side暗殺者 関係崩壊を招く使者
ヤバいわ、実家から弟が来た。
どう考えても暗殺まだかーの催促だ。うぬぬぬ、来るにしてももう少し先だと思って余裕ぶっこいてたのに~っ。
当然弟も暗殺者として育てられ、横着なあたしよりもバリバリ依頼をこなしている。難度や質を抜きにした仕事の数だけなら弟の方が断然上なのよね。一族きっての働き者だわ。
そんな弟はあたしの三つ年下で、見た目は優しげ貴公子だから一言で言ってモテる。旦那様程には男前じゃないけど、線の細い儚げな美男子が好きならうちの弟をお勧めするわ。命の保証はしないけど。
ま、社交界じゃ暗殺者なのはしれっと隠しているし、微塵も後ろ暗い家業の人間って臭いもしないから、淑女たちは熱を上げるみたいね。姉のあたしが言うのもあれだけど、弟は暗殺技量もだけど猫被りも一流だから。
前以て来訪の知らせをもらったとは言え焦ったわよ。
実際にブラッドリー家を訪れた今現在はもっと焦ってるけど。
だって弟ってばあたしに代わって旦那様を暗殺する気満々なんだもの。
『安心して姉さん、僕が今夜にでも大公を殺すから、早く一緒にバレンシアの僕たちの家に帰ろうね?』
馬車を降りた彼を出迎えた際に、無邪気にあたしに抱き着きながらこそっとそう言われたわ。
駄目っ、絶対駄目よそれだけはっ、旦那様はあたしの獲物なんだから! 殺させないわ。殺すのはあたしよ!
そう即座に言い返したかったのに、生憎と周りに屋敷の人間が多くて釘を刺すタイミングを完全に逸してしまった。
微妙に引き攣った頬を手で揉んでから弟を促して応接室へと案内した。
彼は姉想いの可愛い弟だ。実は政略結婚を装ったこの暗殺計画にも、あたしを使うのに最後まで反対していたのがこの子だわ。
長椅子に並んで座って焼き菓子を勧めると嬉しそうに平らげた。繊細な見た目を裏切って昔から好き嫌いなく何でも食べるのよねこの子。草でも木の実でも野生肉でも。だから毒の耐性も一族歴代随一になんてなったのかしら。
最近の王都の流行りはどうだとか、大公家の使用人に聞かれても当たり障りのない会話を楽しみつつ、抱き着いてくる未だに甘えん坊の弟の頭をいい子いい子って撫でてあげた。まったりとして緩んだ様はたとえ外では猫被りでもあたしの前でだけは真実の姿を晒してくれる。それだけでも姉の特権だわって余計可愛く思うのに、なまじ容姿が美形なだけに萌えもあるのよね。
因みに、この場に控える使用人はあくまでも使用人だからか、弟は考慮に含めない。こういうところは身分に厳格で冷淡な貴族を彷彿とさせる。殺し屋らしいと言えばそうかもしれないけど。
「姉さん、帰りたくないよ~。このまま帰ったら姉さんが恋しくなって特大姉さんぬいを追加で百個は発注しそうだよ。もう僕の部屋には収まり切らないかも」
あたしの特大ぬい? そんなマニアックなものを作らせてたのこの子はー……まあいいか、突っ込まないでおこう。
「恋しいのはあたしもよ。だけどそんな可愛いこと言わないのっ。そのほっぺとか食べちゃいたくなるでしょ~。あなたの小さい頃のふくふくほっぺなんて今でも忘れられないわ」
「ふふっ姉さんになら食べられてもいいよ~?」
成長して凛々しくなってもホントに昔から変わらない天使な微笑みっぷりに、ついついうりゃっと頭を胸に抱きしめて姉弟でじゃれ合っていたら、旦那様が応接室に入ってきた。うわぁ、恥ずかしい。子供染みた変なところを見られて引かれたかも。
一瞬旦那様は目を瞠って固まったもの。
ところで実は彼、臨時で魔物討伐へと出向いていたの。
そのせいで弟の来訪予定には間に合わなくて、ついさっき弟の到着とほとんど同じくらいに屋敷に帰ってきて急ぎ身支度を整えたってわけ。
不在理由を説明したら弟は理解を示してくれて、あたしと待つから平気ってにこにこしてたっけ。むしろ思いのほかあたしと過ごせる時間が増えたって喜んでいた。もーほんとシスコンなんだから。
一方の旦那様は浴びた魔物の血を洗い落としてきたんだろう、仄かに石鹸の香りがしてキュンとなった。ミント系も合うけど相変わらず石鹸も合うっ。髪の毛は義理の弟とは言え客人に会うんだからときっちり撫で付けているから、仮に湿っていてもあまりわからないわね。
ふん、相変わらずくそカッコイイんだから。
旦那様は弟と社交辞令的な挨拶を交わすと弟の向かいの席に着いた。あたしが弟の隣に座ったままでいると、眉をひそめる。
「君はこっちだろう」
「え……?」
珍しい台詞が放たれて幻聴かと思った。普段は向こうから近う寄れなんて言わないもの。むしろ遠ざける。でもどっちでも良くない? 折角久しぶりに会えた弟なんだし帰るまですぐ横で愛でたいわ。
「君は俺の妻だろうに。ブラッドリー家の人間であって、もうバレンシア家の人間ではないはずだ」
なな何よ、急に夫みたいなこと言って……ってああそうでした旦那様でした。義弟の手前ちゃんと夫婦してますよって面子を保ちたいのかしら?
……いつもはとことん素っ気ないくせに?
うっかりむっとして見つめたら先に目を逸らしたのは向こうだった。それも不機嫌そうに。
彼は嫌いなあたしとは無駄なやり取りをしていたくないんだろう。その横顔は文句を言わずさっさと隣に来いって亭主関白にも言っていた。
ムカつく!
頬を膨らましかけたところですぐ横の弟から覗き込まれた。
「姉さん、義兄さんの言ったことは道理だよ。今は大公妃なんだし、僕はいいからそっちに座りなよ、ね?」
弟はにこりとした。今はってところに含みを感じたわ。まあ確かにそうよね。旦那様とはそのうちさよならするんだし。内心やれやれと思いながら移動する。
だけど、旦那様はそれでも不服なのか眉間のしわを解かない。どころか弟をじっと不機嫌……ううん敵愾心丸出しで見ている。どうして?
義理の弟じゃなく、まるで殺意を抱く敵でも見るみたいよそれ。
まあ弟の殺意は確かにあるんだけど、彼が知る由もないのに。
入って来た時愕然としていたし、いい年した姉弟がじゃれるなんてはしたないってお堅くも思ったのかもしれない。
ちょっと体を離して座ったら、スッと横目を向けられて目が合うと少し睨まれた。え、何で?
「俺は古い考え方の人間なのでな。君は将来もずっと大公妃として領民の手本となる存在なんだ。身内であれ過度な馴れ合いは見るに堪えない。程々にすべきだ」
「……そうですわね。考えが足りませんでした」
きーっ、いつになく言葉がキツイわね。虫の居所が悪くて八つ当たりとか? 討伐で帰ってきてすぐ接客だもの、当然疲れてはいるだろうけどそれにしたって言い方ってあるじゃない? 嫁いでも弟は弟だし可愛がるのが悪いわけ?
彼は何かを量るようにまだじっとあたしと目を合わせている。
「君が理解してくれて嬉しいよ。この先も大公妃として宜しく頼むな」
そう呟いた彼は、次には予想に反してあたしの肩を抱き寄せた。やや離れていたから必然的に斜めに彼に寄り掛かる形になる。あたしからは均衡が取れなくてされるがままの姿勢でいるしかない。
ただ思うのは、こんなのまるでおしどり夫婦みたいってこと。あたしは目を白黒させるしかなかった。
嘘を見抜く嗅覚の鋭いこの弟の前でそんなハリポテおしどり夫婦を演じても無駄なのにね。さっきだって使用人たちの淡々とした態度から、屋敷でのあたしの置かれた大体の状況は弟も把握したはずだしね。たぶん結婚前に懸念していた予想通りの状況だなって思っただろうけど。
そもそも大公家が王家と懇意の家の娘を全く警戒しないわけがないとは、実家の人たちもわかっていて結婚させたんだし。
ここで、唐突に弟がくすくすくすと笑い始めた。
「義兄さんは意外に嫉妬深いんですね。僕を警戒するなんてまるで子供の独占欲みたいな幼稚なところがある」
「何……?」
きゃーちょっとおおおっ何挑発してるのよーっ! ああほら旦那様の眉間が余計にぐんと狭くなったじゃないっ。
気にもせず弟は笑みを深める。
「姉さん、義兄さんに愛想が尽きたら、すぐに別れてバレンシア家に戻ってきなよ?」
「そ、そんなことにはならないから安心して頂戴」
任務の成否がどうであれどの道実家に戻るけどストレート過ぎよおっ! 姉を純粋に案じてくれてるんだろうけど、お願いだから空気読んでっ。ああほら旦那様の顔面レベルでも仏頂面ができちゃってるじゃないの。顔面国宝を損なったらどうしてくれるのよ!
「もうわたくしの顔を見て元気でピンピンしてるのがわかって気が済んだでしょ。今日はもう実家に帰りなさい? いいわね?」
「姉さん!? 僕は今日泊まるつもりで来たのに酷いよっ」
「あのね、旦那様は魔物討伐でとても疲れてるの。来客の持て成しでより疲れて寝込みでもしたら一大事だわ。妻として優先すべきは旦那様の健康だもの。あなたももう大人なんだからこれくらいの配慮はできるでしょ?」
「うぅ……姉さんともっと過ごしたいよ」
「今回ばかりは駄目よ。わかって?」
だって泊まられたら絶対暗殺しようとするものこの子は!
それだけは避けたい。
「義弟よ、遠くから来てくれたのは感謝する。しかし妻がこう言うのなら俺も従おう。魔物の突発的な出現で十分に歓待ができないのは心苦しいが、とは言え我が領地では珍しい事象ではないのでな、気を悪くしないでもらいたい」
あら? 旦那様も同調してくれたのね。機嫌も良くなったみたい。
弟は少しの間無言で文句を言いたそうにしていたけど、結局はあたしの意見に従ってくれた。
その日のうちに帰路に就いたわ。馬車に乗り込む彼にこっそりちゃんと大公暗殺はしないようにって釘もさせたからホッとした。
は~あ。一件落着~。遠ざかる馬車の背を見送りつつ安堵の溜息をつく。
うーん、だけど、そうね。
そろそろ潮時なのかもしれないわ。




