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第二章 論語と算盤

『帝国の使者と24時間営業のファミレス』

 深夜二時。かつては魔獣の咆哮と風の音しか聞こえなかった緩衝地帯ポポロ村は、今や『不夜城』と化していた。

 煌々と輝くネオンサイン。その中心にあるのは、俺がルナミス帝国から強引に誘致(実質的な買収)したファミレス、『ルナミスキング・ポポロ支店』だ。24時間営業。魔法の明かりではなく、俺が精製した灯油ケロシンと、ルルカが作った小型発電機による電力が、この異世界の闇を物理的に塗り替えている。

「……ふぅ」

 店内の禁煙席――を俺専用の喫煙席に改造した角のテーブルで、俺は赤マルの煙を深く吐き出した。

 手元の算盤そろばんを弾く。いや、正確には俺のスキル『分子構造編集』で脳内に展開した仮想スプレッドシートだ。

「原油価格の調整、ポーション瓶用のポリマー生産ラインの稼働率、それと――女神ルチアナへの『お布施(課金原資)』の送金確認。……よし、帳尻は合ってるな」

 俺の名前は宮河金吾。

 この村に流れ着いて半年。俺は、この村の『狂った算盤』を合わせるためだけに、石油王になった男だ。

「金吾くん、またこんな時間までお仕事? メッだよ~☆」

 正面に、苺パフェを幸せそうに頬張る月兎族の美女が座っていた。ポポロ村の村長、キャルルさんだ。

 彼女は、この世界の『北極星』だ。半年前、ボロボロだった俺を「金なんて要らないよ~」と、自らの体力を削って全快させたお人好しの極致。

 彼女の打算なき無償の愛。それは、商社マンとして「等価交換」の世界で生きてきた俺にとって、最も理解不能で、そして――最も守らなければならない『バグ』だった。

「村長こそ、こんな時間にパフェ食ってると太りますよ。明日の朝食もルナキンの朝定食(納豆付き)を食べるんでしょう?」

「うぅ、それは言わない約束! ……はい、金吾くんも飴玉食べる?」

 キャルルさんが、人参柄のハンカチをポッケから取り出し、中から飴玉を差し出してくる。

 彼女は知らない。この飴玉一個の平穏を守るために、俺がこの半年でどれだけの帝国艦隊を沈め、どれだけの不平等条約を諸国に叩きつけてきたかを。

 その時。

 ファミレスの自動ドア(ルルカ製、感圧式)が、けたたましく開いた。

「――宮河金吾! そこにいるのは分かっているぞ!」

 現れたのは、煤汚れたマントを羽織ったルナミス帝国の役人だった。かつては飛行船で優雅にやってきた連中だが、今は燃料供給を俺に絞られ、馬車を乗り継いで数日かけてやってくる。

「……五月蝿いですね。深夜ですよ、役人さん。赤マル、吸います?」

「吸わん! 貴様、いい加減にしろ! 帝国の魔導灯が半分以上消え、市民は冷たい飯を食っているのだぞ! 石油の価格を今すぐ三割下げろ! これは皇帝陛下のご命令だ!」

 店内の村人たちが怯える。だが、俺は算盤を置くことすらしなかった。

 隣の席で、山積みのパンケーキを食べていた小柄なドワーフの少女――ルルカが、フォークを咥えたままピクリと反応した。

「……金吾。あの役人、脳の糖分が足りてない。……ポポロ村の防衛プロトタイプ、試していい?」

 ルルカ。

 彼女は『世界を解けるパズル』だと見ている天才だ。糖分が切れると死ぬが、供給されている間の彼女は、女神すらハッキングしかねない狂気の知性体。

「待て、ルルカ。……死なせない程度にな」

 俺が言うより早く、ルルカが指を鳴らした。

 ファミレスの天井から、アリスのトランプ兵を模した小型ドローンが数機、無音で降下する。

「な、なんだ!? 魔力反応がない……ぎゃああああ!?」

 ドローンから放たれたのは、石油化学合成で作られた『超強力粘着剤』。

 魔法の障壁を張る暇もなく、役人は床に文字通り『接着』された。物理法則のみで動く兵器に、魔導師の常識は通用しない。

「役人さん。……一つ、教えてあげましょう」

 俺は席を立ち、接着された役人の目の前で赤マルの煙を吹きかけた。

「帝国が飢えてるのは、俺の価格が高いからじゃない。……あんたたちが、俺の石油がないと生きていけない体に『進歩』しちまったからですよ。……帰って皇帝に伝えろ。石油が欲しければ、金貨じゃなく『関税の全廃』と『ポポロ村への不可侵権』を持ってこい、とな」

「……あ、金吾くん! あんまり苛めちゃダメだよ~」

 キャルルさんが、困ったように微笑みながら、役人の口に人参味の飴玉を突っ込んだ。

「これ食べたら、元気が出るからね! 男の子なんだから、泣いちゃダメだよ~☆」

 接着されて動けないまま、女神の微笑み(物理的治癒付き)と悪魔の脅迫を同時に浴びせられた役人は、白目を剥いて失神した。

「……さて、ヴァルグ。片付けておけ」

「御意、我が主人マイ・ロード。『道徳感情論』に基づき、極めて紳士的に村の外へ放り出しておきましょう」

 影から現れた漆黒の執事ヴァルグが、役人の襟首を掴んで引きずっていく。

 俺は再び席に座り、算盤を弾き直した。

 石油、プラスチック、肥料、薬品。

 この半年で、世界は黒い泥の味を覚えてしまった。

「金吾くん、そんなに怖い顔しなくても、ポポロ村はみんな仲良しだよ?」

 キャルルさんの打算なき言葉が、冷徹な俺の算盤を狂わせる。

 ……いいさ。

 この狂った算盤の帳尻を合わせるのが、俺の仕事だ。

 第二章。

 世界を相手取った、本格的な『経済蹂躙』が今、幕を開ける。

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