side標的 明らかになった誤算
当初、今夜の訪れの目的は、俺を暗殺するためのものだと決め付けていた。
それか、暗殺へ向けて彼女自身でも殺気を出さないように自己暗示をかけて俺に迫っている線もあるかとも考えた。
超一流のスパイや暗殺者は、言動に違和感が出ないよう一時的に感情を封じたり自身の記憶すら改竄して任務に臨める者も中にはいるそうだからな。
相手の感情を読む限りはその手の罠には見えないが、まああらゆる可能性は捨てないでおこう……とそう思っていたら、何と巨大スライムが窓を窓枠ごと突き破って侵入してきた。壁にも一部被害が出たようだ。
この屋敷に限って、夜だろうと昼だろうとこの大きさの魔物を誰もが見落として通過させるなど有り得ない。結界は元より当直の兵士らも複数いる。魔物の気配に敏感な彼らが敷地の奥に達するまで気が付かないわけがないんだ。俺も彼らもここまで濃い気配の魔物なら寝ていても察知して飛び起きる。
まるで予告なくそこにポッと出てきたとしか思えない。半ば無意識に壁の剣を手に取り応戦しながら一体どうしてと思考し、一つの可能性に思い至った。
おそらく、義弟だ。
今日の顔を合わせた瞬間から終始俺を殺したいと考えていた彼が魔法でこの敷地奥まで、いや正確にはピンポイントに俺の寝室へと飛ばしてきたんだろう。
まさかそこに姉が居るとも知らずにな。
帰り際姉から俺の暗殺は諦めるよう言われたにもかかわらず、こうも遠隔で仕掛けてくるとは何とも我の強い執念深い義弟だ。
ハハッ、自分の依頼でもないのに御苦労なことだ。向こうも俺がよく思っていないのを早々に見抜いていたようだし、俺にすればこの魔物の危険度はそう高くはないからこれは警告みたいなものだろう。
彼女に手を出すな、との。
全く、結婚して何日経っていると思っているんだかな。普通の夫婦ならとっくに深い関係になっている。それに何より義弟如きに俺たちのことをとやかく指図されたくはない。
彼女とのことは他でもない俺自身が決める。
生かすも殺すも、どうするかも……。
とりあえずそこはこの面倒なスライムを倒してから考え――
「――旦那様っ、そこからどいてっ!」
彼女の目を見なくてもわかった。
手にあるのは暗器の毒針で、それでスライムを仕留める気だと。何の毒を塗ってあるのかは不明だが、針先が魔法光を帯びたことでとても厄介な毒へと変化したのはわかった。
何故これまで俺にその毒針を使ってこなかったのかと、もしも初日に使われていたなら来るとわかってはいても対処不能で俺に勝機はなかったかもしれないのにと、敵のことながら不思議と呆れてしまった。俺も無駄に死にたくはないので攻撃の邪魔にならないよう即行で退避する。
案の定、針先の毒物は世にも恐ろしい代物だったようで、ある程度小さくしたとは言えまだまだでかかったスライムをほとんど瞬時に消し去った。
触れた場所から驚異的な速度で溶かし蒸発さえさせていく毒物など初見で、冗談抜きに毒物の認識を根底から改めさせられる現象だった。滅多に感じないような戦慄が全身を駆け抜け、心胆を寒からしめる。
――よもや今夜が俺の最後かもしれない。
何故なら、彼女はようやく俺へと集中できるなどと考え始めたからだ。
だがしかし、最高レベルの緊張感と警戒心に体を硬くした直後、たぶん俺の人生でもベストファイブには入るだろう予想外の発生に、思わず直前とは別の意味で固まってしまった。
最早俺は暗殺対象から外れていたからだ。
彼女がとことんブレないエロ親父思考の持ち主だったおかげでな。真実、俺の暗殺などとうに切り捨てて、俺への劣情に溢れていた。
引いたのは確かに引いた、否定しない。ただ、俺はどこかおかしいのかもしれない。彼女の俺への不埒な執心に安心し、彼女を一人勝手に恐れて疑っていた己の矮小さに自嘲が湧いた。
正直とても後ろめたくて気まずかった。
そんな俺を見つめ、あたかも心を見透かしたように彼女は失望した表情を浮かべた。一瞬ギクリとしたが早合点で、どうやら俺に猫被りがバレて彼女は自身を卑下し意気消沈したようだった。
全く、部下の誰より見事に魔物を倒しておいて誇りもせず、どうしてこうも普通に乙女で暗殺者らしくないんだかな……。
大丈夫だからと抱きしめてやりたくなるだろう。




