ルルゥ=ムゥトファクト
メーレンと別れたあとのアトレスは、時間を持て余したので街を散策することにした。こういう大きな街で人が往来しているのをみるのは嫌いではない。人混みが嫌いという人もいるが、誰もいない空間より、ワイワイと騒がしい方がアトレスは好きだった。
様々な露天商が並んでおり、食べ物も売っていた。しかし、アトレスは金を持っていない。普段の食事にはメーレンが常に一緒にいたためだ。せっかくなので買い食いでもしてみたかったが、今回はお預けだろう。
「まぁ束の間の休息といった感じですかね。」
そういって街をふらふらと散策していると、前から青髪の少女が歩いてきた。
年の頃は10代半ば、アトレスより少し年上といった少女だ。着ている服は少しみすぼらしいが、端正に整っている顔つき、短めに切り揃えられた青髪が、彼女の美しさを損なわせていない。
アトレスの鋭い感覚が彼女の異様さを捉える。
……この子、キャリアか?それに血のにおいがする。
アトレスが相手に気取られないように警戒していると、こちらに気づいた少女がハッとしたような顔になり近づいてきた。
「ねぇキミ!ちょっときて!」
少女はアトレスぐいっとひっぱり、路地裏まで彼を誘導する。
警戒していたアトレスだったが、少女にこちらを害する気配はない。そのまま引っ張られる方向についていくことにした。
「ねぇ!その首輪!キミも農場の子ってことだよね?」
突然のことに状況がよく読み込めないアトレスだったが、首輪に言及している以上、この子が奴隷商の関係者である可能性が非常に高い。このような時は余計なことを言わずに、イエスともノーとも取れるように返答していくのが得策だ。
「ええっと、僕もよく分からないんだけど」
「ああ、まだ来たばかりなのかな。キミもその首輪をつけてるってことはキャリアを持っているんでしょう?」
キャリアというワードが出てしまった。これは言い逃れが難しい質問だ。アトレスは言い淀む。
「ごめん。言いづらいよね。でも安心して、私もキャリアだから。ほら、みて」
少女は服の首元をぐいっと引っ張る。
そこにはアトレスと似た禍々しい首輪。隷属の首輪のレプリカが嵌められていた。
「それを嵌めてるってことは、会ったでしょう。目の鋭い、細身の男、【レイブン】に。」
【レイブン】という名前はメーレンから聞いている。奴隷商の長の名前だ。どうやら奴隷のキャリアの一人だと思われているらしい。つまり、これは否定できない。
「う、うん。」
「ごめんね。私もキミがここでウロウロしてるのを見つけたからには、放っておくわけにはいかないんだ。」
「どうして?」
「まだルールを聞いてない?キャリアの子は檻には入らなくていいけど、その代わりに首輪をつけられる。ある程度は自由にしてていいけど、この首輪をつけているところを外の人にみられちゃだめなんだよ。」
そういうと、少女は自分の服を少し破り、アトレスの首元へ巻いてくれた。
「これでよし。外に出てる時は私が同行してたって伝えるから、まだ来たばかりだし、大きなペナルティは無いと思う。」
「ありがとう。迷惑かけちゃうのかな?」
少女は不安げなアトレスをみて、にっこりと笑いかける。
「ううん。私は大丈夫だよ。ところでキミは何ていう名前なの?」
「アトレス、です。」
「いい名前だね。私はね、ルルゥ。」
ルルゥはそう言うと、手から少量の水を出してみせた。
「私のキャリアはね、水が手から出るっていうつまんないチカラなんだ。でも、貴族の偉い人たちはこういう弱いキャリアでも珍しがって、手元に置きたがる人がいるんだって。」
Eランク相当のキャリアだな。とアトレスは考える。少なくとも戦闘向けでは無い。
「アトレスのキャリアは?」
「僕は肉体強化だよ。すこし身体が硬くなるっていう程度だけど」
アトレスのキャリアである肉体強化は強化率によってランクが異なる。筋力が強いだけで自身のパワーに肉体が耐えきれなかったり、身体が少し頑丈であるだけのケースでは、EランクやFランクに相当する。
当然、本当のキャリアの詳細をルルゥに言うわけにはいかない。
「身体が少し頑丈ってこと?」
「うん、そうだね。殴られてもあんまり痛くない、かな。」
「そっか……。」
ルルゥは日常的にアトレスが殴られる環境にいたのだと察して、悲しげな顔になった。自分も奴隷になっているにも関わらず、優しい子なのだろう。
しかし、このままルルゥと接触し続けるのも良く無い。どうにかしてこの子を引き剥がし、メーレンと合流しなければやっかいなことになる。
「とにかく、早く戻ろう」
ルルゥがそう言うと、路地裏から出ようとする。
アトレスは咄嗟に
「あ、ごめん。ちょっと……トイレ。」
「え!今?少しだけ我慢できる?」
「実はさっきからヤバそうなんだ……ちょっとそこでしてくるから、先に表通りに出ててくれない?」
「あー……うん。わかったよ。でも次からちゃんとトイレでしてね。」
そういうとルルゥは表通りにかけていった。
ルルゥの姿が完全に見えなくなるのを見計らって、アトレスはズボンを下ろす……のではなく、逆方向を向く。
このまま反対の通りにでて、宿屋でメーレンと合流しよう。とアトレスは考えた。
接触してしまったのはまずかったが、一応、収穫はあった。キャリアを持つ子ども達は檻ではなく、首輪で縛られている。おそらく決まった時間に帰宅するようルールで強制されており、逃げられないように工夫されているはずだ。あとは、首輪を持たない部外者への他言禁止、などだろう。
ルルゥはアトレスに話ができていたが、おそらくセーフの扱いになっていた。こちらは本物であちらはレプリカだが、同一のものとして見做されているらしい。
そう思考しながら歩いていると、聞き慣れた足音が聞こえる。これは
「メーレンですか。さっきの話は聞いていましたか?」
暗がりから現れたのは、金色の髪をたなびかせた美女。
「アトレス。話の内容までは聞こえていなかったが、、、さっきの少女は奴隷商のキャリアの子どもだな?」
「はい。僕のことをキャリアをもつ奴隷の一人だと思っていたようです。」
「わかった。ではお前はそのままあの少女についていき、内部に潜入しろ。」
アトレスが面食らう。
「潜入ですか?すぐにバレませんか?」
「大丈夫だ。別行動に切り替えた時から、いずれお前を潜入させる予定だった。ここまで良いタイミングではなかったがな。3日前にヤツらの流通ルートの一つを押さえ、納品予定だった一人のキャリアを確保している。お前と同じ背格好の男子だ。管理者の数と取引量からみてもバレるリスクは限りなく低い。」
「……わかりました。それで何を調査すればいいですか?」
「外部から調査をしていても、どうもキャリアを持った奴隷の全容が把握出来なかった。取引の時だけどこからともなく現れ、貴族に売られている。いずれにしても内部調査が必要だ。」
これについては先ほどの少女とのやりとりで仮説がある。
「おそらく、檻などの物理的な拘束をしておらず、首輪のルールで縛っていると思います。決まった時間に特定の場所に集まるよう指示しておけば、管理もできます。」
アトレスは自分の見解をメーレンに伝える。
「なるほどな。確かに町民に紛れて生活させ、取引の時だけ連れてくればかなりバレにくくなる。では、まず奴隷たちがどのようなルールに縛られているのか、集まる時間や場所などの調査をお前に任せたい。」
「わかりました。脱出や定時連絡はどのようにしますか?」
「貴族として奴隷となったお前を購入して回収する。それが失敗してもおまえなら単独で抜け出せるだろう。定時連絡は……これを持っていけ。」
アトレスに渡されたのは赤い石が嵌められた指輪だ。
「二等以上の捜査官だけが持たされる、連絡用の指輪だ。対となる指輪を装着している相手との会話が可能になる。」
「分かりました。時間は決めなくていいですか?」
「いつ何が起こるか分からないし、内部の状況も不明だ。タイミングはお前に任せるさ。」
その時、痺れをきらしたのか、ルルゥが声をかけてきた。
「ねぇー!アトレス、ちょっと長すぎない?急がないと、流石に私も庇いきれなくなるよ〜!」
「あ、ごめん!今行きます!」
では、とメーレンに言い残しアトレスは表通りまでかけていった。
—-
「てめぇ、この時間までどこにいってやがった。」
男がルルゥの髪をひっぱり、思い切り壁へと投げつける。
「うぐっ」
「規則時間のギリギリじゃねぇか。つまらねぇ死に方したら、俺らにどれだけ迷惑がかかるか分かってるのか?ああ?」
ルルゥの腹部にケリを2、3発入れながら男が絶叫する。しかし、その顔にあるのは、怒りではなく、怯えに見える。
レイブンという男が、よほど恐ろしいのだろう。
しかし、ぼーっと見ているのも不自然だ。アトレスは恐怖に顔をゆがませながらも、必死に立ち向かう表情で間に入った。
「ぼ、僕が悪いんです。ルルゥさんは迷っていた僕を、あ、案内してくれて。」
「なんだお前は。」
「あ……、新しく来た子よ。街でふらふらしてたから、私が見つけて、連れてきたの。」
「ルルゥさんは、悪くないんです。僕を殴ってください。」
そういうと男は全力の蹴りをアトレスに加えた。肉体強化でほとんどダメージは無いものの、生身の子どもであれば致命傷にもなりかねないダメージだ。
死んだら困るんじゃなかったのか。
「んのクソガキがぁ!よく覚えておけよ!テメェらは首輪がついている以上、絶対に逃げられねぇ。そして俺らの命令は絶対だ!次、同じことがあればこの程度では済まさねぇ!」
そういうと男はふーふーと息を荒げながら、奥の部屋へと入っていった。
それを見送り、よたよたとルルゥが近寄ってくる。
「だ、大丈夫?ごめんね、初日だしそこまでひどいペナルティはないと思ってたんだけど。もっと急がせればよかった。」
ルルゥは自分の顔を腫れ上がらせながらも、倒れたアトレスへと駆け寄って来た。
「ううん、大丈夫だよ。殴られるのには慣れてるから。それより、すぐに間に入れなくてごめん。」
そう言うと、ルルゥは涙を浮かべながら、アトレスを抱きしめた。
「大丈夫だよ、アトレス。ここでの生活は大変だけど、私が守るから。あなたは貴族に売られることになるけど、中にはいい生活をさせてくれる所もあるって聞いているわ。」
抱きしめているルルゥの身体。あまり食べていないのか、かなり細い。
「私かアトレスがここを出るまでは、本当の姉だと思っていいからね。なんでも聞いて。」
細い身体でぎゅっとアトレスを抱きしめるルルゥ。
「わかった。ありがとうルルゥ。」
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「という感じです。メーレン。」
アトレスが奴隷の家、農場に来てから一週間が過ぎた。ルルゥや他の奴隷たちから聞いた内容によると、キャリアが集められている家は全部で3箇所。町外れの森の中に中規模の小屋を建て、一つの小屋あたりに10〜15名ほどのキャリアが集められている。
「それと、年齢によって農場は分けられているみたいですね。Aは僕のいる 15歳以下、Bは16歳〜21歳程度、Cはそれ以上といった感じです。それと、Aの小屋が1番人数が多いようでした。」
「でかした、アトレス。潜入は順調のようだな。」
メーレンはアトレスからの定時連絡がいつ来ても良いように、常に指輪をつけて調査を進めていた。
「こちらもある程度の準備は整っている。3点同時に制圧するために、増員準備を進めている段階だ。準備ができ次第、お前を回収して、3つの拠点と、本部をたたく。」
「本部の調査はうまくいってるんですか?」
「ああ。一人、奴隷をコレクションしている貴族とのパイプを作ることができた。くだらぬ食事に付き合わされる目にあったがね。直接、首謀者のレイブンとのコネクションを持てるだろう。」
「ふふ、それはよかった。こちらで本部の兵力などは調査不要ですか?」
「それについては不要だ。脱走につながる警備状況などは、奴隷側から得られる情報が正しいとは限らないからな。こちらの情報と整合性が合わない時、混乱をまねくおそれもある。」
「あ、誰か来ました。また連絡します。」
アトレスは階段下に座り定時報告をしていたが、そこに一人の少年がやってきた。
「アトレスちょっといいか?」
声をかけて来たのは奴隷の一人、【タボ=ボルド】という13歳の少年だった。
「タボくん。うん、どうしたの?」
「ああ、お前、口は硬いか?」
「……約束したことは守るよ。」
「そうか、じゃちょっとこい。」
そう言うとタボはアトレスを少年たちが眠る寝室に案内した。言われるまま、部屋に入ると5人の少年がいる。
神妙な顔つきだ。
アトレスが戸惑っていると、意を決したようにタボは話し始めた。
「俺たちはここを抜け出す。」
「え!?」
「お前も参加しないか?ここにいても貴族に売られて地獄は続く。でも今なら、俺たちで協力して抜け出せる作戦があるんだ。」
「でも、どうするの?首輪は?」
アトレスは自分の首輪を見せる。
「大丈夫だ。俺のキャリアを使えば……ほら!」
そういうとタボは自分の首輪を外してみせた。
「俺のキャリア、8歳くらいの頃に発現したんだ。その頃はEランクって言われてたんだけど、年齢が上がるにつれて、どんどん威力が増して来た。」
タボ=ボルドのキャリアは【あらゆる物体を酸化させる能力】である。トリガーの岩塩を接種することで、錆びるまでの時間を短縮することができる。
「今じゃ、多分Dランクのキャリアになってる。こいつらの首輪だと縛れないくらいに成長してたんだ。」
アトレスは考える。こいつらの脱出、メーレンの作戦にどんな影響があるかわからない。しかし、反対するのも不自然だ。
自然に脱出計画を阻止するしか無い。
「で、でも警備の大人もいっぱいいるよ?」
「大丈夫だよ。こっちにはキャリアがあるんだぜ。特にホセのキャリアは【身体から針を出せる】能力で、戦闘向きだ。」
ホセと呼ばれた大柄の少年は力こぶを作ってみせた。
そんな程度の武力で逃げ切れると考えるあたり、まだ子どもなのだろう。アトレスとしては断固としてこの提案に乗るわけにはいかないが、このまま見過ごせばこの5人は死に、奴隷商サイドの警戒レベルが上がる可能性がある。
アトレスは集まった子ども達を見渡す。ルルゥは……いない。彼女は参加しないのか。
「ルルゥはどうするって?」
そう言うと、タボは苦い顔になった。
「ルルゥねぇは……こない。しつこく誘ったんだが、脱出なんてやめろの一点張りなんだ。」
ここを突くしかないだろう。
アトレスはルルゥの不参加を理由にして断ることにする。
「ルルゥが来ないなら、僕は置いていけないよ。もし僕らがいなくなった後、どんな目に合わされるか……。」
ぐっ。とタボが言い淀む。
「で、でもよぉ。俺は何度も誘ったんだ。ルルゥねぇももう14歳だし、いつ貴族に売られるかわからねぇ。だからよ、先に俺らで脱出して、街の連中に知らせてさ、ルルゥねぇを助けに戻るんだ。」
タボはルルゥのことが好きだった。優しく、ここに来たばかりの頃から世話を焼いてくれるルルゥに、親元を離れたばかりのタボは血のつながり以上のものを感じていた。必ずこの人をここから助け出したいと、タボはその時から決意していた。
暫くの沈黙。アトレスは一呼吸おいて話し始める。
「ルルゥは、僕が来た日に、時間がギリギリになっただけで何度も殴られていた。打ちどころが悪ければ、あんなの死んじゃうよ。脱出なんかしたら、僕らがどこに行ったのか、吐かせるために何をされるか分からない。」
タボは真剣な顔でアトレスの言葉を聞く。
「だから、ルルゥを僕が説得してみせるよ。それまで少し時間が欲しい。1週間経っても彼女の意見が変わらなければしょうがない。僕たちだけで、やろう。」
アトレスは真っ直ぐにタボの顔をみて伝えた。
タボはそれをみて静かに、わかった、と呟いた。
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翌日。タボの脱出計画については、1週間の猶予を稼ぎ、出来ればそれまでに作戦を決行してほしいことを指輪を通じてメーレンに伝えた。
「なるほど、状況は理解した。だが、こちらの準備も整いつつある。レイブンとの約束が取り付けた。本部への制圧開始だが、3日後、作戦を早めるためにアトレスの脱出と同時に行おう。私とアトレスが内部から、同時に外から捜査官20名で包囲する。」
「わかりました。キャリアとの戦闘の可能性はありますか?」
「首謀者のレイブン=ガストには、常にグレッグという傭兵の用心棒がついている。しかし、キャリアでは無い。ラットマンを制圧したお前の敵では無いだろう。私とお前の二人体制で、こいつらを制圧する。」
「グレッグ」
アトレスは聞いたことはないが、傭兵として名のある人物らしい。キャリアではないのであれば勝てるだろうが、それは向こうも分かっているだろう。それでいてキャリアの奴隷商という危険な人間の護衛を引き受ける人物。少し警戒しておきたい。
「作戦が始まった後は不確定要素が多すぎて細かな作戦が立てられない。臨機応変に頼むぞ。」
「わかりました。」
定時連絡も済み、アトレスは街中へ散歩に来ていた。奴隷という立場だが、昼間は少額の金と自由を与えられて外出が許可されている。一つに集まっていると目立つこと。加えて、商品である奴隷の健康状態、すなわち質が低下してしまうためだ。
「タボは地獄と言っていましたが……。いやぁ、奴隷の割には高待遇だと思いますがね。」
アトレスはこれまで数年間の独房生活を続けており、将来も死ぬまでキャリアと戦い続ける運命を背負っている。精度の高い本物の隷属の首輪によって行動も縛られている。そういう世界の人間だ。彼らの地獄はぬるく感じる。
そうこうして街中を歩いていると、焼きイカを売っている露天商を見つけた。ぬっとりとしたタレの香りが食欲をそそる。奴隷商から渡された金で買い食いでもするか、とアトレスは考えた。
「はは。お小遣いが与えられる分、ノーチラスよりも奴隷の方がいいかもですねぇ。」
「あれ?アトレス?」
そこにルルゥがいた。焼きイカを食べるイメージがなかったが、露店の前の方の列に並んでいる。彼女は少し照れくさそうにしながら、こっそりアトレスを呼ぶ。
「アトレスも買うの?じゃキミの分も一緒に買ってあげるよ。一緒に食べよ!」
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商人の街、サーグスワーゲンは円形の堀に囲まれた巨大な街だ。真ん中には巨大な時計塔があり、街中を広く見渡せるようになっている。中層までは一般人でも立ち入りができた。
夕暮れ。時計塔の中からみる街の景色は、日々の喧騒を忘れさせる暖かな空気に満ちている。
商人の街、というのは表裏一体だ。光が強ければ影もその分濃くなる。多額の金、多くの商品、有力者、人、それらが集まるほど幸せの総量と不幸の深さは大きくなる。
夕暮れに照らされたサーグスワーゲンは、光と影をより鮮明に映し出していた。ここに暮らす人たちの、または訪れた人達の、静かなる夜を願っているようにも見える。
「ここ、いいでしょ。」
ルルゥは時計塔の階段に腰掛け、イカ焼きを頬張りながらアトレスに笑いかけた。
「いつもね、ここに一人で来るんだ。」
夕焼けの光がルルゥの青い髪をオレンジに染めている。
「いいね。なんだか、色々と忘れてしまえそうだ。」
アトレスは本音で思ったことを言った。
ふと、ルルゥはアトレスの顔が年齢以上に大人っぽく見えた。もの寂しげで、深い慈愛と強さをもった、成熟した青年に。
ぶるぷると顔を振る。
年下の少年に何を思っているのだ、自分は。
ルルゥは気を取り直して話題を変えることにした。
「あ、アトレスは元々どんなところにいたの?」
「僕?うーん。サーグスワーゲンにも似てるけど、もっとたくさん人がいて、賑やかで、でも平和なところだったよ。」
「サーグスワーゲンより?それはすごいね。そんなにたくさん人がいたら、目が回っちゃいそう。」
ケラケラとルルゥは笑う。
「毎日、僕も目が回っていたよ。そうやって忙しく毎日を過ごしていると、だんだん友達ができた。守りたい人や大事な人、尊敬する人なんかも。」
「幸せ……だったんだね。」
「ルルゥは?」
「え?」
「どんな所にいたの?」
ルルゥはうーん。とうなり、残りのイカ焼きをパクッと全て頬張った。もぐもぐと咀嚼をし、ゆっくりと飲み込んでから、話し始めた。
「私はね、アトレスと逆かな。静かな場所だった。でもお父さんもお母さんもいて、弟もいて、毎日幸せだったよ。でも、私にキャリアがあるって分かった。」
「それで……?」
「それで、お父さんとお母さんはキャリアのこと誰にも言わなかったんだけど、弟が、うっかり街の人に言っちゃったみたい。『ねぇちゃんは凄いキャリアがあるんだ!』って。街の人に何かでバカにされて、悔しかったから咄嗟に言っちゃったんだ。」
じんわりと、ルルゥの目から涙が浮かんでいた。
「バカな弟だよね。でもね、弟は悪くない。私のことが大好きで、だから悔しかったんだよ。家族みんなが支え合って生きていた。それだけで良かったの。でも強いキャリアを持っているっていうウソの噂がどんどん広がって、あいつらが、来た。」
「あの、奴隷商の悪い人たち、だよね。」
「そう。強くなんてない、手から水が出るなんて何の役にも立たないキャリアだって言ったの。それでもヤツらは笑いながら私を捕まえた。」
ポロポロと涙がルルゥの頬をつたって落ちる。
「お父さんお母さん、弟はみんなで抵抗してくれた。最後の最後まで。」
ルルゥの家族はもういないのだろう。アトレスに向けた優しさ、同じ奴隷の子どもが彼女を姉と慕うのも、彼女が家族の愛情を求めていることの表れなのかもしれない。
「ごめんね。泣いちゃって。アトレスも辛いのに。」
アトレスは冷めてしまったイカ焼きの残りを頬張り、もぐもぐと咀嚼し、ごくりと飲み込んだ。
「ルルゥはさ、逃げ出したいって思わないの?」
「それ……タボくんの脱出計画のこと?アトレスも聞いたの?」
「うん。ルルゥは反対してることも聞いた。ルルゥが行かないなら僕も行かないって言ったけど。」
「アイツらから逃げるなんて絶対に無理よ。何度も言ったわ。でも聞き入れてくれないの。」
「僕も……そう思う。」
「アトレスは賢いんだね。周りがよく見えてる。」
「ルルゥがこれ以上辛い目に合うのだけは、嫌だから。」
アトレスの言葉に思わず顔が赤くなる。
二つも年下の男の子だ。背だって私の方が少し高い。なのに、農場にいる男の子とは少し違う感じだ。
ダメだ。ちょっと冷静になろう。うん、頭を冷やさなきゃね。久しぶりにあれをやろう。弟も好きだった。
ルルゥは立ち上がり、両手を高く上げ、んんーとうなる。
突然の行動。アトレスが不思議がっていると、ルルゥはいきなり両手からめいいっぱいの水を出した。
「えーい!!!」
「うわっ!冷たい」
「あはは!どーだ、すごいだろー!これが私のキャリアのちからだー!」
ルルゥは手から水を放出しながら、高らかに笑っている。二人はびしょびしょだ。
「悪いやつらはみんな倒しちゃうからね!安心してね!」
「ちょっ!ルルゥ!」
「ありがとう。アトレス。」
そういうと、ルルゥはアトレスの唇にそっとキスをした。
「へへっ。イカ焼きのソース、ついてたよ!」
水浸しのままケラケラと笑うルルゥは、アトレスの目からみても幸せそうに見えた。
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「でよぉ、ちゃんと裏どりは出来てるんだろうな。」
「はい、あのガキ。自分のキャリアで首輪を外していました。複数人に声をかけて脱出の計画まで立てていたようです。」
「かぁ……。これはうちの信用問題にも関わるぜ。絶対安全でやらせていただいているんだからよぉ。首輪を外せるやつなんざ、ぜってぇ外に漏らしちゃいけねぇよ。」
二人の男が暗がりの中で話している。そこに一人の影が入ってきた。
「遅くなりました。」
「おう、来たか。今回ばかりはお前のおかげで助かったぜぇ。」
「すみません。こちらで管理しきれず。」
「ああ、いい。未然に防げて何よりだ。ガキのキャリアだとこういう事例もあるっていう、いい勉強になった。売っぱらった後に起きてたら……ううっ!怖い貴族様に何されたかわかんねぇや。」
拘束され、男の会話を聞いていた少年は、そこにいるはずのない人がいるのを見た。それだけは絶対にない。そう言い切れる。俺が世界で1番、1番大切にしたい人。幸せになって欲しい人だ。
「ルルゥねぇ、なんで」
「ごめんね、タボくん。少し痛いけど、なるべく苦しまないように。」
「え」
「するから」
そう言うとルルゥは後ろを向く。最後の瞬間を目に映さないように
「え、い、痛。痛いぃぎゃあああああ」
少年の頭部が炸裂し、絶命した。
ドサリと肉体が倒れる音。
「よくやったルルゥ。ったくガキが手間取らせやがる」
「……」
「こいつの遺体はそのままにしろ。朝方、他のガキどもに見せしめる。逃げ出そうとした奴の末路をな。」
奴隷商のレイブン=ガストは、ねぎらいの言葉をかけつつも、一定の距離をあけてルルゥには近づこうとしない。ルルゥのキャリアの怖さを十分に知っているからだ。
「このガキ、お前に心底惚れていたようだな。良心は傷まないか?」
「……死ぬことで救われる子もいますから。」
ニタリとレイブンは笑う。
「ケヒッ。なるほどなぁ、確かに、そうかもなぁ。」




