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side標的 花嫁の本性はカオス

 国王命令で渋々政略結婚をした。

 あの無駄に嫉妬深い国王から送り込まれてくる花嫁の目的は一つ。俺の暗殺だとわかっているから油断はしない。国王は常々顔を合わせる度に俺を殺したいと考えていたから、その自らの手は汚さず無難かつ手っ取り早い方法を選んだってわけだ。

 特殊な毒を盛り病死に見せかけるなり、馬車などの身の回りの物に細工をして事故死に見せかけるなり、俺を殺す手段は探せば切りがなさそうだ。


 ブラッドリー大公領は魔物の跋扈する魔物領と隣接しているからこそ、独立性が高い。いや必須だ。


 魔物との戦闘の都度いちいち国王の裁定を仰いでいたのでは遅れを取り、攻め込まれて蹂躙されるだけだからな。最前線での即時即決が戦闘勝利の鍵を握る。そうして大公領が護られるからこそ、その後ろにある王領を含めた他領も安全になるんだ。


 俺を殺して領地が一時的にでも混乱すれぱ、その隙を突いて魔物の軍勢が攻めてくると、どうしてそこまで頭が回らないのか理解できない。現在のこの国のように愚王を戴く国は不幸だな。


 上への不満はそれとして、俺の暗殺を命じられているだろうとは言え、相手は名門貴族と名高いバレンシア侯爵家の令嬢だ。


 きっと蓋を開けてみれば所詮はプライドの塊で、扱うにも面倒な女だろう。故に、親切に接するつもりはない。かと言って暴力を振るったりする外道を装うつもりもない。


 ただ、大公妃としての衣食住を与えるだけだ。それ以外は一切やらない。型に嵌まった挨拶だけ。国の恒例行事の出席など必要最低限の機会にしか顔も合わせない。そんな風に夫や屋敷の使用人にまで半ば空気扱いされ続け、暗殺の機会もろくに訪れないとなれば、この屋敷に居るのに耐えられない、居ても無意味と悟るだろう。


 キーッ暗殺できないわとヒステリーを起こすかもしれない。或いは、短絡的に墓穴を掘ってくれればこちらとしても有用だ。彼女を大公暗殺未遂の犯人として王家に突き出してやれば、当面は王家も大人しくなるだろうからな。


 最高なのは、向こうが暗殺を諦めてさっさと離婚を切り出してくれる展開だが、まあなるようになるだろう……と俺はやや楽観的に考えていた。


 結婚式当日、初めて顔を合わせた花嫁は見た目には楚々として控え目そうで、稀に見る美人ではあった。不覚にも目を奪われてしまった程には。

 彼女と普通に出会っていたら……などと、らしくなく愚かなことも考えた。どうせ別れるか、最悪この手で始末するかのどちらかだろうに。まあ俺もただの男だってことだ。


 一方、好ましいと感じたのは確かだが、それは結局のところ見た目だけだ。すぐに本性を知って幻滅するだろうな。


 神前結婚式に誓いのキスは付き物だが、向こうが唇に毒でも塗っていたら厄介だったのでしれっとパスした。要はふり。頬に手を添え顔を近付けただけだ。無論触れたのも手袋越しにだ。


 結婚式では、結局のところ花嫁の評価を確定はさせられなかった。


 故に、初夜も無視して花嫁の寝室を訪れなかった。

 本音を言えば彼女を抱けないのがほんの少し残念ではあったがな。俺だって聖人君子ではない。


 ……かと言って、普通でもないが。


 俺には生来、目を合わせた相手の思考を合わせた瞬間から一定時間だけ読める能力があって、目を合わせる度に時間の更新が可能だ。


 おかげで花嫁が暗殺者なのは早々に判明した。


 ただ、思考は読めたものの、俺にしては珍しくも相手の本質を見抜けなかったのは痛い。

 社交界の女たちは俺の容姿を絶賛する。その手で夜も触れてほしいなんて不埒なものまである。

 ……魔物を屠り血に染めたその手を差し出したなら、どんな反応をすることやらだ。


 それで何が言いたいかと言うと、花嫁もそんな破廉恥思考の令嬢たちの例に漏れず、式の間ずっと声に出すのも憚られるような激しい欲望欲求を垂れ流していたんだよ。


 ホントに冗談みたいな呆れる話だが、暗殺対象をすぐ前にして殺意はおろか警戒すら解いた上に不埒なことしか考えていなかったんだ。下手すると俺より性欲強……ごほごほムラムラする気質じゃなかろうか。


 それでもとりあえず無事に式は終わったので、花嫁とは極力関わらず過ごしていた。


 向こうもこちらの態度から何かを察したのか結婚して一月、その目論見は成功していたと言っていい。このまま接点なく過ごして離婚と相成れば万々歳だ。


 だがしかし、予想外にも俺の平穏は一月と一日目に潰えた。


 俺は領地への襲撃がない限りは大体屋敷に居て鍛錬やら事務仕事やらをしているが、その日、終に、あの女が動き出した。

 書斎での執務時間、休憩にお茶でも如何と彼女は突如として押しかけてきたんだ。


 暗殺の試みが早速始まったか、と俺は内心だけではなく表面上もとても冷めた目で自らトレーを手にした新妻もとい暗殺者を眺めたものだ。


 食事は別、寝室も別、必要最低限の会話しか、いやそれすらもしなかった上に、計画通り使用人も大公妃として生活できる最低限の世話をするのみだったと言うのに、明るい顔付きで、あたかも己の心に何一つ俺への犯意などないと豪語するような堂々とした足取りでもあった。


 正直、え、どういう状況?と背筋が凍りそうになったな。


 そう言えば彼女は彼女の実家から何故か侍女を伴ってこなかった。普通は一人二人気心の知れた者を連れてきそうなものだが、家の方針なのか彼女の意向なのか身一つでやってきた。暗殺をたった一人で成し遂げようとするその度胸には密かに感心もしたが、それはそれだ。


 日々の冷遇は明白にもかかわらず、我が心臓に絶対毛が三本は生えているに違いない妻からは、孤独を感じさせない溌剌さが滲み出ていた。本当に何故か。


 解せない。とっくに任務遂行不可能だし寂しいし帰りたいと目に涙していてもいいだろうに。彼女の言動をスパイさせている使用人たちからの報告でも、その兆候すら見せていなかった。ホント何故っ!?


 それでも放置はさすがに我慢ならなくなったんだろう。人間味のあるそこに少しホッとしてしまった俺は、お前馬鹿だろうと友人からは笑われそうだ。彼女は見た目の繊細さなど完全に裏切っている。まだ山賊の方が謙虚だろう。人は見た目によらない好例だな。


 果たして何を仕掛けてくるかと、どこか好奇心にも似たものを抱きつつ、書斎に現れた妻の言う通り休憩に応じることにした。

 故に、書斎のソファーに向き合って着席し目を合わせた。

 その直後、心情が流れ込んでくる。


『きぃーっムカつくーっ! 妻に対するそのすかした態度何様よっ殺したいっ!』


 ふっ、やはりな。結婚式では煩悩が酷くて完全には断定しかねていたが、暗殺者は所詮暗殺者か。望むところだ。返り討ちにしてやるからさあ掛かって来――


『――って思うのに、ああああもう嫌っ顔が好き顔が好き顔が好き顔好き顔が好き顔が好き過ぎる~~っ! 触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい触りたい彼の顔だけじゃなくハイスペックな全身にお触りしたい~~っ! はあああもう~っ、この顔を暗殺なんて絶対無理到底無理土台無理いいいーーーーっっ!』

「…………」


 俺はこれまでこの特殊能力で国王を初めとした政敵たちの企みを悉く阻止してきた。

 その例に漏れず、式以来の好機とばかりに彼女の腹の底を探ったんだが、激しく後悔した。

 結婚式よりも時が彼女の変態度を増大させたのか、まさにこれは色んな意味で手に負えない気配しかしない。

 時に、探らない方が無難な相手もいるのだと、まだ二十と五年の人生でしかと悟った次第だ。

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