EP 9
『黒い黄金の通貨』
帝国の最終兵器『創世の巨神』が、無数のオモチャによって消し飛ばされた翌日。
ポポロ村のルナキン(ファミレス)貸し切りフロアには、大陸全土から名だたる大商会や銀行の頭取たちが集められていた。その中には、すっかり金吾の犬となったゴルド商会長の姿もある。
「皆様。本日はPPC(ポポロ石油公社)の緊急カンファレンスにお集まりいただき、感謝します」
俺は上座に座り、指の間に挟んだ赤マルを揺らした。
「単刀直入に言いましょう。今日この日を以て、俺たちPPCは、ルナミス帝国および各国の『金貨・銀貨』による決済を一切停止します。……今後の肥料、プラスチック製品、そして通信インフラの利用料は、すべてこの『新通貨』のみでの支払いとします」
俺はテーブルの上に、一枚の長方形の板を投げ出した。
ルルカが精製した特殊ポリマーに、複雑な微細ホログラムを刻み込んだ、絶対に偽造不可能なプラスチック・カード。
「名付けて『ペトロ・ゴールド(黒金引換券)』。……このカード一枚で、PPCが産出する原油一バレルと、いつでも交換を保証します」
フロアがどよめいた。
ゴルド商会長が、震える手を挙げる。
「み、宮河社長。それはつまり……我々が今まで蓄財してきた『金』を否定するということですか!? そんな紙切れ同然のプラスチックが、金に代わる価値を持つと!?」
「金に何の価値があります?」
俺は冷笑した。
「食えますか? 燃やせますか? 畑を豊かにできますか? ……金貨なんてものは、帝国が『価値がある』と保証していただけの、ただの重たい金属の塊だ。だが、帝国は昨日、俺のドローンに負けて軍事的信用を失った。魔法の源である魔石も、もはや発電機に勝てない。……お前たちの金貨は、明日にはただの鉄屑になる」
商人のトップたちが、息を呑む。
彼らは理解したのだ。今、この世界で最も確実な『価値』を持つのは、黄金でも魔石でもない。世界を動かすエネルギーそのもの――『石油』であると。
「……主人の仰る通りです」
壁際で控えていたヴァルグが、白手袋を直しながら優雅に微笑んだ。
「実体のない『信用』にすがるなど、狂気の沙汰。物理的な『力』に裏打ちされたペトロ・ゴールドこそ、新たな世界の道徳的基盤となりましょう」
「ルチアナ様のソシャゲ課金も、明日からこれで決済するって泣いて喜んでたよ! 偽造しようとしたら、カードの中に仕込んだ極小C4爆薬が指を吹き飛ばす親切設計!」
ルルカが物騒極まりないセキュリティ仕様を自慢げに語る。
「待ってください!」
一人の商人が悲鳴を上げた。
「私どもの資産はすべて帝国金貨です! 今からこのペトロ・ゴールドを手に入れるには、どうすれば……!」
「今なら、市場価格の半値で、お前たちの金貨とペトロ・ゴールドを両替してやりますよ。……ただし、期限は今日の日没までだ」
パニックが起きた。
大商人たちが我先にと両替の契約書にサインを求め、殺到する。
それを見て、キャルルさんが俺の袖を不安げに引っ張った。
「金吾くん……これ、帝国の人たちのお金が、全部ただの石ころになっちゃうってことだよね? 一生懸命働いて、お金を貯めたおじいちゃんやおばあちゃんも、明日からご飯が買えなくなっちゃうの……?」
「……ええ。帝国の経済は今日、崩壊します。ハイパーインフレです」
冷徹に事実を告げる俺に、キャルルさんは唇を噛み締めた。
彼女の算盤は、敵国の民草の苦しみすらも見過ごせない。
「……金吾くん」
キャルルさんは、震える手でポケットから小袋を取り出した。
中から出てきたのは、いつものコーヒーキャンディ。
「お願い。悪い王様をやっつけるのはいいけど、泣いている普通の人たちは、見捨てないであげて。……みんなで、美味しいおでんが食べられるようにしてあげて。……はい、飴。無理はしちゃダメだからね」
自分の村の利益だけでなく、破滅する敵国民の救済まで強要する、世界一重たい無償の愛。
俺は無言でキャンディを受け取った。
口に放り込み、奥歯で――
ボリッ。
鋭い音が、ファミレスの喧騒を一瞬だけ切り裂いた。
口内に広がる強烈な苦味と甘みが、俺の思考を極限まで加速させる。俺は赤マルの煙を深く吐き出し、立ち上がった。
「ゴルド!」
「は、はいぃっ!」
「集めた金貨を、今すぐルナミス帝国の市場へ一斉にばら撒け! 帝国内の『小麦』『野菜』『日用品』を、金に糸目をつけずに全量買い占めるんだ!」
「ぜ、全量!? しかし、それでは金貨が市場に溢れかえり、帝国の物価がさらに天文学的に跳ね上がってしまいます!」
「それが狙いだ。……だが、買い占めた食料を腐らせる気はない」
俺は、不安そうに見上げているキャルルさんの頭に、ポンと手を置いた。
「買い上げた物資は、すべて『PPC配給所』の看板を掲げて、帝国の市民たちにペトロ・ゴールド建てで超・低価格で販売しろ。……通貨の切り替えについてこられず、飢え死にしそうな貧民には、ツケ(無利子)で食い物を配ってやれ」
「なっ……!? 敵国の民を、我々が養うと!?」
「そうだ」
俺は冷酷に笑った。
「国家が民を飢えさせ、俺たちPPCが民を食わせる。……帝国の市民に『どちらに支配された方が幸せか』を骨の髄まで理解させろ。一ヶ月後には、帝国市民の全財産と生命線は、完全に俺の帳簿の管理下に入る」
「金吾くん……!」
キャルルさんの顔がパァッと明るくなり、俺の背中にギュッと抱きついてきた。
「バカな王様の代わりに、金吾くんがみんなを助けてあげるんだね! かっこいいよ!」
「……勘違いしないでください。俺は慈善事業家じゃない。帝国という『土地』と『人民』を、丸ごとM&A(買収)しただけです」
甘いコーヒーの残り香と共に、俺は『新世界の王』としての算盤を弾き終えた。
◆
その夜。
ルナミス帝国の玉座の間で、マルクス皇帝は報告書を持ったまま膝から崩れ落ちた。
「……金貨の価値が、百分の一に暴落だと……? 市民が……我が国の市民が、ポポロ村の配給所に列を作り、暴動を起こしているだと……?」
彼が読み漁ってきた『君主論』も『資本論』も、この前代未聞の経済侵略の前では何の役にも立たなかった。
軍隊を動かそうにも、魔石は枯渇し、兵士に払う給金すら紙屑と化した。
「……余の、負けだ。……あの泥が、余の帝国を食い尽くした……」
マルクス皇帝は、震える手で帝冠を外し、力なく立ち上がった。
もはや、馬車を動かす燃料さえない。
「……歩いて向かうとしよう。あの、忌まわしき夜のない村へ」
世界の覇権が、完全に移行した夜だった。




