EP 7
『キャルルの「算盤」と血塗れの救済』
ポポロ村の境界線が、かつてないほどの騒然たる空気に包まれていた。
ルナミス帝国の経済崩壊により、辺境の領主たちが軍閥化し、略奪を始めたのだ。そこから逃げ出してきた難民の群れが、安全と食料を求めてポポロ村に押し寄せていた。
「……主人。難民の数は約五千。当村の人口の十倍です」
国境のゲートを見下ろす物見櫓の上で、ヴァルグが双眼鏡を下ろしながら淡々と報告した。
「重傷者も多数。さらに後方からは、彼らを『奴隷』として連れ戻そうとする軍閥の追手――約三百の武装兵が迫っています。『プロフェッショナルマネジャー』の観点から申し上げますと、この群れはリスクそのもの。ゲートを封鎖し、見捨てるのが最適解かと」
「当然だ」
俺は赤マルに火を点け、紫煙を吐き出した。
尿素肥料で食料生産が上がったとはいえ、五千人のド素人を養うインフラはない。感情で算盤を狂わせれば、村ごと共倒れになる。
「ルルカ。防衛システム(地雷)のセーフティを外せ。一歩でも入る奴は、難民だろうが追手だろうが肉片にしろ」
「あいあいさー! アリスのお茶会の始まりだね!」
ルルカが嬉々として起爆スイッチに手をかけた、その時だった。
「――待って!! ダメだよ、ルルカちゃん!!」
物見櫓の梯子を駆け上がってきたのは、村長のキャルルさんだった。
彼女は血相を変えて俺に詰め寄った。
「金吾くん! あの人たち、ボロボロだよ! 追い返したら死んじゃう!」
「死にますね。ですが、うちの算盤には関係ない。五千人を養う金も仕事も、この村にはないんです」
「仕事なら、作る! 彼らだって、やり方さえ教えれば自分で立てるはずだよ! 天は自ら助くる者を助く……北極星の役目は、その光をあげることでしょ!?」
彼女の奥底にある『自助論』が暴走している。
俺がため息をつこうとした瞬間、物見櫓の下――難民たちの後方から、怒号と悲鳴が上がった。
軍閥の武装兵たちが追いつき、難民を刃で切りつけ始めたのだ。
「ヒャッハー! 逃げられると思うなよ、家畜ども! ポポロ村の金魚のフンになりたきゃ、ここで死体になってから行け!」
その光景を見た瞬間。
キャルルさんの長い耳が、ピン、と垂直に逆立った。
「……男の子が、弱い者いじめしちゃ、メッだよ」
言うが早いか、キャルルさんは物見櫓から、二十メートルの高さを躊躇なく飛び降りた。
「村長!?」
ドゴォォォォォォォンッ!!
隕石が落ちたような轟音が響き、武装兵の中心に凄まじいクレーターが穿たれた。
土煙の中から立ち上がったのは、特注の強化靴を履いたキャルルさんだ。
その手には、愛用のダブルトンファーが握られている。
「な、なんだこのウサギ女は!? やれ! 殺せ!!」
武装兵たちが一斉に斬りかかる。
だが、元・レオンハート王国近衛騎士隊長候補の彼女に、辺境のゴロツキが触れられるはずもなかった。
「『月影流・顎砕き』」
トンファーで剣を弾き飛ばし、闘気を纏った膝蹴りが、大男の顎を粉砕する。
そのまま流れるような動きで敵陣のど真ん中に飛び込み、連続回し蹴り『乱れ鐘打ち』が炸裂。甲冑ごと肋骨をへし折る鈍い音が、戦場に響き渡る。
「ひぃぃっ!? ば、化け物……!」
「ごめんなさぁぁぁい! でも、みんなを守らなきゃいけないの!」
キャルルさんは、泣きそうな顔で謝りながら、武装兵たちの四肢を容赦なくへし折っていく。
さらに彼女は、返り血を浴びながら、倒れている難民たちに自らの闘気(体力)を削って『月光薬』の治癒魔法をかけ始めた。
敵を蹴り殺し、味方を回復させる。戦場は、彼女の血と敵の血で赤く染まっていく。
「……あーあ。村長、また寿命縮めるような演算してる。非効率的だなぁ」
ルルカが呆れたように呟く。
数分後。
三百の武装兵は全員が地面に這いつくばり、難民たちの傷は塞がっていた。
キャルルさんは、ラフな格好を真っ赤な血と泥で汚しながら、フラフラと物見櫓へ戻ってきた。
「……えへへ。金吾くん、みんな、助かったよ……」
息も絶え絶えに微笑む彼女は、ポケットから震える手で小袋を取り出した。
「勝手なことして、ごめんね。金吾くんの算盤、狂わせちゃった……。でも、私、どうしても見捨てられなかったの。……はい、コーヒー飴。怒っちゃ、メッだよ」
血まみれの手のひらに乗せられた、一粒のキャンディ。
自らを削ってまで弱者を救おうとする、どこまでも破綻した無償の愛。
「……」
俺は、無言でそのキャンディを受け取り、口に放り込んだ。
そして、奥歯で思い切り――
ボリッ。
硬質な音が、脳天に突き抜ける。
強烈な苦味と甘みが、俺の中の冷徹な回路をオーバークロックさせた。
俺は赤マルを指で弾き飛ばし、仮想スプレッドシートの桁を暴力的に書き換えた。
「ヴァルグ。ルルカ」
「「はっ / あいあいさー」」
「五千人を収容する『プレハブ団地』と、原油の『巨大蒸留プラント』を三日で設計しろ。……難民共には、明日から全員、PPCの契約社員として死ぬ気で働いてもらう」
俺は、呆然とする難民たちを見下ろし、拡声器の魔導具を手にした。
「聞け、難民ども!! お前らの命は、今日からこの血まみれの村長のものだ! 俺が飯と寝床を用意してやる! 代わりに、四六時中『プラスチック』と『燃料』を生産する歯車になれ! 俺がポポロ村を、大陸最大の『重工業都市』にしてやる!!」
難民たちから、地鳴りのような歓声が上がった。
「金吾くん……! ありがとう……!」
キャルルさんが、血まみれのまま俺に抱きついてくる。
「勘違いしないでください、村長。……高くついた分は、帝国の経済から一滴残らず搾り取りますからね」
コーヒーの残り香を噛み締めながら、俺は不敵に笑った。
五千の労働力。
これで、俺の『経済封鎖』は、最終段階へと移行する。




