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side暗殺者 道場破りよりは甘い突撃のはずだった夜

 弟を見送って自室に戻ったけど、律儀にも玄関先で一緒に見送ってくれた旦那様はどうしたのか険しい面持ちを崩さなかった。たぶん弟の言動が気に障ったのね。姉として申し訳ないわ。

 だからそれだけは謝罪してから彼とは別れた。


 ……別れると言えば、そう。


 あたしは決めていた、必要なら別れるって。つまりは離婚をね。


 だけどその前に最後の悪足掻きよ。


 今夜こそ旦那様にキスをしてやるわ。


 だってどうしてファーストキスは彼がいい。彼じゃないと嫌とさえ思うの。


 あんなイケメンとの口づけなんて、一生の思い出になること必至だもの~。故に、キッスをすると決めて攻めてやるわ。それもできればかなり濃厚なやつをよ!


 いい加減実のない婚姻関係は終わりにして、白か黒か……つまり妻か他人かハッキリさせたい。

 あたしの夢は愛し愛される結婚で、それは今のスーパーイケメンな旦那様があたしを好きになってくれるなら叶うもの。


 もしも少しでもあたしに脈があるなら、旦那様一筋の国一番の良妻賢母にだってなるわ!


 ――何だかんだで、とっくに暗殺熱なんて冷めてる。


 だけど、愛してくれないなら暗殺……は無しにしてさっさと別れて実家に戻って、運命の出会いを求め人生再出発ってわけよ。暗殺者なのに頗る健全でしょ?


 でも勝手に暗殺無しにしていいのかって? 実家や国王から罰を受けないのかって? まあ何かしらはあるかもね。

 だけど、彼らはあたしを必要以上には虐げられないわ。この先も様々な依頼をこなす有能な駒だもの。まだまだ使える道具を不利益にも駄目にしないでしょ。


 ま、暗殺者としてのあたしの経歴に傷は付くでしょうけど、全然構わないわ。

 んだぁ~ってぇ~彼みたいなイケメンを消すなんて、こら勿体ないだろ貴様ーって神様だってゲキ怒っちゃうじゃない。


 とにかく、進退を決めるための最後の賭けね。この先も頑張る余地があるかその確認もかねてのキスなのよ。今日までこれだけやって全く脈無しなら諦めもつくものね。


 夕食後、ああ因みに夕食は兵士たちとの円卓会議があるとかでさらっと逃げられたから一人で摂った。ふふっいつもの光景だけど、臨時討伐が終わった直後だし兵士間での魔物についての情報周知や把握、その整理と分析が早急に必須だろうから今日は例外的に仕方ないって納得はできた。後回しなんて疎かにして新たな魔物被害が出たら失態だものね。


 魔物討伐に出立する彼とその部下たちを見送る度、あたしも討伐を手伝えればいいのにって何度思ったかしら。優秀な戦闘員が一人でも多くいた方が早期に勝利できる確率が上がるでしょ。


 でも暗殺者なのは明かしたくない。


 世の中の誰が好き好んで暗殺者を嫁にしたいと思う? 知られたら即刻離縁を言い渡されるわよ。なんて言って今夜の結果次第じゃあたしからここを出る気でいるのにね。

 ……でもね、どん底級に嫌がられてる今以上に煙たがられるのはちょっとさすがにあたしでも堪えるもの、自衛策よ自衛策。


 会議は遅くても深夜には終わってるわよね。いつも報連相は要点をしっかり絞っているから徹夜はないと思う。……ええと時々こっそり盗み聞きしていたのは内緒よ内緒。うふふっ。


 そう見越したあたしは夜更けの訪れを待った。

 これなら男性はキスしたくなるわよねって感じに入念に身支度を整えて、旦那様の寝室を訪れた。唇なんてツヤツヤのぷるんぷるんよ!


 忍び込むのもできたけど、堂々と正攻法で頼も~うと大きくノックを三回。道場破りみたいな気分ではあったけど気にしない。

 あたしは今から人生初の一大告白をするつもりなんだもの。


 扉を開けた旦那様はまだ寝間着じゃなく昼着で、何故か「普通に正面から来た!?」とか意外そうにしたけど、じっとあたしを見据えてから失礼にも溜息をついて中へと促してくれた。こんな遅くにけしからんと追い返されなくて良かった。


 けど人の顔を見て溜息ってどういう了見よ、え? ……まあ今までの窓からとかテーブルの下からとかクローゼットからとかの神出鬼没な登場方法もあったのを顧みると、そんな態度も納得っちゃ納得だけども。


 椅子を勧めてくれる旦那様の背中に従いながら、あたしは今か今かとドキドキして覚悟を決めていた。

 早く決めないと早く決めないと早く決めないと~っ。時間が過ぎれば過ぎるだけ躊躇いが増して決心が鈍るもの。悠長に腰掛けてなんてられないわ。さあ今すぐ敢行するのよ、勇気を出して、女は度胸!

 ぐっと喉に力を入れて椅子じゃなく彼へと一歩を踏み出した。


「あのっ旦那様!」


 前みたいによろけて抱き留めてもらってからここぞとばかりの色気で迫ろうと思っていた。

 肩越しに振り返った彼へと手を伸ばして、僅かに目を見開いた彼の頬に指先が触れるカウントダウン。


 三、二、一……――の矢先。


 ドガシャーーーーンッ、と窓ガラスが粉砕されて、何かが侵入してきたの。


「なっ、えっ!? な……にこれ!? 何でこんな大事な時に魔物が来るわけよーーーーっ!!」

「何故ここにまで!?」


 旦那様も驚愕と共に叫ぶや、飛ぶように走って壁に掛けられた彼の愛剣を手にするや臨戦態勢だ。ヒュ~、カッコイイ~。


 魔物は特大スライムだった。


 断じて旦那様に蕩けた時のチーズなあたしの分身じゃない。一応断っておく。


「旦那様っ、この屋敷は魔物除けの結界とか警備をしてるはずですわよね!? なのにここまでやってきたなんて、その経路上で被害が出ているかもしれないのでは……!?」


 屋敷の皆や領地の民たちが怪我をしていたらどうしよう。あたしに対して全員が全員冷淡なわけじゃなく、そもそも大公妃のあたしの顔を知らない人々はお忍びで城下町に繰り出すと、親切に接客だったりお喋りだったりと応対してくれた。

 そんな彼らが傷付いていたらと考えたら、獲物を見るギラギラとした目でこっちを見つめる魔物が凄く憎くなってきて、急な怒りが込み上げる。


 大体ね、人生すら懸かった重要イベントを寸でのところでぶち壊されて、怒髪天を衝かないわけがないんだわ。

 二重の意味で憤怒するあたしはこう思った。


 こいつは――――欠片も残さず、消す!!


 暗殺者としての全霊を尽くしてそうしまーす、はいこれ決定事項ね~。


 剣を振るう旦那様を尻目に、忍ばせている暗器――毒針を取り出した。


 別に携帯しているからと言って誰かを、ここで言うと旦那様を殺すわけじゃない。単に身に染み付いた習慣ね。何かは暗器を持ってないと落ち着かないの。


 因みに、扱うのが得意な武器はいくつかあるけど、その一つがただ今取り出しました毒針でーす。

 以前弟からは「裁縫メタメタなのにどういう奇跡!?」と突っ込まれたっけ。ええまあその通りだけどね。自分でもそう思う。

 裁縫の針よりはあたし専用に多少太く作ってあるからかしらねえ。


 スライムは旦那様の攻撃に切り刻まれて、確実に少しずつ大きさが削られてはいるけど、魔物核のある本体部分が死なない限りはどんなに小さくなっても生きている。万一逃げられたら再生してまたどこかで襲ってくるのは目に見えている。


 勿論彼もそんなことは百も承知だろうけど、スライムの体が巨大過ぎて、分厚い肉を断たないことには中央にある魔物核を叩けないのよね。だから地道に削っているって状況よ。

 奇襲だったからか、彼の剣技と併用して、例えば敵の全体を凍らせて叩き砕くとかの効率よく討伐できる魔法具も手元にはなく、倒すのには時間が掛かりそうだった。

 ど派手な音もしたし、その間に味方が魔法具を持ってきてくれる目算はあるだろうけど、今のあたしは猛烈に短気になっていた。


 さっさと本体を消滅させようと、構えた。


 思考の片隅じゃ、毒針攻撃をすればあたしの戦闘スキルが普通じゃないのを知られるからやめておけと叫ぶ自分がいたけど、保身はもう終わりにすると告げる自分が克った。


 人の暮らす屋敷に魔物だなんて、一秒だって無駄に生かしてはおけないわ。大公妃としての責任感なんて高尚なことを言うつもりはないけど、とっとと害悪はお引き取りを!


「旦那様っ、そこからどいてっ!」

「――!?」


 目だけを向けてきた彼はギョッとして飛びすさった。

 彼はあたしの手にある針を見て即座に猛毒が塗られているものだってわかったみたい。戦闘経験豊富なだけあるわね。


 針の先が仄かに燃えるように青白く輝いた。あたしの魔力を注がれた毒針は一般に知られた毒物から他にはない超危険毒物へと変化する。


 普段から暗殺時や魔物相手以外には魔法全般を使わないようにしていた。だからあたしが魔法を使えることも世間様は知らないし、この魔法を見て生きている標的だって誰一人いない。

 暗殺者として手のうちを晒すのは自殺行為。故にバレンシア家の人間以外の目撃者は悉く排除してきたんだけど、旦那様だけは唯一の例外になりそうね。


 全身を使って投球するみたいに思い切り腕を振り抜いて針を投擲する。

 ひゅんっと高速の風音を立てて真っすぐに射られた針は、スライムの体に触れた瞬間から細胞組織を溶かして蒸発させてぐんぐん前進する。

 一秒もしないうちに中心の魔物核へと到達し突き刺さると、核もろとも溶かして消滅させた。残りの体も毒の浸透によりあっという間に目の前から蒸発して消えていく。


 あたしの魔法毒の一つには、対巨大スライムなどの巨躯魔物用に触れた傍から蒸散させるってものがあるの。

 やったわ一撃必殺大成功。ふーうっ、これで少しは溜飲が下がったってものよ。


 さてと、残るは……旦那様だ。


 ふふ、ふふふふ、とうとう彼の誘惑に集中できるわ。ああいやその前に説明しないと駄目か。


「一先ずこれで安心ですね。見た感じ他の魔物はいないようですし、わたくし、旦那様に大事な大事なお話があるのですけれど、宜しいですか?」


 そう意気込んでくるりと振り返った。


「…………あ、そりゃそうか」


 思わず素の言葉遣いが出てしまった。明らかに彼は気まずげに、たぶん戦慄すら抱いてあたしを見つめていたんだもの。

 この結婚確実に終わったな、と薄ら思った。

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