を思い出さないと鈍っちゃうもの。
とにかく、ガンガン距離を詰めるわよ。
うふふ、ご馳走さまでした!




