EP 3
『極小の監視者と、計算外の甘いバグ』
ポポロ村の村長宅、兼・ポポロ石油公社(PPC)の仮設オフィス。
床には、油まみれの工具や奇妙な形状の鉄屑が散乱し、その中央で小柄なドワーフの少女が白目を剥いて痙攣していた。
「……あー。ダメ。脳の糖分、ゼロ。世界の処理落ち……死ぬぅ……」
「ルルカちゃん! 男の子じゃないけど、無理しちゃメッだよ! はい、特製パフェ!」
キャルルさんが、毒々しいほどに鮮やかなピンク色をした苺パフェを、倒れたルルカの口に容赦なく突っ込んだ。
「んんっ!? ……あまああああい!!」
ルルカが跳ね起きる。彼女の瞳に、狂気的な知性の光が再点灯した。
俺が石油の副産物から合成した『人工甘味料』と『合成着色料』を使った、極限まで糖度を引き上げたパフェだ。
「ぷはぁっ! 生き返った! やっぱり村長のアバウトな盛り付けは最高! 計算外の甘さだよ!」
「えへへ、ルルカちゃんがいっぱいお仕事できるように、甘さいっぱいにしておいたからね〜☆」
キャルルさんが自分のエプロンで、ルルカの油まみれの頬を優しく拭う。
ルルカは、そんなキャルルさんをうっとりとした目で見上げていた。
ルルカにとって、この世界は退屈な方程式の集まりに過ぎない。他人の命も、国家の存亡も、彼女にとっては解き明かす価値のない簡単な暗号だ。だが、この月兎族の女だけは違う。
自分を削ってまで他人に利益を与えようとする、論理が完全に破綻した『愛』。
ルルカは、この世界で唯一解けない美しいバグ(キャルル)のことが、狂おしいほどに気に入っていた。
「……平和ですね。ですが、外のパズルは少し厄介な形に組まれているようです」
部屋の隅、影の中からタキシード姿のヴァルグが音もなく現れた。
「主人。ルナミス帝国および、大陸最大の物流組織『ゴルド商会』から、村に多数の『ネズミ』が潜入しています。どうやら、例の白い粉(肥料)の秘密と、原油の採掘場所を特定するつもりのようです」
「なるほどな」
俺は深くため息をついた。
帝国も商会も、俺がもたらした圧倒的な豊かさの「実態」を力ずくで奪おうとしている。俺のスキルがなければ維持できないとも知らずに。
「ヴァルグさん、ネズミさんたち、村の周りで迷子になってたから、ルナキンで温かいおでんをご馳走しておいたよ! みんな『任務を忘れてここに住みたい』って泣いてたけど、大丈夫かな?」
キャルルさんが、ニコニコと恐ろしい報告をしてきた。
……また彼女の狂った算盤(善意)が発動している。敵国のスパイを、情と美味い飯で懐柔してどうする。
「村長。スパイにおでんを奢った金は、どこから出てるんですか?」
「えっと……金吾くんのツケで!」
「……はぁ」
俺はポケットを探り、キャルルさんがいつも補充してくれている小袋を取り出した。
その中から、一粒のコーヒーキャンディをつまみ出す。
「はい、コーヒー飴! 金吾くんも無理しちゃダメだからね!」
キャルルさんの無垢な笑顔。
俺は無言でキャンディを受け取り、口に放り込んで、奥歯で思い切り――
ボリッ。
苦味と甘みが弾け、俺の脳内の冷徹な算盤が、一つ桁を繰り上げた。
瞳の温度が下がるのを感じる。スパイという害虫が、キャルルさんの平穏な日常を脅かそうとしている。なら、帳尻を合わせるまでだ。
「ルルカ」
「あいあいさー! 金吾、何創る!? ネズミの脳みそを溶かす電波!?」
「もっと陰湿で、確実なやつだ。……プラスチックの『虫』を作れ。魔力を一切持たず、ただ情報だけを収集する極小の監視網をな」
「うひゃあああ! 最高! 世界の裏側を覗き見するチートコードだね!」
俺は原油から特殊なポリマーを精製し、ルルカの作業台へ放り投げた。
彼女の異常なドワーフの技術と俺の化学が融合し、指先ほどのサイズの『透明な羽虫』が次々と組み上がっていく。
魔力を持たない彼らは、帝国のどんな高度な魔導探知にも引っかからない。
「ヴァルグ」
「御意に」
「村に入ったスパイの荷物に、その虫を仕込め。おでんを食わせた後、わざと情報を掴ませて逃がせ。……奴らが帰還する帝国の会議室、ゴルド商会の金庫室、すべてに俺の『耳』と『目』を潜り込ませる」
情報とは、魔石よりも重い武器だ。
敵がこちらを奪おうと計画を立てている間に、俺たちはその計画書をリアルタイムで閲覧する。
「魔法に頼り切った連中に、教えてやれ。……見えない壁(魔導障壁)の中で安心しているお前たちの喉元には、すでに俺の毒牙が刺さっているとな」
赤マルの煙をくゆらせながら、俺は村の夜空を見上げた。
無数の透明な虫たちが、音もなく大陸全土へと散っていく。
世界のルール(パズル)は、俺が完全に書き換える。
キャルルがパフェを食べて笑っている、この狂った日常を守るためだけに。




