EP 8
『帝国の最終兵器(古代魔導具) vs プラスチックの玩具』
ズズズンッ……!
ルナミス帝国の帝都から、地響きを立てて『それ』は歩みを進めていた。
「おお……見よ! これぞ我が帝国の誇る最終兵器、『創世の巨神』!」
帝都のバルコニーから、マルクス皇帝が狂気じみた笑い声を上げる。
魔石を実に一万個――帝国の国家予算三年分を文字通り『炉』に放り込んで起動させた、神話時代の超大型魔導機兵。身長五十メートルを超える岩と鋼の巨体が、ポポロ村へ向けて一直線に進行していた。
「宮河金吾め……通信網を奪い、食糧を握り、我が帝国を干上がらせた罪、万死に値する! その巨神の前に、貴様の黒い泥など踏み潰されるがいい!」
もはや経済的な対抗手段を失った帝国は、最後に残された『理不尽な暴力』にすがるしかなかった。
◆
「……主人。目標、当村まで距離三千。極めて高密度の魔導障壁を展開しており、自警団のライフルでは傷一つ付きません」
ポポロ村。新たに建設されたプレハブ団地の屋上で、ヴァルグが静かに報告した。
眼下では、難民上がりの新入社員(五千人)たちが、迫り来る巨神の姿に絶望し、パニックを起こしかけている。
「ひぃぃっ! あんなの勝てるわけねえ! 山が歩いてきてるようなもんだぞ!」
「せっかく、三食おでんが食える生活になれたのに……!」
「みんな、落ち着いて! パニックになっちゃメッだよ!」
キャルルさんが、村内放送用のマイクを握りしめて叫んだ。
だが、その声の震えは隠せない。彼女はマイクを置くと、特注の強化靴のバックルを締め直し始めた。
「……村長。何をする気ですか」
「あの巨神を止める。私の『超電光流星脚』を、あの巨神の関節にピンポイントで叩き込めば、進行を少しは遅らせられるはず……! みんなが逃げる時間くらいは稼げるよ!」
無茶苦茶だ。マッハで激突したところで、あの質量と魔導障壁の前では、キャルルさんの足はおろか、命そのものが粉々に砕け散る。
「私の命なんて、どうなってもいいの。北極星は、みんなが逃げる道を照らすために燃えるんだから……」
キャルルさんが悲壮な覚悟で笑い、いつものようにポケットから小袋を取り出した。
「金吾くんは、みんなを連れて逃げてね。……はい、最後のコーヒー飴。今まで、ありがとう」
震える手で差し出された、一粒のキャンディ。
自己犠牲。無償の愛。算盤の合わない、美しすぎるバグ。
「……」
俺は、彼女の手を強く握り、キャンディを受け取った。
口の中に放り込み、奥歯で――
ボリッ。
鋭い破砕音が、彼女の悲壮な決意を断ち切った。
苦味と甘みが脳の回路に火をつける。俺は赤マルに火を点け、紫煙を吐き出しながら、キャルルさんのウサギ耳を軽く引っ張った。
「痛っ!?」
「バカ言わないでください、村長。逃げる? 誰が? この巨大プラントの建設費の減価償却が、まだ全く終わってないんですよ」
「で、でも、あの巨神は……!」
「ルルカ」
俺が呼ぶと、プレハブの影から、キャンディを咥えたドワーフの天才技師がひょっこりと顔を出した。
「あいあいさー! 糖分バッチリ、倫理観ゼロだよ!」
「帝国が『一万金貨』の兵器を出してきた。……こっちの『三銅貨』の玩具で、遊び方を教えてやれ」
「うひゃあああ! アリスのお茶会、展開!!」
ルルカが手元のタブレット(プラスチック製)を叩く。
瞬間。
ポポロ村の地下格納庫から、凄まじい羽音と共に『それ』が飛び立った。
ピンク色のウサギ。黄色いアヒル。不気味なトランプ兵。
一見すると、量販店で売られているようなチープでカラフルな『プラスチック製の玩具』の群れ。その数、実に一万機。
「なに、あれ……?」キャルルさんが目を丸くする。
「ルルカ特製、自律型AI搭載・特攻ドローン。……外装は俺が精製した最安価のポリマー。動力は超小型エンジン。そして中身は――」
「特濃の『C4プラスチック爆薬』だよぉ!」
ルルカが満面の笑みで叫ぶ。
空を埋め尽くすほどの『チープな玩具たち』が、迫り来る創世の巨神へと殺到した。
『グォォォォォォォッ!!』
巨神が咆哮し、迎撃の魔導レーザーを乱れ撃つ。
だが、玩具たちは異常な機動でレーザーを避け、あるいは撃ち落とされても後続が次々と巨神に取り付いていく。
そして――。
「さあ、世界のルール(パズル)が壊れる音を聞いて!」
ルルカが起爆スイッチを押した。
カッ……!!
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
太陽が地上に落ちたかのような、凄まじい閃光と爆音。
一万機のプラスチック爆薬が一斉に起爆。化学反応が引き起こした圧倒的な破壊エネルギーは、巨神の魔導障壁を紙切れのように吹き飛ばし、その強固な岩と鋼のボディを内部から微塵に粉砕した。
数秒後。
帝国の切り札であった巨神は、跡形もなく消え去り、緩衝地帯に巨大なクレーターだけが残った。
「……ば、馬鹿な」
通信用の魔導石越しに、マルクス皇帝のへたり込む音が聞こえた。
「一万の魔石が……帝国の威信が……得体の知れない、泥の玩具に……!」
「お分かりですか、皇帝陛下」
俺は通信機に向かって、冷たく言い放った。
「あんたの兵器は、一機一万金貨。対する俺のドローンは、一機三銅貨だ。……戦争は『奇跡の殴り合い』じゃない。ただの『予算の削り合い』だ。そして、俺の黒い泥のコストパフォーマンスに、あんたたちの魔法は絶対に勝てない」
絶望的な沈黙が、帝国側に落ちた。
兵力も、インフラも、そして絶対の武力すらも、完全に論破された瞬間だった。
「……金吾くん」
呆然とクレーターを見つめていたキャルルさんが、そっと俺の袖を引いた。
「もう……誰も、痛い思いしなくていいんだよね?」
「ええ。誰も死なせませんよ、村長」
俺は、コーヒーの苦味を噛み締めながら、遠く帝都の方角を見据えた。
「――さあ、最後の仕上げだ。帝国の『心臓』を止めにいくぞ」




