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メーレンの捜査報告

一方そのころメーレンは……!?

 アトレスが農場への潜入を開始してから、少し後。メーレンはいくつかの奴隷商館をあたった。


『キャリアを持った奴隷が欲しい』という要望を出すと、ほとんどの商館で門前払い。当たり前だが、正攻法ではレイブンとのパイプは作れない。


 しかし、そうやって奴隷商館をいくつか回っていると顔が売れる。

 分かりやすく、小金を持っている風の貴族女性としてのふるまいをしていたおかげか、奴隷を集めるコレクター同士のコミュニティに参加する一人の男から、声をかけられた。


「失礼、レディ。あなたですかな。何やら珍しい奴隷を探されている貴族のお嬢さんとやらは。」


 ぴっちりとした流行りのスーツを着た男。体型に合っておらず不似合いだが、そこかしこに金のニオイを散りばめているような雰囲気。


 来た。メーレンは獲物がかかったことを悟る。


「ええ、失礼ですが。あなたは?」


「申し遅れました。私、カドキワ国北方のカザフ領で領主をしております、バームレン=カザフと申します。」


 カドキワ国北方。冬は雪に覆われ夏は干ばつが多く、厳しい気候条件のエリア。しかし、土地が広大なため領民が多く、カドキワ国の中でも特に貧富の差が激しい地域だ。


「まぁ北方の。私は西南のメルク領の領主の娘、マーガレット=メルクでございます。以後、お見知りおきを……」


 当然。偽名である。実在する領地・実在する人物であるが、捜査官が貴族として潜入捜査をするとき、いくつか使用できる名の一つだ。


「おお、メルク領の!これは御見それ致しました。あなた様に、ぜひご紹介したいクラブがあるのです。よろしければ、本日か明日、お食事でもいかがですかな?」


「ええ、よろこんで。ちょうど本日の予定が空いておりましたの。」


 ようやくかかった獲物。

 望んで行った食事だったが、結論としては最悪だった。


 なかなかコミュニティを紹介しようとしないタヌキ親父。しつこく2件目へと誘ってきた。

 仕方なく付き合ったが、酒も回り、気も大きくなったのか、執拗に身体を触ろうと距離を縮めてくるようになる。


 しかし、隙だらけの酔っ払いの接近など、どれだけ酒を飲んだ三等捜査官であってもかわせる。ひらりひらりとかわしているうちに疲労が溜まったのか、運動によって発散されたのか、諦めたバームレンは帰宅しようと試みた。


 このまま帰らせてはメーレンの苦労は水の沫となる。当然、吐くまで帰らせる気はない。


「あらあら。どちらへ?」


「ふぇ。ああぁ。そろそろおひらきにしましょう。ウェイター…。」


 メーレンは逃がすまいと、伝票の置いてある場所へ手を強く叩きつけた


「まさか。今夜はとことん付き合っていただきますわよ。」


 そうしてしつこく粘っていると、ようやくクラブの参加条件についてポツリポツリと詳しく話し始めた。


 まず、貴族であること、サーグスワーゲン内の2箇所以上で奴隷を購入した履歴があること、コミュニティに参加している者から紹介されることの3点。


「それで、私も紹介はいただけるということよろしくて?」

「はぁ。それがですね。レディ、私からも一つお願いがあるのです。」


 どうせろくなものではない。だが一応、聞いてみることにした。


「今夜だけ、そう一晩だけで良いのです。私めと今夜…」


 そこまで言って、バームレンは虎の尾を踏んでいることにようやく気付いた。


 目の前の女性は、一見可憐な容姿をしているが虎だ。

 花の中に身を隠した肉食獣。


 いつものように、花を踏みつぶしてやろう、気に入ったなら引きちぎり持ち帰ってやろう、そんな気持ちで軽く足を伸ばした。それが間違いだった。


 マーガレット。いや、メーレンの目は鋭く、そして相手の心根を折るには十分すぎるほどの殺気を携えていた。


「もし。すみません、よく聞こえなかったのですが。」


 メーレンは笑顔で問いかける。


 戦慄したバームレンは、自身の要求は何も言うことは出来ない。

 ともかくここから命を持って帰宅することしか考えられなくなった。

 酔いも完全に醒めた。


「い、いえなんでもございません。明日、クラブに直接ご紹介いたしましょう。」


 翌日。バームレンから紹介されたクラブは、当たりだった。複数の貴族がキャリアを購入できる商館の情報を握っていた。


 まだクラブ内で購入に至ったケースは無いらしい。それも、最近出回った隷属の首輪の効果が未だ懐疑的であり、様子を見ているとのことだった。奴隷に寝首をかかれる貴族の話は少なくない。それもキャリアを持っているとなると、どのような形で報復されるか分からないからだ。


 ここから直接、レイブンとのパイプを作ることは出来るだろう。後は、同時にやつらの拠点を把握し、敵の兵力に合わせてこちらの増援の手配を進めておく。


 クラブから帰宅すると、アトレスから指輪を通じて連絡が来た。奴らがキャリアを保管している拠点は3つ。本部は一つ。キャリアの総数はおよそ40~50名ほどだという。


 三等捜査官から上がってきた敵の数からみて、本部に20名を配置、各拠点には5名ずつ配備すれば問題あるまい。そして、敵の主力であるグレッグと、主犯のレイブンが本部にいるときに、突入合図を送る必要がある。


 メーレンは着々と準備を進める。

 現場に復帰してからというもの、彼女はほとんど寝ていない。

 アトレスからいつ連絡が入るかも分からない。指輪は風呂や就寝時、いつでもつけている。


 彼女は才色兼備の秀才、メーレン=カドサキ。

 相手が誰であろうと。任務は必ず達成する。


挿絵(By みてみん)


【メーレン=カドサキ(貴族ver)】

元々貴族の生まれだったメーレン。貴族のふるまいは完璧で、衣装も良く似合う。

しかし、現在では貴族であったことに何の誉れも持っていない。

彼女の高いプライドは、自分でつかみ取った実績でのみ発揮されている。

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