EP 2
『肥料革命。飢えを救うのは「黒い泥」と砕かれた飴玉』
ポポロ村の国境ゲートに、数百人のボロボロの農民たちが押し寄せていた。
ルナミス帝国の辺境村から逃げ出してきた難民たちだ。
「お願いです、キャルル村長……! 帝国の『魔石増税』のせいで、もう畑にまく魔導肥料が買えねえんです……。このままじゃ、村の子供たちが飢え死にしちまう……!」
「どうか、月光薬を……少しでもいいんです……!」
すがりつく農民たちを前に、キャルルさんは悲痛な顔で耳を伏せていた。
彼女のバイブルの一つ『自助論』には、自ら立つ者を助けよとある。だが、自ら立つ力すら奪われた者たちを見捨てるほど、彼女の算盤は冷酷にできていない。
「……わかった。みんな、無理しちゃメッだよ。私が、なんとかするからね……!」
キャルルさんが、自らの腕をトンファーの柄で傷つけようとした。
彼女の月兎族としての血と体力を聖なる泉に注げば、万病を治し活力を与える『月光薬』ができる。だが、数百人分となれば、彼女の命に関わる。
「村長、ストップだ」
俺は赤マルの煙を肺に吸い込みながら、彼女の腕を掴んだ。
隣では、糖分が切れて地面に転がっているドワーフの天才技師、ルルカが虚ろな目で呟く。
「……あーあ。金吾、その難民たち、あたしの『アリス式・全自動ミンチ機』に入れて、芋の肥料にしちゃダメ? 効率いいと思うんだけどぉ……」
「ルルカ、糖分切れてるからって倫理観まで切らすな。……ヴァルグ、お前の見立ては?」
タキシード姿の執事、ヴァルグが静かに進み出た。
「主人。『プロフェッショナルマネジャー』の観点から言えば、彼らの受け入れは不良債権の抱え込みです。帝国の棄民を救えば、帝国の財政を助けるだけ。ここは見捨てるのが正解かと」
「……金吾くん」
キャルルさんが、すがるような、けれど芯の強い瞳で俺を見た。
彼女は自分の命を削ってでも、この世界を救おうとしている。バカげた無償の愛だ。等価交換の商社マンだった俺からすれば、絶対に手を出してはいけない不良案件。
「金吾くんも、お仕事いっぱいで疲れてるよね。……ごめんね。はい、コーヒー飴。無理しちゃダメだよ」
キャルルさんが、俺の手のひらに小さな包みを乗せた。俺の好きな、苦味のあるコーヒーキャンディ。
「……」
俺は、受け取ったコーヒーキャンディを包みから出し、口に放り込んだ。
そして、奥歯で思い切り――
ボリッ。
硬質な音が、静まり返ったゲート前に響いた。
キャンディの鋭い苦味と甘みが、脳髄を駆け巡る。仮想スプレッドシートがオーバークロックし、俺の視界から「温度」が消えた。
「――ヴァルグ。難民を全員、村の居住区へ案内しろ。温かいルナキンの朝定食を食わせろ」
「……主人? それは採算が……」
「合わせるんだよ。俺がな」
俺は赤マルを地面に落とし、靴の底で揉み消した。
「キャルルさんの血を流させるくらいなら、帝国の経済に血を流させる。……ルルカ! 飴食って起きろ! 『ゼロから1』を創る時間だ!」
「ひゃんっ!?」
キャルルさんが慌ててルルカの口に特大のパフェを突っ込むと、ルルカの瞳に狂気的な光が戻った。
「うひゃああ! 糖分キタキタキタァ!! で、金吾! 何をぶっ壊すの!?」
「世界のルールだ」
俺は、ポポロ村の地下に広がる石油プラントから、原油の精製過程で出る『副産物』を抽出した。大量の水素ガス。それに空気中の窒素を、俺のスキル【分子構造編集】で強制的に結合させる。
本来なら高温高圧が必要なハーバー・ボッシュ法を、俺のスキルで常温・一瞬で完了させる。
出来上がったアンモニアに、さらに二酸化炭素を結合。
数分後。俺の足元に、真っ白な粒子の山が築かれた。
「これは……雪ですか?」
ヴァルグが目を細める。
「魔法の泥(魔石)なんかより、よっぽど世界を狂わせる『白い粉(尿素肥料)』だ」
俺はその白い粉を、キャルルさんの畑に撒いた。
ポポロ村の豊かな土壌と、石油化学が生み出した極限の高栄養肥料。
魔法の促進剤など使わずとも、太陽芋や月見大根の芽が、目に見える速度でボコボコと地表を割り、数日のうちに収穫されるべきサイズへと爆発的に成長した。
「な……なんだこれ……!? 魔力もないのに、土が、命が爆発してやがる……!」
難民たちが、その信じられない光景にへたり込んだ。
「聞け! ルナミスの民よ!」
俺は、真っ白な尿素肥料を掴み、彼らに見せつけた。
「帝国はお前たちから魔石の税を搾り取り、餓死させようとした。だが、俺の『ポポロ石油公社(PPC)』と契約すれば、この肥料を格安で卸してやる。……お前たちの畑は、三日で帝国の一年分の芋を産み出す『黄金の畑』になるぞ」
農民たちの目に、狂乱にも似た希望の火が灯った。
「お、俺たちを、あんたの村の契約農家にしてくだせえ!!」
「帝国なんぞにもう未練はねえ!!」
「いいだろう。……ただし、収穫した作物は、すべて俺の決めた価格で帝国に売りつける。……帝国が飢え死にしたくなければ、俺の決めた『食料価格』に跪くしかない」
俺が冷酷な算盤を弾き終えたとき、横からキャルルさんが袖を引っ張ってきた。
その顔は、呆れと、少しの怒りと、呆れるほどの優しさに満ちていた。
「金吾くん……またそんな悪い顔して。……でも、みんなを助けてくれて、ありがとう」
「言ったでしょう。村長は笑ってパフェ食ってりゃいいんです」
コーヒーキャンディの残り香を噛み締めながら、俺は不敵に笑った。
帝国は気づいていない。
エネルギーだけではない。彼らの「胃袋」すらも、すでに俺の黒い泥が支配したことに。




