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side暗殺者 反転した攻防

 どうしよう、明らかに不利な状況だわ。

 スライムを瞬殺できるような女が、か弱い健気な妻を装っていたと不審に思われているはずだもの。これまでは単にウザい女だと思われていたのが、こうなると本当の目的は何だと尋問されそうよ。

 はあ、だからできるなら見せたくなかったのよね。ドン引きもされるだろうし。

 とは言え、旦那様に怪我されたくなかったし苦労は掛けたくないから後悔はしてないけど。


 たまたま護身用の武器が会心の一撃になって……と取り繕うのも苦しいと言うより通用しないか。下手な言い訳はむしろ余計な不信と怒りを買いかねない。


 よし、もう腹を決めるわ。


 潔く諦める!


 未練が残らないよう吐き出そう。元々半分はそのつもりだったわけだしね。

 あたしは「旦那様」と一言声を掛け真剣な気持ちで彼に向き直る。向こうもあたしの表情から真面目な会話だと察したみたいで居住まいを正した。


「今の攻撃には驚かれたでしょうけど、本当はわたくし、いえあたしは見ての通り魔物とも平気で戦える女です。自分で言うのもあれですけど、実家の教育方針でそんじょそこらの男よりは強いんですよね。言わずにいてごめんなさい。ああ勿論旦那様を害したりはしませんからね!」


 本当の本当はあなたが夢みたいに理想過ぎて大興奮で発情しちゃって害するなんて無理だったのよね。鍛える姿も食事姿もうたた寝姿も真剣に部下に指示する姿も眉間を寄せるのも苦笑するのも冷笑ですら素敵過ぎて立ってられないんだものっ! 一目で腰砕けで暗殺しようにも力なんて入らないのよっ罪な男めーっ。

 彼ってば実は危険な女と知り警戒しているのか無言。

 一方、あたしとしてはここからが本題と言うか本番だ。気を引き締めるのにやや顎を引いて彼を見据えた。


「ええと、ただこのことでバレンシア家を糾弾しないでほしいんです。旦那様はよりあたしを気に入らない嫁だと思ったことでしょうし、国王命令だから渋々従っただけで最初からこの結婚を良くは思っていませんでしたよね。それにこんな一面のあるあたしはそもそも大公妃には相応しくありません。そこで提案です、あたしたちの離婚で恨みっこなし、貸し借り無しの埋め合わせとしませんか? 双方にとって悪い幕引きじゃないと思うんですけど、如何です?」


 うえーん別れたらもうこのご尊顔を拝めなくなるけど、泣く泣く我慢するわ。遠く離れてもあなたの顔は生涯あたしの心にザックリ刻みますっ。

 ああでも、願わくはこの人以上に素敵な男性と巡り合えますようにっ。でないと一生引きずってしまいそうだもの。いつも心の中では顔を比べられちゃう未来の旦那様が気の毒だもの~っ。……まあその他の魅力でカバーしてくれれば十分だけど。


「…………これまでのトラブルは全て離婚で清算、か」

「はい、その通りです」

「俺の風呂を覗いたのも、か」

「はい、その通りで――ああっ、いえっ、ええええと……はい、その節はごめんなさい。でも何だバレてたんですね」

「全く、あんな大胆不敵にも食い付いておいて、それなのに君はあっさり別れられるのか。まあどうせ所詮は政略結婚だしなー」

「ええー……?」


 ど、どうしてだか彼の顔付きが仄暗く! ああそっか破廉恥覗き魔風情が大公様に図々しくも指図かって不愉快になったのね。

 示談の条件が離婚とか嘗めてんのかこのアマ、離婚なんて朝飯前に決まってんだろまずは貴様の拷問からだ本当の目的を吐けオラァッ……とか半裸で迫られたら身一つで実家まで逃げ帰るべき?

 ううん、そうされたらじゃなく今すぐ無難にそうすべきじゃない? 最悪ハニトラで暗殺者だってことまで吐かされる前に。


「あ、あの、とにかく離婚が最良だと思うんです! そんなわけですので旦那様っ、あたし今すぐ実家に帰らせて頂きま――」

「――勝手に決めるなよ」


 彼は退室のために身を引くあたしの行動を予期していたかのような動きで腕を掴むと、そのまま近くの長椅子に押し倒した。

 しかも暫くじっと上から見下ろしてくる。

 えっ、ちょっ、何この美味しい状況っ、いや体勢はっ!?


「だだだ旦那様?」

「どうして驚いた顔をしている? 俺の誘惑、本来はこれが目的だろう?」

「えっ!? まさかそれもバレてたんですか!?」

「当たり前だろう、こんな時間にそんな格好でやってきて、誰が誘惑の線はないと考えるんだ?」

「うぅ、ごもっとも……」


 自身の格好を意識すると、一人でやる気満々だった自分に急に羞恥が込み上げる。何ともふしだらな女めと軽蔑されたかも。

 だけど、キスしたかったんだものっ。

 さすがにはしたないから言えないけど、したかったんだもの……せめて最後に一度くらい夫婦らしいことをして盛大にいい思いしたかったんだものーっっ。


「ええとっ、それについてはもうしませんっ、あと夜更けに迷惑をかけてごめんなさいっ。あなたには今後一生近付きませんっ」

「…………」


 反省してないと憤られているのか、彼はまだ上からどこうとしない。あたしは本気なのにーっ!


「本当です、もう煩わせませんから安心して下さい。こんな風に怖がらせるような意趣返しなんてしなくても、あなたがあたしを妻として見れないのはとうにわかり切ってますし、いい加減諦めてここから出て行きますか――」

「――ならキスするか?」

「へ?」


 思わずあたしは目を点にした。

 ななな何でどうして彼の口から脈絡なくキスなんて単語が出てくるの? あたしの煩悩を読み取ったわけでもないでしょうに。

 それにしてもキスねえ……。あたしは彼が好きだけど、彼はあたしを好きなの? 違うでしょ。一体何を考えてるの?


 ああでもこんな体勢デンジャラス! 理想の男に押し倒されて見下ろされてメロメロにならないわけがない。うぅ顔が火照る。


「ええとそのぉ~、旦那様もやっぱり男の人として、相手がどんな女であれ据え膳を食わないなんて勿体ないことはしないと、そういうことですか?」

「据え膳!? ごっ誤解するな。俺はただ君が――」


 え、違うの? でも何を言い差したのか言葉を飲み込んだのは、きっとあたしが聞いたら傷付くと思ったからよね。

 例えば、君みたいな戦闘狂はモテないだろうから不憫で俺が相手をしてやろうかと、とか。

 暴言をぐっと我慢して押し止めてくれる優しさプライスレス……惚れ直しちゃうわ!

 だからって彼のあたしへの認識自体は変わらないでしょうけど。


「あたしのことはお嫌いですもんね。わかってます、本気でキスしようって言葉じゃないのは。でも揶揄うなんて人が悪いですよ」

「別に嫌いなわけでも揶揄ったわけでもない」


 じゃあ何なの? 表面を取り繕ったってあたしはあなたが手を出す気にもなれない女なのはわかってるのよ。

 彼は投げやりな顔のあたしを見つめたまま、眉間に一時何かを堪えるようなシワを寄せる。


「……一つ聞きたい、君は自分がどうなるのかをわかっていてここに来たのか?」


 どうなるのか? 勿論でしょ。

 ごり押しでも不意打ちでも何でも、キスして迫ってあなたの反応から気持ちを確かめたかったのよ。

 ほだされて受け入れてくれる一縷の望みは持ちつつも、屋敷を追い出されたら仕方ないと腹を括ってはいたわ。


「わかってますよ。だからこそ、この先真実あたしの夫でいる気もないのにキスなんて言わないで欲しいです。まあ、あたしが言うなって話ですけどね」

「……散々に押しかけておきながら、掌を返すのも早いんだな。君は随分勝手だ」

「そこはごめんなさい」

「責めているつもりはない」


 そうは見えないけど。

 彼自身もそう感じてはいるのか、気まずい空気が流れる。

 いつまでも無言で向き合っているわけにもいかず、本題の続きを切り出そうとすると、向こうの方が先に口を開いた。

 どことなく慌てていたように見えたのは気のせい?


「その、先のスライムについては助かった。助力に感謝する。勘違いしないように言っておくが、君が戦闘に秀でていることは決してマイナス要素ではない。その逆だ。大公妃にも最適だ。だからわざわざ自分みたいななどと自らを貶めるな」


 喋り出しこそ焦った感じだったのが、途中からは存外柔らかな声音と微苦笑になって降る。

 直前まではくさくさした気分だったのに、不意の嬉しい評価に胸がキュンとなる。はあもう……あたしも中々チョロいわよね。

 彼は彼で何だか加勢でも得たように声を張る。


「さっきの君は嘘ではなくとても勇敢だった。そこは自信を持て。俺でもああはできない。だから君が本気で望むなら、俺も覚悟を決める」


 覚悟……あーあ、離婚決定か。


 本当は聞きたくない言葉だけど聞かないと解決はしないから、お腹にぐっと力を入れて次の言葉を促す。

 すると彼は何だか駄目な子でも見るみたいに呆れたようにした。


「どうしたらこの会話の流れで間違うんだかな。――キスしても絶対怒るなよ?」

「わかってます離婚で――え?」


 キス? まだそれ引っ張ってるの? あたしは驚きに目を瞠ったものの半信半疑に見上げた。聞き違いかもしれない。

 彼は一瞬バツの悪そうな面持ちになった上に案の定キスしてこない。やっぱりあたしの熱烈な願望が齎した幻聴だったのかと落胆を禁じ得ないでいると、彼はむくりと起き上がってあたしを抱き上げると、場所を変えた。


 長椅子じゃなく、この寝室の彼の柔らかいベッドへと。

 でも、どうしてベッドに?


 下ろされて寝かされてついさっきの長椅子でと同じ体勢になる。


 え、何これ仕切り直し? 椅子は硬かったとか?

 ただ、何の仕切り直しなの? キスはしないんでしょ?


 ……ええと、しない……のよね?


 困惑していたら彼はやれやれと言うように少し呆れて笑った。嘘みたいに屈託ない綺麗な微笑みは、あたしの脳内の顔面偏差値ゲージの天井を突き破って宇宙に到達した。

 きゃーっ国宝級笑顔に口から心臓飛び出るーっ!

 あたふたしていると旦那様ってばフッと気障っぽく笑って顔を近付けたかと思えば、妙な色気を孕んで吐息ばかりの声を出す。


「真実夫婦になるつもりなら、キスだけでは済まないとわかってもいるんだろう?」


 キスだけじゃ済まない……?

 え、えっ、ええっ!? つまりそれはキスは決定!?

 更にはもっと踏み込んだ濃密な接触もしようって意味!? ふわあああ~っ理想の垂涎もののこのボディをあたしがものにしちゃっても良いって言ってるのこの人!?


「正気ですかっ!?」

「……そうだが?」


 ムッとされたけど、そんなことには気が回らない興奮が押し寄せる。きゃあああ~っウソウソウソ~これは夢?

 はわわわ想像したら何もされていないのに全身が熱くなってきたーっ。キタキタキタキターッ!


「…………」


 もうここに来て通算何度目だかわからない変な目でまた見られたっけ。

 気を取り直したのか、軽く咳払いすると「止めても無駄だぞ」と再度身を屈めてくる。

 段々距離が近くなって――――

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