EP 4
第四話『共感と再教育。大陸最大の商会を買い叩く』
「――信じられん。あの白い粉(尿素肥料)は魔石を一切使わず、土壌の生産性を数倍に跳ね上げているだと!?」
ルナミス帝国の首都に構える『ゴルド商会』本部の巨大な金庫室。
豪奢なマホガニーの机を叩き、商会長のゴルドが脂汗を流していた。
「しかも、我々の扱う魔導具のガラスや鉄の部品が、ポポロ村の『ぷらすちっく』なる安価な素材に次々とシェアを奪われている。……このままでは、当商会は半年で破産するぞ!」
「会長。こうなれば、荒事を起こすしかありません。ポポロ村の元凶、宮河金吾を暗殺し、あの『黒い泥』の施設を制圧しましょう。手配した『影の牙』の腕利き三十名が、すでに村の境界に潜んでいます」
「やれ! あの不気味な村を更地にしろ!」
その会話のすべてが、机の裏に張り付いた『極小の羽虫(プラスチック製盗聴ドローン)』を通じて、ポポロ村の金吾の耳にリアルタイムで筒抜けになっているとも知らずに。
◆
「三十人、ですか。随分と安く見られたものです」
ポポロ村、ルナキン・ポポロ支店。
深夜のドリンクバー前で、タキシード姿のヴァルグが白手袋を直しながら優雅に呟いた。
「金吾くん! なんだか村の外に、黒い服を着た迷子のお客さんがいっぱいいるみたい! 寒いといけないから、おでんと芋酒の屋台を出してあげようかな?」
キャルルさんが、厨房から大鍋を抱えて小走りでやってきた。
暗殺者を『迷子の客』と解釈し、夜食を振る舞おうとする。彼女の優しさは、いつだって敵味方の境界線を破壊する。
だが、刃を向けてくる害虫にまでその慈愛を向けさせるわけにはいかない。
「村長。屋台は出しませんよ。連中は、俺たちの算盤をぶっ壊しに来た『不法侵入者』だ」
「えっ……? そうなの? でも、お腹すかせてるかも……」
「村長」
俺が少しだけ声を低くすると、キャルルさんは耳をシュンと伏せ、ポケットから小袋を取り出した。
「……うん。ごめんね。はい、コーヒー飴。……無理しちゃダメだよ」
俺は無言でそれを受け取り、口の中に放り込んだ。
そして、奥歯で思い切り――
ボリッ。
硬質な音が鳴る。
苦味と甘みが脳の回路をショートさせ、俺は『交渉人』から『支配者』へとスイッチを切り替えた。
「ヴァルグ。暗殺者どもに『人間の在り方』を教えてこい」
「御意。……共感と秩序の尊さを、骨の髄まで刻み込んでご覧に入れましょう」
ヴァルグが影の中に溶けるように消えた。
数分後。村の境界の森から、野獣の悲鳴にも似た絶叫が連続して響き渡る。
ヴァルグの哲学。人は他者の痛みに共感し、自制するからこそ社会が成り立つ。それを解さない獣には、徹底した『罰』という名の恐怖を植え付けることでしか、ルールを教え込めない。
物理的な圧倒的暴力による、命を奪わないギリギリの『再教育』。
悲鳴は、きっちり五分で止んだ。
「さて、本命の相手をするか」
俺は、通信用に改造した魔導石をテーブルに置いた。
ルルカがハッキングした回線を通じ、ゴルド商会の会長室と強制的に回線を繋ぐ。
『な、なんだ!? 回線が勝手に……!』
「こんばんは、ゴルド会長。宮河金吾です。……あんたが送った三十匹のネズミは、今うちの執事が優しく寝かしつけてますよ」
『貴様ぁっ! どうやって……いや、いい! ポポロ村ごときが、大陸の物流を牛耳る我が商会に喧嘩を売る気か!』
「喧嘩? 違いますよ」
俺は、赤マルに火を点け、紫煙をカメラ代わりの魔石に吹きかけた。
「買収(M&A)の提案です。……あんたの商会が裏でルナミス帝国の高官に贈賄している裏帳簿のデータ、それから、他国の関税をごまかすための密輸ルート。……うちの『羽虫』が、全部見させてもらいました」
『なっ……!?』
画面越しのゴルドの顔面から、一瞬で血の気が引く。
「この情報が帝国や諸国に漏れれば、あんたは明日、処刑台だ。……だが、俺は商社マンなんでね。潰すより、使う方が好きだ」
俺は、スプレッドシートで弾き出した買収額を提示した。
「ゴルド商会の全株式の51%。これを、俺が独占精製する『ポーション用プラスチック容器』の向こう十年間の優先卸売権と交換で買い取る。……事実上、あんたの商会は今日から『ポポロ石油公社(PPC)』の物流部門だ」
『ば、馬鹿な! そんなふざけた条件、飲めるわけが……!』
「飲まなければ、明日からあんたの商会に回す『肥料』も『燃料』もゼロにする。……三日で倒産するか、俺の下で永遠に稼ぐか。五秒で決めろ。五、四、三――」
『の、飲む! 飲むぅぅぅっ!』
大商会のトップが、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら画面の向こうで土下座した。
物流網、完全掌握。
これで、俺の作った石油製品を、大陸の隅々まで一瞬で流通させる血管を手に入れた。
「……金吾くん、やっぱり悪い顔してる。メッだよ」
キャルルさんが、俺の頬をツンと突いた。
俺は息を吐き、口の中に残るコーヒーキャンディの甘みを味わいながら、肩をすくめた。
「悪いのは俺の算盤じゃありません。……変化に対応できなかった、世界のルールの方ですよ」




