ルルゥ=ムゥトファクト②
朝。農場の子どもたちが起きると、タボが死んでいた。
いや、初めはタボだと気付かなかった。なんせ、首から上は吹き飛ばされている。
子どもたちは第一発見者のルルゥのギャアという悲鳴で飛び起き、服装からタボであることが推測された。
「なんで……、タボが。」
「おいやっぱりアレだろ!」
「どこから漏れた!」
「どうなってんだよ、チクショー!」
口々に、徐々に大きくなる悲鳴のような叫び。
そこに、二人の男が現れた。
「うぇーい。邪魔するゼっ、と。うわ、きったねぇなおい。」
現れたのは、細見で鋭い目を持つ男と、赤髪で大柄の男。
レイブンとグレッグ。
「レレッレイブン様!?なぜこちらに!?」
あわてて組員が集まってきた。突然のボスの来訪、しかも朝からキャリアが突然死んでおり、どう隠ぺいするか、どう報告するか、てんやわんやの状態での来訪だ。
「あー?きちゃダメだったか?俺の所有物だよなぁここ。アレ?お前んちだっけ?」
ギロリとレイブンは組員を睨みつける。
目線の先にいた組員は滝のような冷や汗を流し、あわあわと声ならぬ声を漏らすばかりだった。
「ケヒッ!用があるのはお前らじゃねぇよ。おいガキども。死んだガキが脱走しようとしてたってことを、知っているヤツはいるか?」
皆、ビクリ、と身体を震わせる。
バレた。全部。
なぜ?という疑問より先に、自分もタボのように殺されるという恐怖が、そしてその結末からどうしたら逃れられるか、その思考に頭がいっぱいになる。
誰も何も言えなかった。
「あーあー。別に咎めようとか、しかりつけようとか、そういうんじゃねぇんだ。俺もよぉ、ガキの頃はヤンチャだったもんよ。大人の、言葉で教わったことなんて、ありゃしねぇ。」
コツコツと部屋の中央に歩みを進めるレイブン。
「脱走。うん、自由にすりゃあいい。人間てのはなぁ、自由なんだ。なんでもできるんだよ。下らねぇルールなんざ、自然界には元々なかったんだゼ?」
ガタガタと震える子どもたちの中から、レイブンはひときわ大きな身体の少年に近づく。
「てめぇ、名前は?」
「ひっ…ふへ?」
その瞬間、レイブンは「バゴォ!」と近くにあったイスを蹴とばす。
「てめぇの!な!ま!え!は!なんなんだつってんだよぉー!!!!!」
「ホホぉホホホセです!!」
レイブンはがっしりとホセの頭を両手で掴み、大声で怒鳴り上げる。
ホセのズボンはびっしょりと濡れていた。
「うん。ホセくん。なるほどなぁ良いなぁ。お前のキャリアはなんだ?」
「か、かかかか身体から針を出せます。」
ふーむ。と考えるレイブン。
「なるほど、いいじゃあねぇか。よし俺を刺してみろ」
は?という顔になるホセ。
自分は選ばれずに内心ほっとしていた他のキャリアの子どもたちも同じく混乱した。
「なに。簡単だろ?てめぇは自由だ。自由に何でもできるんだよ。キャリアの能力で俺を刺したいと思うのなら、刺せばいい。どこでもいいゼ?足か?腕か?ひとおもいにクビや心臓か?ゆっくりやりてぇなら目ん玉もおすすめだァ」
レイブンはホセの手を取り、自分の首元まで誘導した。
「ほら。やってみろ。やりてぇなら、やれ。できねぇのか?したくねぇのか?おいおいどうした?お前は自由だ!フリーーーダム!なんだよ。できねぇのか、やりたくねぇのか、どっちだホセ?俺はお前の自由を尊重しているんだぜ?」
ホセの全身は汗と涙と失禁によってぐちゃぐちゃになっていた。
ガタガタと震えて立っているのがやっとの状態だった。
「だがなぁ、覚えておけよ。俺がお前の自由を尊重するように。お前も俺の自由を尊重しなきゃならねぇ。俺を刺したあとのお前をぉ、脱走しようとしたガキをぉぉ、貴族に黙って売られて大人しくできねぇクソをよぉぉ、俺がどうしようとぉ!お前は文句を言えねぇんだぁぁぁ。」
ホセの身体の震えは、地面を伝って部屋全体がガタガタと揺れている。
「ガキィィィ!!!!どっちなんだぁああ!!!!」
「ささ、刺しししししぃぃいいいしたたたたくありませんーーー!!!!!!」
レイブンが、ブンっとホセの頭を床に投げつける。
ホセは気を失っており、そのまま床にどすんと倒れた。
「ヨシ。ホセは脱走したくねぇようだな。他の連中はどうだ?」
誰も何も言わない。
「どうなんだ?」
口々に「脱走したくありません!」「なんでも言うことを聞きます!」「助けてください!」などの声があげられた。
「なんだ。脱走してぇのは、死んだガキだけだったのか。ふぅー安心したゼ。これで商売にしっかり戻れるなぁ。」
震えるこどもたちの中で一人。レイブンは恐怖に震える黒髪の少年を見つける。
どこかで見たことがあるような。うーん、思い出せねぇ。忘れた。
それより気になることがある。
「おい、お前。」
「ふっ。は、はい。」
レイブンに声をかけられた少年は、裏返った声を上げる。
恐怖に支配された表情。今にも泣き出しそうな、弱者の少年。
だが、
「びびってねぇな?」
ピタリ。と空気が固まる。
じっと少年を見つめるレイブン。
「まぁいい。それも自由だ。好きにしな。おーい、グレッグのおっさん。さっさといくぞ。」
ここまでのやり取りに一切の興味のなさそうだったグレッグは、入室してすぐに窓際に置かれていた本の中から一冊を取り出し、それを読んでいた。レイブンに呼ばれて名残惜しそうに本をテーブルに置き、二人は農場を後にした。
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タボの死と二人の来訪について、アトレスはすぐにメーレンに報告した。
「奴隷のキャリアたちの中に、内通者がいるな。」
メーレンはアトレスからの報告を聞き、これ以上の潜入は危険であると判断する。
「状況から見てお前の潜入はバレていないが、内通者がいるのであれば指輪を通じて私と話していることのリスクも非常に高い。予定を早めて、本日、お前の回収と突入を同時に行う。」
「ええ、その方がいいでしょう。ですが、首謀者のレイブンはかなりやり手のようです。急に予定を変更して怪しまれませんか?」
「引き延ばした時間でどこかへ雲隠れされるよりは良い。私は今から奴隷商館の本部に行き、お前を購入したいと伝える。そこで私とお前が合流できたら外へ合図を出し、待機させている捜査官全員で検挙にかかる。およそ30分後だ。」
指輪の連絡を切り、アトレスは急いで農場へと戻る。
小屋の居間で本を読んでいると、組員の一人がバタバタとやってきて名前を呼ばれた。
一階の別室で少し待つように指示をされる。
本部は別にあると聞いていたが、まだここで待機なのか。
今頃メーレンは本部でレイブンと交渉を進めているのだろう。交渉の内容がどのようになろうと、この後は戦闘になる。
アトレスはグッと背伸びをして、戦いに備えた。
そうして待っているとドアをノックする音。
この気配は、ルルゥか?
アトレスはドアを開ける。
「ごめん……アトレス、もう行っちゃうんだね。」
暗い表情のルルゥが立っている。
「なんで謝るのさ。」
アトレスはにこやかな笑顔でルルゥを迎える。
「だって、私何もできなかった。もっとアトレスとお話して、色々知りたかった。」
「またきっと、どこかで会えるさ。」
「……うん。そうだね。そうだといいな。」
まだ移動まで少し時間がかかるだろうか。
ひとまず、アトレスは部屋の中へルルゥを案内する。
ルルゥに背中を向けたアトレス。
小さい、子どもの背中だ。アトレスには大人っぽい瞬間もあるが、まだ成長途中の、こんなに小さな子どもなのだ。
ルルゥは部屋には入らず。
そのまま、アトレスに仕込んでいたキャリアを発動させた。
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「ガキのキャリアはこねぇぜ。お嬢さん」
本部に到着したメーレンの前に現れたのは、二人の男。
ひとりは奴隷商の長であるレイブン=ガスト。もう一人は彼を護衛する大柄の男、グレッグ=アストロクス。
「まぁ、あなたがレイブンさん?随分なご挨拶ね。貴族との取引は初めてなのかしら?」
「ケヒッ!下手な芝居はよせよぉ。お前、ノーチラスだろ?」
隣のグレッグはすでに大剣を抜いている。
「……どういうことかしら?」
「テメーらが最近、色々と嗅ぎまわっていたことは知ってんだ。うちのメインの顧客が誰だかわかってるンだろう?」
レイブンの店を利用する客の多くは、キャリアを奴隷にしたいと考える、強欲で資産を多く持つ貴族だ。
「ノーチラスは国家の組織だろぉ?その国家運営の資金を補充しているメインクライアントは誰だ?そりゃ地方を取りまとめている貴族たちだ。あれぇ奇遇だなぁ。俺たちのクライアントも貴族なんだがなぁ。」
「……。」
「一枚岩じゃねぇんだよ、この国も。誰かの利益は誰かの不利益になる。貴族どもも、そうやって食いつぶし合っているんだ。商売と同じさ。ノーチラスみてぇな治安組織なんざ、一番金を出したやつの武力だ。貴族らのおもちゃになっているに決まっているだろう。」
自己のためにノーチラスの情報を犯罪者に流し、国家に不利益をもたらす貴族がいる。
メーレンはあらためてこいつらに組みした貴族もろとも監獄へぶち込むことを誓った。
「悪人どもが。まとめて地獄に送ってやる。」
貴族の令嬢という衣を脱ぎ捨て、一等捜査官としての顔つきになったメーレンを見て、レイブンは満足そうに笑う。
「ケヒヒッ!若ぇなぁぁ嬢ちゃん。
権力ってのはな、すべからく『悪』なんだゼ。」
20人の捜査官はすでに外へ配備している。レイブンの組員は想定よりもかなり少なく、潜入前に確認した本部に配備されている人数は5名だけ。また、事前情報通りキャリアも持っていない。私がグレッグを抑えることが出来れば、充分に対処できるだろう。
しかし、アトレスが来ない。この異常事態に、あいつが気づいていないはずはない。グレッグがここにいる以上、アトレスを足止めできるような武力はこいつらに無いはずだ。
「外に捜査官を配備しているだろう。何人配置している?30人か?50人もいねぇかな。だがな、何人、誰を連れてこようと無駄だよ。全員、まとめて殺せる最終兵器がこっちにはあるからナぁ。」
「バカな。そこの用心棒はただの傭兵だろう。そんなことが可能だと本気で思っているのか?」
「ケヒヒッ!ちげぇよ。ガキのキャリアを従えてるのは、お前らだけじゃねえんだぜぇ?」
こいつらの持つ【隷属の首輪】のレプリカは、EかF程度のキャリアを縛る効果しかない。実際にDランクの子供のキャリアを制御しきれず、首輪を破壊して脱出しようとしたヤツがいたと聞いている。
だが、レイブンの自信と、実際にここへアトレスがやってきていないという事実が、悪い事態へと進んでしまっていることを暗示している。私は何かを見逃している?
隷属の首輪は監獄メルギトでしか制作が許可されていない。設計図や制作過程は厳しく管理されている。どうやってこいつらはコピー品を作った。コピー品?
メルギドで作られた本物の隷属の首輪と同じ発想を得たとして、またそれを実現できるだけの技術力や資金力があったとして、なぜ形状まで同じなのだ。見本を見ながら作った?
その見本は、今どこにある?
「まさか。」
「そうだぁ!一人の【隷属の首輪】だけ、一つだけは本物なんだよぉ!コピーを作る時に、初めに本物を手に入れていたんだぜぇ。だからよぉ、俺たちの切り札はグレッグのおっさんじゃねぇ。ザコのキャリアじゃねぇ。【隷属の首輪】で絶対服従のぉ、ガチモンの殺人能力を持ったキャリアなんだよぉぉ!」




