EP 6
「……デカいな。趣味が悪いほどに」
レオンハート獣人王国の王都、レオニダス。
天を突くような巨岩を削り出した王宮を見上げ、俺は独り言ちた。
隣では、正装(といっても軍服に近い)に身を包んだキャルルさんが、緊張で耳を小刻みに震わせている。
「金吾くん、いい? アーサー王は、ルナミス帝国のマルクス皇帝とは違う。……言葉より先に闘気で語る人だよ。絶対に、煽っちゃダメだからね?」
「善処しますよ。……ヴァルグ、準備は?」
「万事。……主人が合図をくだされば、この王宮ごと『沈黙』させてもよろしいですが?」
影のように付き従う執事が、事もなげに恐ろしいことを言う。
俺たちは重厚な扉を潜り、謁見の間へと足を踏み入れた。
そこにいたのは、黄金のたてがみを揺らし、巨大な玉座に深く腰掛ける一頭の獅子。
――レオンハート王、アーサー。
「――貴様か。我が緩衝地帯で、勝手な火遊びをしている人間というのは」
ドォォォォォンッ!!
声と共に放たれたのは、物理的な衝撃を伴う圧倒的な『闘気』のプレッシャー。
並の人間なら気絶し、魔導師なら魔力回路が焼き切れるほどの威圧。
キャルルさんが一歩前に出て、俺を庇おうと身構える。
だが、俺は彼女を制し、ポケットから『人参味の飴玉』を取り出して口に放り込んだ。
……糖分補給。営業の前には欠かせない。
「……火遊びじゃありませんよ、アーサー王。俺が持ってきたのは、あなたの国を『百年の停滞』から救う、最高のビジネスプランです」
「……何?」
アーサー王の目が細まる。
俺は、ルルカに作らせた『特注のポータブル・コンロ』を、謁見の間の冷たい石床に置いた。
そこに精製済みの灯油を注ぎ、火を灯す。
「この火に魔力はありません。ですが、この熱量は、あなたの国の重装歩兵が一日に消費する魔石の十分の一のコストで、兵士全員に温かい食事と、凍えない夜を提供します」
「……魔法を否定し、我が国の戦士に『泥の火』を拝めと言うのか。……不愉快だな。そんなものは、貴様を殺して奪えば済む話だ」
アーサー王が玉座から立ち上がる。
彼の手にある大剣『エクスカリバー・アウラ』が、黄金の光を放ち始めた。
ヴァルグが、音もなく俺の前に滑り込む。
「おっと、そこまでだ、王よ」
俺は、一束の書類――『黒い契約書』をアーサー王の足元へ放り投げた。
「俺を殺せば、その泥はただの毒水に戻ります。分子構造を安定させ、爆発を防ぎ、力に変えられるのは、世界で俺のスキルだけだ。……俺が死ねば、あなたの国に届くはずの『無尽蔵の燃料』は、永遠に失われる」
アーサー王の動きが止まった。
俺は畳み掛ける。
「接収えば一度きり。ですが、俺と契約すれば、レオンハート王国は『魔力切れ』の心配がない、大陸最強の機甲師団を手に入れる。……アーサー王、あなたは『君主論』を愛読していると聞きました。……どちらが賢明な判断か、考えるまでもないでしょう?」
静寂が、謁見の間を支配した。
アーサー王は足元の書類を拾い、その内容――石油の供給ラインと、ポポロ村の中立権、そして技術提供の独占権――を鋭い目で見つめる。
数分後。
黄金の闘気が、ふっと霧散した。
「……フン。ハズレスキル持ちの人間と聞いていたが、腹の中に住んでいるのは、九尾族よりもタチの悪い商人のようだな」
アーサー王は、大剣を鞘に収め、再び玉座に座った。
「面白い。……その契約、飲もう。だが、条件がある。……その『泥の力』。今ここで、我が近衛騎士団の『槍』を越えて見せろ。……できないならば、貴様をここでポポロ村ごと更地にする」
「……いいですよ。ルルカ!」
俺が呼ぶと、王宮の裏庭から、爆音と共に『一台の化け物』が乱入してきた。
ルルカが徹夜で改造した、石油エンジン搭載の『試作型・自動二輪(サイドカー付き)』。
「お待たせ金吾! ハイオク満タン、準備完了だよ!」
俺はキャルルさんの手を引き、サイドカーに押し込んだ。
そして、唖然とする騎士たちの前で、ヴァルグにハンドルを握らせる。
「アーサー王。……あなたの飛竜より速く、あなたの戦士より止まらない。……『科学』の突撃を、その目に焼き付けてください」
ブォォォォォォォォォンッ!!
王宮の石畳を削りながら、黒い煙を吐く鉄の馬が、獣人最強の騎士団へと突っ込んでいった。




