EP 3
「――整列ッ! 我が国の誇りを見せよ!」
近衛騎士団長クルーガーの声が響く。
王宮の演習場には、豹耳族や熊耳族からなる百人の重装騎士が、闘気の盾を幾重にも重ねて『鋼鉄の壁』を築いていた。
対するは、俺とキャルルさんを乗せた、黒煙を吐く無骨なサイドカー。ハンドルを握るヴァルグの目は、獲物を前にした狼そのものだ。
「金吾くん、本当に大丈夫……? あの盾、城門を壊す魔砲でも貫けないんだよ?」
サイドカーの中でキャルルさんが俺の腕をギュッと掴む。
震える耳が可愛いが、今はそれどころじゃない。
「村長、よく見ててください。……あいつらは『奇跡』で守っていますが、俺たちは『理屈』でぶち抜きます」
俺はルルカに合図を送る。
「ルルカ! ニトロ(添加剤)注入!」
「了解! 分子構造、強制ブーストだぁぁ!!」
俺がスキルで精製した、極限まで燃焼効率を高めた『特製燃料』がシリンダーに送り込まれる。
ギィィィィィィンッ!!
金属が悲鳴を上げるような高回転音。
次の瞬間、ヴァルグがクラッチを繋いだ。
ドォォォォォォォォォォンッ!!
爆発。
サイドカーが、物理法則を無視した加速で石畳を蹴った。
時速、一気に150キロ。
「――なっ!? 魔力反応がないだと!? 伏せ……ぐあああああ!?」
最前列の騎士が叫ぶ暇もなかった。
魔力探知に頼り切っていた彼らにとって、闘気を纏わない鉄の塊は『存在しない死神』と同じだ。
ガガガガガガガガガッ!!
闘気の盾が、ガラス細工のように粉砕される。
衝突のエネルギーは数万ジュール。
鍛え抜かれた獣人の肉体といえど、マッハに近いピストンの往復が生み出す『質量×速度の二乗』の前では無力だ。
「ハハハハハ! 最高だ、主人! この『摩擦の熱』こそ、私が求めていた刺激だ!」
ヴァルグが狂ったように笑いながらハンドルを切り、陣形の中心でドリフトをかます。
巻き上がる砂煙と、焼けたゴムの臭い。
獣人最強と謳われた騎士団が、たった一台の鉄屑を前に、文字通り『塵』のように舞った。
「馬鹿な……。魔法も、闘気も使わず、ただの『泥』で、我が精鋭が……!」
玉座で見守っていたアーサー王が、立ち上がり、震えていた。
驚愕ではない。……それは、圧倒的な力への、獣としての本能的な『歓喜』。
「……見たか、アーサー王」
俺は、静止したサイドカーから降り、人参のハンカチで顔の煤を拭った。
足元には、意識を失った騎士たちが折り重なっている。
「これが石油の力。……そして、これはまだ『おもちゃ』に過ぎない。この力を軍艦に乗せ、空飛ぶ船に乗せれば、大陸の地図は明日にも書き換わる」
俺は、懐から再び『黒い契約書』を取り出した。
「どうしますか? ルナミス帝国がこれに気づく前に、俺を『盟友』として迎えるか。……それとも、ここで俺を殺して、ポポロ村という名の『世界の宝箱』を永遠に閉ざすか」
アーサー王は、ゆっくりと演習場へ降りてきた。
その黄金のたてがみが、夕日に照らされて輝く。
彼は俺の前に立つと、巨木のような腕を差し出した。
「……宮河金吾。貴様は九尾族より狡猾で、魔王より恐ろしい男だ」
アーサー王の大きな手が、俺の手を握りつぶさんばかりに包み込む。
「面白い。……その『呪いの泥』で、我を世界の頂へ連れて行け。……レオンハート王国は、今日この時を以て、ポポロ村と不退転の同盟を結ぶ!」
「交渉成立だ。……まずは、あんたの国の全車両を、俺の石油で動かしてやるよ」
俺が不敵に笑った、その時。
『――あらあら。随分と楽しそうなことをしているじゃない?』
空から、涼やかで、どこか聞き覚えのある声が降ってきた。
見上げれば、夕闇を切り裂いて、純白の羽を持つ『天使』たちが降臨していた。
その中心に立つのは、見覚えのある……。
「……ルチアナ様!?」
キャルルさんが叫ぶ。
女神ルチアナ。
ただし、今日の彼女はいつものジャージ姿ではない。……神々しいオーラを纏った、『仕事モード』の女神だ。
「世界を黒く塗り替える……なんて。私の作った箱庭を、勝手に改造しないでくれるかしら? ……石油王さん?」
女神の降臨。
それは、石油による産業革命が、ついに『天上の神々』の逆鱗に触れたことを意味していた。




